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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第49回:アートとお菓子の関係

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


白金にある「OUR FAVOURITE SHOP」から「OFS galleryの次回展示 cineca(土谷未央)による「たべるようにみる」のお知らせです。」というメールがきた。

cineca(チネカ)? どこかで聞いた名前だ。
もしかして、以前若い友人から贈られたあの不思議なお菓子?
私の小箱コレクションを探すと、あった。
箱のつくりも、貼られたラベルも、刻印された活字もあまりにも美しくて捨てられなかった。
「Herbarium=甘い標本」と記されている箱の中身は飴に閉じ込められた花で、その学名と花言葉が添えられていた。
もう一つの箱は小石のかたちの砂糖菓子が入っていて、sea,mountain,riverに因んだいずれかのフレーバーの香りがした。

箱
写真:筆者提供

白金北里通りから細い道に入って突き当たりの右側にOUR FAVOURITE SHOP(=OFS)がある。
ここはアートディレクターの渡邉良重と植原亮輔のデザインユニット「KIGI」を中心に、クリエイターの有志が運営しているギャラリーを併設したショップで、開設された時から何度も通ったところだ。

OUR FAVOURITE SHOP
写真提供:OUR FAVOURITE SHOP
OUR FAVOURITE SHOP
左はガラス越しの真っ黒な絵に自分が映る作品「黒に映る人」Self reflection in the black 写真:筆者提供

「たべるようにみる」展の入り口には作者の言葉が記してあり、その中にこの展示のタイトルにもなった気になるフレーズがあった。

——
「食事をすることと
 映画をみることは
 私にとって似ていることです」

「みることも たべることも
 それぞれの想いを抱えるはずのものだと考えています

 たべるようにみて
 みるようにたべる

 そうやって 私は自分の鼓動を聞くことができるのだと思います」
——

土谷未央はcinecaという“屋号”でお菓子を製作する作家だそうだ。
彼女がwebに連載した“映画を語るためのお菓子を主軸にしたアートワーク”と、そのアートワークが生まれるまでの発想のイメージをスケッチしたものが展示されていた。

特に気になったのは最初の展示作品「痕跡のクッキー」と題された写真で、丸い型で抜かれたあとのクッキー生地の“痕跡”の写真。
これは、“いつもならぐしゃっと集めてしまう抜き終わった後のクッキー生地が、まるでキラキラ輝く夜空の星=4芒星の連続に見えた”ので、それをそのまま焼いてみたものだという。
見えないものが視点を変えると突然立ち現れることを、このようにお菓子で表現したことに驚愕した。

認知心理学でいえば図地反転図形の見え方についての考察だが、『はちどり』という映画を見て感じたことをこのようなお菓子にする表現方法自体がアートではないかと思った。

OUR FAVOURITE SHOP
「痕跡のクッキー」と丸く抜かれたクッキーの一枚。映画『はちどり』の主人公少女ウニは漢文塾の先生からの問いをきっかけに、他者=世界の見え方が変わっていく。お菓子と映画の共振。 写真:筆者提供

その映画のコラムの連載が一冊の本になったそうで、1本の映画についてのアートワークと記述が見開きごとにレイアウトされている。

OUR FAVOURITE SHOP
部屋の隅にある作品「薄目で見ると」See eyes half closed にも注目。 写真:mariko ohya
OUR FAVOURITE SHOP
「月の満ち欠けアイスクリーム」は映画『ボンジュール・アン』(2016年 監督 エレノア・コッポラ)からの発想。
OUR FAVOURITE SHOP
「色を写す羊羹」は映画『ブラインド・マッサージ』(2014年 監督 ロウ・イエ)から。
OUR FAVOURITE SHOP
「ピカピカのエクレア」は『ル・アーブルの靴みがき』(2011年 監督 アキ・カウリスマキ)から。傷ついた革靴を丁寧に磨くと光るさまと、ごつっとしたシュー生地にツヤツヤのフォンダンを塗った途端に艶やかなエクレアが生まれる景色が似ていると作者。
OUR FAVOURITE SHOP
映画『フランク』(2014年)から創案した「むき出しの銀紙」というアートワーク。人間の衣類とお菓子の銀紙って同じような役割を持っているんじゃないか? という気づきを、表現したもの。 写真:筆者提供
OUR FAVOURITE SHOP
「むき出しの銀紙」から派生した、お菓子の銀紙を衣服のかたちに切って、お菓子が入っていた缶にもう一度納めた作品。銀紙の模様が洋服の模様のようにも見えるのが面白い。
OUR FAVOURITE SHOP
『PERK』における5年の連載をまとめた1冊『She watches films. She tastes films.』(2021年 aptp books刊) 写真提供 : cineca

cinecaのお菓子がOUR FAVOURITE SHOPにずらりと並んだ様子は壮観。
モジリアニやクレーのパレットをイメージしたアイシングの絵具で彩られたジンジャークッキー、甘い植物標本の数々、小石のラムネ菓子。土のようなプラリネもある。
私が何年も前に贈られた箱のデザインではなくなっていたが、何を選ぼうか迷う時間は最高の贅沢だった。

OUR FAVOURITE SHOP
写真:筆者提供
OUR FAVOURITE SHOP
モンドリアンもクレーも時代によってパレットに絞り出した絵具が違ったらしい。それを克明に表現。 写真:筆者提供
OUR FAVOURITE SHOP
写真:筆者提供
OUR FAVOURITE SHOP
写真提供 : cineca
OUR FAVOURITE SHOP
写真提供 : cineca
OUR FAVOURITE SHOP
写真:筆者提供

私は文学や漫画、アートを“お菓子で表現する”行為に堪らなく惹かれるタチで、今まで出会ったアートなお菓子では、松蔭神社前にあった頃の「nosts books」(現在は世田谷区砧に移転)で、イラストレーター・塩川いづみの『春と修羅』の原画展のために用意された宮澤賢治の書いたフレーズをお菓子にしたものが印象的だった。
「第四次延長のなかで」と題された結晶の重なりのような琥珀糖。「白亜紀砂岩の層面」という断層を様々なクッキー生地で表現したもの。

書籍と菓子
写真:筆者提供

そして嚆矢は「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」で行われた『杉本博司 アートの起源』展(2011年)のために製作された「五輪糖」で、香川名産の讃岐和三盆を使った干菓子だ。
このお菓子は杉本博司の作品のひとつ、光学ガラスでつくられた「三十三水晶五輪塔」(2010年)のをかたちをしている。
宇宙の五大要素=地・水・火・風・空を表現した五輪塔を再現するため、下から地(方形)水(円形)火(三角)風(半円)空(宝珠形)の5つ型でつくったパーツを組み上げることで「五輪塔」ならぬ「五輪糖」が完成する。
さすが、杉本博司。

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
写真:筆者提供
五輪糖
写真:筆者提供
五輪糖
写真:筆者提供

ちなみに映画を表現したfoodの本では渋谷を代表するミニシアター「シネマライズ」のパンフレットに1991年から17年間連載されたケータリング+フードデザイン「CUEL」の料理ページをまとめた『映画を食卓に連れて帰ろう』(1999年 同文書院刊)が最高峰で、それが昨年再編集されて『シネマ&フード 映画を食卓に連れて帰ろう』(2020年 料理:CUEL 写真:小泉佳春 KADOKAWA刊)として復活した。
これは「映画に出てくる料理ではなく、映画で感じたことを追体験できるような料理ページ」で、のっけからピーター・グリーナウェイの『プロスペローの本』をイメージした「本の栞に葉っぱのパイと葉脈チョコレート」だし、『愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』のページには「ベーコンのシャンパン煮」。発想もビジュアルも“ブッチギリ”で最高。この本1冊で「シネマライズ」の映画のチョイスの確かな目と、当時のあらゆる文化を牽引した伝説を辿ることができて嬉しい。
ティルダ・スゥイントンが美味しそうに舐める血のアイスキャンデーが出てくるジム・ジャームッシュの吸血鬼映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』(2013年)をCUELならどう表現してくれただろうかといつも思っていた。

『シネマ&フード 映画を食卓に連れて帰ろう』
日本におけるアーティスティックなケータリングは、ハギワラトシコと山田亮のケータリング・ユニットCUELがパイオニアだ。その発想とスタイリングは世界の料理やあらゆるジャンルのクリエイションを総動員したもの。表紙は映画『ドッグ・ショウ』(2000年)に因んだ「トリュフ・オイル風味のミートボール・スパゲッティー」。もちろん『わんわん物語』へのオマージュでもある。この本のデザインと映画解説はyen中村善郎によるもの。 写真:福田里香

漫画をスイーツで表現して秀逸なのは、菓子研究家・福田里香の『まんがキッチン』(2007年 アスペクト刊)と『まんがキッチンおかわり』(2014年 太田出版刊)だ。

『まんがキッチン』
表紙は羽海野チカによるオリジナル。羽海野チカ、よしながふみ、萩尾望都との対談も収録。写真はアスペクト刊の大判『まんがキッチン』。これは今絶版なのでコンパクトな文春文庫版が手に入りやすい。 写真:福田里香
『まんがキッチンおかわり』
『まんがキッチンおかわり』表紙はよしながふみの描き下ろし。20代の男子がふたり(ひとりはメガネ男子で、もうひとりは正統派男前)お菓子づくりをしているが、実は失敗している。折り返されたカバーの袖部分までお菓子づくりの物語は続く。 写真:福田里香

『まんがキッチン』で特別好きなのは、高野文子の『棒がいっぽん』と共鳴するような不思議で怖い寒天でできた「リボンをかけたお菓子箱」、そして続編の『まんがキッチンおかわり』では市川春子の『宝石の国』の「薄荷味のフォスフォフィライトの欠片」。この本を、漫画に出てくるスイーツのレシピブックだと舐めてかかってはいけない。漫画が文学や映画と同様、危険で怖いアートなのだと、じわじわとその深淵に引き込む仕掛け満載な本だ。

アートとお菓子の関係はまだまだ奥深く難解、そしてそこが魅力。


<関連情報>

□「たべるようにみる」 cineca / Mio Tsuchiya
http://ofs.tokyo/cineca
会期:2021年12月3日(金) ~ 2022年1月9日(日)
Open:木~日 12:00~19:00 ※最終日は17:00まで
会場:OFS gallery (OUR FAVOURITE SHOP 内)
※2021年12月27日(月)ー 2022 年1月5日(水)は年末年始のためクローズ。

□シネマ&フード 映画を食卓に連れて帰ろう
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000344/

□まんがキッチン
https://www.amazon.co.jp/まんがキッチン-福田-里香/dp/4757213107
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167900427

□まんがキッチンおかわり
https://www.ohtabooks.com/publish/2014/05/29100000.html

□CUELハギワラトシコ
https://www.facebook.com/toshiko.hagiwara
https://www.anonima-studio.com/hondana/hondana-10.html

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2021/12/21

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