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第73回:夭逝者の自画像/佐伯祐三、エゴン・シーレ、北條民雄

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、 東京在住。 武蔵野美術大学卒業後、 女性誌編集者を経てその後編集長を務める。 現在は気になる建築やアート、 展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


夭逝ようせいを英語では 「Premature death」 と言うらしい。
夭という漢字には、 若いだけでなく美しいという意味もあるという。
だからなのか夭逝という言葉にどうも弱い。
最近、 そんな作家の展覧会を同時期に見る経験をした。

東京駅にある 「東京ステーションギャラリー」 で1月21日から開催されている 「佐伯祐三 自画像としての風景」 展と、 「東京都美術館」 の 「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」 だ。

わずか30歳でパリで客死した佐伯祐三。
彼の作品の最大級のコレクションは、 佐伯の遺族から寄贈された作品を中心に昨年オープンした 「大阪中之島美術館」 が所蔵している。
そのコレクションを核に構成された展示の導入部 = 第1章は 「自画像」 だ。
画学生時代のデッサンから 「東京美術学校」 の卒業制作の油絵などが並ぶ中に、 一際目を惹く作品があった。

佐伯祐三
左) 「自画像」 (1920~1923年頃) 右) 「自画像」 (1919年頃) 写真:筆者提供
佐伯祐三
左) 「自画像」 (1922年頃) 右) 「自画像」 (1923年) 写真:筆者提供
佐伯祐三
左) 「パレットをもつ自画像」 (1924年) 右) 「自画像」 (1923年頃) 写真:筆者提供

他の自画像は全てこちらを凝視する鋭い佐伯の視線があったが、 これは顔面が削り取られ眼差しがない。
はじめての渡仏でモーリス・ド・ヴラマンクに自らの絵を 「アカデミック!」 と一蹴され、 挫折を味わったばかりの頃の作品だという。

佐伯祐三
《立てる自画像》1924年、大阪中之島美術館

続く章は 「大阪と東京」 で、 彼が育った大阪や1度目の渡仏後に住んだ東京・落合の風景画が続く。
3つ目の章は2度の渡仏期間の間に描かれたパリやパリ郊外の風景で、 彼の代表作とも言える作品群だ。

佐伯祐三
《コルドヌリ(靴屋)》1925年、石橋財団アーティゾン美術館

東京ステーションギャラリーの100年以上を経た煉瓦の壁と佐伯の描いたパリの壁との対比が、 なんとも絶妙な出会いだ。
終章は最後に訪れたフランスの農村モランの風景と、 絶筆と言われる人物像だった。

佐伯祐三
左) 「レ・ジュ・ド・ノエル」 (1925年) 右) 「レ・ジュ・ド・ノエル」(1925年) 写真:筆者提供
佐伯祐三
《郵便配達夫》1928年、大阪中之島美術館

この展覧会のサブタイトルは 「自画像としての風景」 だ。
「風景画に自己を没入させたような表現、 これを端的に表す言葉として副題として選んだ」 とあった。

以前 「渋谷区立松濤美術館」 で開催された夭逝の画家・村山槐多むらやまかいたの展覧会の図録の中にあった言葉を思い出した。

「槐多は美を表現する方法として個人感情の発露の表現を絵画として成立させた画家であった。 そこにはすでに、 パトロンや権力者に向けてではなくまた展覧会や生活の糧のために描くのではなく、 誰のためでもない自分自身のためにこそ描くという意識がある。 特に、 執拗に描く自画像とともに自己の内面を直接的に表現しようとした槐多の作品はある意味で全て自画像であり 『最終目的』 である」
( 「没後90年 ガランスの悦楽 村山槐多」 展 図録より)

なるほど。

佐伯祐三
左) 「黄色いレストラン」 (1928年) 右) 「扉」 (1928年)。 どちらも佐伯が最後に描いたパリの扉。 写真:筆者提供

数日後に 「東京都美術館」 でスタートした 「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」 の作品群は、 ウィーン世紀末芸術の一大コレクター・ルドルフ・レオポルドが収集した 「レオポルド美術館」 のものだ。

ウィーンの歯科医だったレオポルドがエゴン・シーレの作品と出会い、 それ以降彼はほとんどの時間と労力と情熱をシーレの作品収集に投じたそうだ。
その後、 シーレの理解者であったクリムト、 ウィーン分離派のメンバー、 オーストリア表現主義のリヒャルト・ゲストレル、 オスカー・ココシュカ、 アルフレード・クービンの作品も集める。

クービンの絵はこの展覧会には無かったが、 ニューヨークの5番街85丁目にあるクリムトの 「黄金のアデーレ」 の肖像画を有していることで有名な 「ノイエ・ギャラリー」 での個展で見たことがあった。

ノイエギャラリー
NY 「ノイエ・ギャラリー」 での 「アルフレード・クービン展」 の図録とリーフレット。 アルフレード・クービン (1877~1955) は、 恐怖を幻想的に可視化した独特の作品を生み出した画家。 写真:筆者提供
エゴン・シーレ
写真:筆者提供

導入部は、 学年最年少で 「ウイーン美術アカデミー」 へ入学を許された16歳のシーレの不適な射るような眼差しからからはじまる。

エゴン・シーレ
写真:筆者提供

そして、 彼の理解者で後ろ盾になったクリムトと交わされた会話が壁面に掲げられている。
そこからはクリムトとウィーン分離派を構成した人々、 コロマン・モーザーやリヒャルト・ゲストレルなどへと続く。

エゴン・シーレ
写真:筆者提供

早熟の天才シーレが駆け抜けた28年の生涯を示す年表があった。

エゴン・シーレ
写真:筆者提供

16 歳の時に特例で入った美術アカデミーにシーレは価値を見出せず、 数年でさっさと退学していた。
この年にゲストレルは自殺。 彼は作曲家シェーンベルグの妻と恋に落ち、 周りから孤立し25歳で自らの命を絶ったのだ。
その彼の自画像もあった。

エゴン・シーレ
リヒャルト・ゲルストル《半裸の自画像》 1902/04年 油彩/カンヴァス レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna

死生観やセクシュアリティを独自の表現で絵画にしたシーレは、 当時の社会では倫理的に問題視され、 逮捕勾留されることもあったそうだ。
あまり知られていない風景画や女性像も多く展示されている。
シーレはその生涯に 200 点以上の自画像を残したそうだが、 その中でも傑出している自画像が展示されていた。

エゴン・シーレ
エゴン・シーレ《ほおずきの実のある自画像》 1912年 油彩、グワッシュ/板 レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
エゴン・シーレ
エゴン・シーレ《装飾的な背景の前に置かれた様式化された花》 1908年  油彩、金と銀の顔料/カンヴァス レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
エゴン・シーレ
エゴン・シーレ《吹き荒れる風のなかの秋の木(冬の木)》 1912年 油彩、鉛筆/カンヴァス  レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
エゴン・シーレ
ウィーン美術アカデミーで学んだイヴァン・メシュトロヴィチの彫刻 「手」。 シーレが捉えた人体の表現との類似性がある。 写真:筆者提供

そして、 クリムトから紹介されたモデルで同棲相手だったワリー・ノイツィルの肖像も印象的だった。
赤毛、 青い瞳の少女だったはずだが、 この絵のワリーはシーレと同じ黒髪で、 背後から顔を覗かすシーレが彼女の髪の色をしている。

エゴン・シーレ
シーレの当時の恋人ワリーを描いたもの。 彼女の背後に見えるのがシーレ。 エゴン・シーレ《悲しみの女》 1912年 油彩/板 レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna

その後、 ワリーと別れたシーレは中産階級の女性エディットと結婚。
ウィーン分離派に参加し画家としての地位が確立するが、 1918年妊娠中の妻がスペイン風邪で死去。 看病に当たったシーレもその 3 日後に死去する。 28歳だった。

村山槐多も 1919 年、 22歳の時にスペイン風邪で死亡している。

展覧会場を出て、 美術館の中央棟の1階にあるアートラウンジへ。
ここは誰でも憩えるスペースで、 フィン・ユールのソファーやテーブルが配された贅沢な空間だ。 そこには美術情報をリファレンスできる端末が置かれているし、 さまざまな美術館や博物館の催し物のチラシを網羅した棚も設置されている。
そこで気になるものを見つけた。

東京都美術館
写真:筆者提供
北條民雄
写真:筆者提供

国立ハンセン病資料館で開催される 「ハンセン病文学の新生面 『いのちの芽』 の詩人たち」 という企画展のチラシだ。

作曲家・阿部海太郎とトウヤマタケオ、 当真伊都子によるコンサートの告知もあって持ち帰った。
最近、 Eテレの番組 「100分de名著」 で紹介された、 北條民雄の 『いのちの初夜』 のテキストを読んだばかりだ。
北條民雄は文学を志していたが 19 歳でハンセン病と診断され、 東村山市の 「全生病院」 に入院、 隔離された療養所で様々な差別・偏見に抗しながら彼は創作を続けた。
川端康成によって見出され隔離入院時を描いた小説 『いのちの初夜』 は 「文學界賞」 を受賞。 だがその翌年入院後わずか3年半、 23歳で逝去した。
彼も夭逝の作家だ。 『いのちの初夜』 も、 彼の自画像のような作品だと思う。

短編集 『いのちの初夜』 は角川文庫で半世紀ぶりに復刊された。 この復刊はコロナ禍がきっかけだそうだ。
川端康成はこの本の後書きに 「病衰と虚無とに沈まず、 絶望がかえって精神を強めた」 と書いた。

世界中を震撼させた死に至る疫病、 治療法の見つからない疾病に対する恐怖や感染者に対する差別……。
これは遠い昔の話ではない。

<関連情報>

□佐伯祐三 自画像としての風景
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/

会場:東京ステーションギャラリー
会期:2023年1月21日(土)~2023年4月2日(日) ※会期中一部展示替えがあります
休館日:月曜日 (3月27日は開館)
開催時間:10:00~18:00(金曜日~20:00)※入館は閉館 30 分前まで

□レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才
https://www.egonschiele2023.jp/

会場:東京都美術館
会期:2023年1月26日(木)~2023年4月9日(日)
休室日:月曜日
開室時間:9:30~17:30 (金曜日は20:00まで) ※入室は閉室 30 分前まで

□ハンセン病文学の新生面
https://www.nhdm.jp/events/list/4942/
会場:国立ハンセン病資料館
会期:2023年2月4日(土)~2023年5月7日(日)
休館日:月曜日 および祝日の翌日(月曜が祝日の場合は開館)
開催時間:9:30 ~ 16:30 (入館は16:00まで)

□100 分 de 名著 「いのちの初夜」 北條民雄
https://www.nhk.jp/p/meicho/ts/XZGWLG117Y/blog/bl/pEwB9LAbAN/bp/pO3KNrebPO/
https://www.nhdm.jp/events/list/4942/


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2023/02/17

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