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猫と男 東京で生きる男と、共に暮らす猫。ふたりの距離感から垣間見える、唯一無二の物語。

BOOK GUIDE:『ふしあわせという名の猫』
寺山修司/新書館(1970)

今回紹介するのは、寺山修司が今から50年以上前に発表した著作。
“ふしあわせ”という不穏な言葉と猫との関係は?

写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

この『ふしあわせという名の猫』という本は、昭和の劇作家で詩人である寺山修司によって1970年に発行された詩と散文詩の本で、新書館「フォアレディースシリーズ」の寺山修司𥝱情シリーズの中の一冊。

目次を見ると「長ぐつをはいた猫のためいき」、「子猫の詩集」といった具合に“猫”という文字が並ぶ。
目次に添えられた散文は、粉ひきの次男坊が父親から相続した牡猫の話。最初次男は、長男たちが水車やロバを相続したことをうらやむが、牡猫から長靴をこしらえてほしいと言われその通り与えると、牡猫が町に出かけていくという、尻切れのストーリーが興味深い。

あらゆる不幸を詰め込んだ壜(びん)の話は、あらゆる不安を追放してくれる壜を発明した“壜詰屋“のいる、ある島の人々の話。
貧困、病気、戦争、嫉妬や軽蔑。ありとあらゆる不安を壜詰にして海へ流すことで、島から不幸が追放された。だが、本当にそれで「しあわせ」が訪れるのか? 不幸のない、不安のない、善意だけに満ちた世の中を望み、そんな時が訪れたにもかかわらず、海の向こうを見つめながら涙を流す少女の姿。そんな話が描かれる。

ねこ

この本の中で寺山修司が猫と喩えるのは、タイトルの通り「ふしあわせ」。

人間にとって「しあわせ」は「ふしあわせ」と対になっていて、しあわせの傍にはふしあわせが影をひそめている。何か大切なものを手に入れたあとには、それを失うかもしれない苦しみがひっそりと寄り添っていることを、特に若い頃なら誰もが感じたことがあるはずだ。

ふしあわせの渦中にある時、人はそれに身も心も奪われて感情を揺さぶられ、居どころを見失うほどにふりまわされる。それは大好きな猫の気まぐれに翻弄されることとどこか似ている、のかもしれない。
この本の扉には、寺山修司による「ふしあわせという名の猫を、いつもかたわらに飼っている少女たちにこの本をおくります」という一文が添えられている。
そう、寺山修司にとって猫はふしあわせの、そして少女たちは悩めるものの象徴なのだ。
そして、ふしあわせは猫と同じように優しい毛並みをしていて、どこか甘美な存在でもあると言っているのかもしれない。

ねこ

心を許した飼い主に対して比較的従順な犬と、長年寄り添う飼い主に対しても一定の距離をとることが多い猫。

思い通りにならないことが多い猫との関係を喩えに、猫というイメージは否定的な意味で表現されることも少なくない。
でも、だからといって猫が嫌われているわけではない。むしろ好きだからこそ、思い通りにならないと、嫌悪された時の反応はついつい否定的になるあの心理が、猫との関係にもあてはまる。

だから寺山修司が「ふしあわせという名の猫」と言っても、それは必ずしも否定の意味で書いているのではない、と思う。

ねこ

『ふしあわせという名の猫』というこの本は、多くの著書を残した寺山修司の本の中でもあまり知られていない本。
そのタイトルから、寺山修司ファンよりもむしろ猫好きに知られている本である。そして、この本の挿絵はペンなどで細く描かれた女性の繊細なイラストで多くのファンの心をつかむイラストレーターの宇野亜喜良うのあきら。彼が挿絵を描く本としてこの本を知る人も多いのかもしれない。この本の中でも宇野は、シニカルな表情に特徴がある猫のイラストをいくつか描いている。

また昭和歌謡好きな人にとっては、寺山修司に見い出され、アンダーグラウンドな活動をした歌手の第一人者、浅川マキが歌う1970年発表の同名の歌として記憶している人もいるかもしれない。

本書は全編が猫の話というわけではないけれど、この本の中に登場するギリシャ神話のメドウサ、怪盗アルセーヌ・ルパン、もちろん随所に登場する少女たちも、それぞれを猫と置き換えて読んだり味わったりすることのできる現代のおとぎ話だと思う。

昨今、詩や文学はSNSに溢れる最新の情報に押されて人気が薄いと聞く。

だが、大人になり、歳をいくつ重ねても本から得られる“何か”は色あせることはないと感じるし、寺山修司ら素晴らしい才能をもった詩人たちが書いたテキストを読むたびに「詩の復権」もそう遠くはないと、何の根拠もなく思うのだ。

この本は宇野亜喜良の女性画と猫のイラストがカバーに描かれた初版本が人気で、プレミアム価格がついているそうだ。
私が持っているこの本は初版本から2年後に再販された、カバーもなくシミがたくさんありくたびれた新装版だが、物憂げなタイトルに惹かれて数年前に手に入れてから時々開いては愛読している大切な本なのだ。

ねこ

2022/05/20

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