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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第24回:原美術館のエピローグ

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


今、美術館建築といえば大きなホワイトキューブの空間が常識だが、美術館として建てられたわけではない空間でアートに出会った時の感動は特別だ。

2000年、パリ・サルペトリエール病院付属の礼拝堂で見た「アンセルム・キーファー展」が嚆矢こうしだが、東京に限って言えば、白金台の「旧朝香宮邸」を美術館にした「東京都庭園美術館」や、品川の御殿山にある実業家・原邦造の邸宅を美術館に転換した「原美術館」での体験がそれだ。

2012年から本館改修、新館改築工事に着工し2013年に竣工。東京都庭園美術館 本館 正面外観 画像提供:東京都庭園美術館
床のモザイク、ルネ・ラリックのガラス扉が美しい。 東京都庭園美術館 本館 正面玄関 画像提供:東京都庭園美術館
本館の第一階段 画像提供:東京都庭園美術館
庭園 画像提供:東京都庭園美術館

朝香宮家の人々が見たであろう窓からの眺めを窓辺に置かれた内藤礼の作品「ひと」は見つめていたし(内藤礼「信の感情」/2014)、クリスチャン・ボルタンスキーの「亡霊たち」の声は、その館に暮らした人々のひそやかな会話として聞こえてくるようだった(クリスチャン・ボルタンスキー「アニミタス さざめく亡霊たち」/2016)。
昭和8年(1933)に建てられたジャック・ラパンの内装によるアール・デコ様式の皇族の館が経てきた「時間」と「物語」が、そのアートに力を与えるからだ。

内藤礼「信の感情」の窓の外を眺める「ひと」は、中庭のプール状の池のほとりに立つペリカン像とお揃いの毛糸の帽子をかぶっていた。 写真:筆者提供

原美術館は、昭和13年(1938)に渡辺仁が設計した曲線を駆使したモダニズム建築の住宅で、原邦造の孫である原俊夫氏が東京ではじめて現代美術に特化した美術館として1979年に開館した。

1938年竣工当時の原邦造邸。 画像提供:原美術館
一階のダイニングに続く大きな居間。 画像提供:原美術館

エントランスを入るとすぐに吹き抜けのある客間があり、そこが「ギャラリー I」。
続く湾曲した廊下に沿った大きな居間は「ギャラリーII」で、突き当たりには庭に迫り出したサンルームのような半円状の部屋がある。そこは朝食のためのスペースだったという。
玄関からすぐの階段室を登ると2階には3部屋あり、元々は3部屋あった個室は「ギャラリーⅢ」、「ギャラリーⅣ」に、主寝室だった部屋は「ギャラリーⅤ」となって並んでいる。

エントランス。右は居間に続く半円形のサンルーム。自動演奏ピアノは開催中の展覧会「光ー呼吸 時をすくう5人」展の佐藤雅晴「東京尾行」(2015─2016)のためのインスタレーションの一部。 写真:筆者提供

この部屋の奥の扉を開けると、主寝室用のバスルームだった空間に出る。そこには奈良美智のアトリエをイメージした作品 「My Drawing Room」(2004~)がある。
廊下の突き当たりの男性用トイレだったところには宮島達男の 「時の連鎖」(1989/1994)が設置されている。
そこからアールを描く壁に沿った階段を登った先には、白いタイルで覆われたジャン=ピエール・レイノーの作品「ゼロの空間」(1981)が広がる。

奈良美智「My Drawing Room」 2004年8月~ 制作協力:graf photo by Keizo Kioku 画像提供:原美術館
宮島達男「時の連鎖」1989/1994年 画像提供:原美術館

2階の階段脇にある黒いタイル張りの小部屋は暗室として使われていたそうで、須田悦弘が精巧に彫り上げた木製の花が水道管に絡んで咲いている。作品名は「此レハ飲水ニ非ズ」(2001)。
蛇口跡のある壁に貼られた“THIS WATER UNFIT FOR DRINKING”と書かれた紙のフレーズをそのまま作品のタイトルとしたとあった。

須田悦弘「此レハ飲水ニ非ズ」2001年

この原邸は戦後US House(接収住宅)としてGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に接収された建物だったことを、この作品で知ることになる。
この英文での張り紙は接収の時からか、その後大使館などに使われていた際に貼られた物かは定かではないが、この建物が経てきた時間に思いを馳せるきっかけになったことは確かだ。

1945年の敗戦から1952年の講和条約締結までの間、首都圏で焼け残った主だったビルはGHQの司令部や宿舎に充てられた。
司令部の中枢は日比谷濠に面した「第一生命館」(現DNタワー21)で、ここは原邸の竣工と同じ1938年に渡辺仁と松本与作との共同設計で建てられた建築だ。

星条旗を掲げた第一生命館。 画像提供:第一生命 写真:リン・ジョンソン
第一生命館から出るマッカーサー。 画像提供:第一生命

同じく渡辺仁設計の「服部時計店」(1932)(現・和光本館)も接収され、P.X(米軍売店)として使われたという。

和光本館外観。 写真提供:和光

渡辺仁設計の外国人向けホテルとして評価の高かった横浜の「ホテルニューグランド」(1927年開業)は、戦後の利用価値を考慮した米軍により空襲の標的から外されたため戦災を逃れた。
マッカーサーは占領軍最高司令官として来日直後の3日間をここで過ごしたという。

画像提供:ホテルニューグランド
画像提供:ホテルニューグランド
画像提供:ホテルニューグランド
画像提供:ホテルニューグランド

洋館建築であるコンドル設計の「旧岩崎邸」は諜報機関「キャノン機関」本部に、駒場の「前田伯爵邸」(駒場公園内の旧東京近代文学館)は、マッカーサーの後任リッジウエイの住まいになった。
前述の朝香宮邸はGHQの接収を免れるため戦後すぐに吉田茂により外務大臣公邸として借り上げられ、その後は首相公邸として使用された館だ。

司令部の高官か、高位の軍属のための洋風の住宅=US houseを接収する条件は、「ベッドルーム2、バスルーム、リビングルーム、食堂、台所の6つ以上の居室があること。そしてクローゼット、食糧所蔵室、女中部屋など特別室を備えていること。手入れが行き届き、コンディションの良いこと」などだったという。
モダンな生活スタイルの原邸がこの条件に十分当てはまったことは想像に難くない。

その原美術館が、今開催中の「光─呼吸 時をすくう5人」展終了後に、群馬に拠点を移すという。

「光ー呼吸 時をすくう5人」城戸保 展示風景。 撮影:城戸保 画像提供:原美術館
エントランス。中央は佐藤時啓の「光ー呼吸 HaraArc#2」、右奥はギャラリーI、リー・キットの作品が見える。 撮影:城戸保 画像提供:原美術館

ギャラリーIには美術館のコレクションであるリー・キットの作品「Flowers」(2018)がプロジェクターからの光の中に浮かび上がる。
ギャラリーⅡは城戸保の写真作品と佐藤雅晴の「東京尾行(Tokyo Trace)」(2015-2916)が。
展示室に流れるのは自動演奏ピアノで流れるドビュッシーの「月の光」。これも演奏者を「なぞる(trace)」装置。
ギャラリーⅣは今井智己の「Semicircle Law」(2011-2020)シリーズ。福島第一原発から30km圏内の数カ所の山頂から原発建屋方向に向けて撮影された作品が並んでいる。ギャラリーⅤの一部には、原美術館から同方角にカメラを向けた新作も加わり原発事故の状況が未だに収束に向かっていないことを思い起こさせる。

リー・キット Flowers 2018 プロジェクターの光、段ボールにアクリル、エマルジョン塗料、インクジェットインク、鉛筆 ©Lee Kit Photo:Shigeru Muto
佐藤雅晴 東京尾行 12 チャンネル ビデオ 2015-2016 ©Masaharu Sato
今井智己 Semicircle Law #42 2018.9.11 / 33km 2020 26.9×37.4cm C-print ©Tomoki Imai (参考画像)
左は2階の壁に沿ってカーブを描く階段。その上にジャン=ピエール・レイノーの「ゼロの空間」がある(写真:筆者提供)。右はギャラリーⅤの佐藤時啓の「光ー呼吸」シリーズ。 光ー呼吸 時をすくう5人 展示風景画像 撮影:今井智己

館内各所には、佐藤時啓が原美術館と別館「ハラ ミュージアム アーク」で撮り下ろした「光─呼吸」シリーズが展示されている。
長時間露光を駆使しペンライトを持って歩き回った光と作家自身の移動の軌跡が闇の中に原美術館を浮かび上がらせており、これは圧巻だ。

Tokihiro Sato Breath-graph 2020 pigment print ©Tokihiro Sato

エントランス、廊下、ギャラリーの部屋、階段、庭園……。人の気配のない光の躍動だけで立ち上がってくる空間を見ていると、かつてそこで出会った数々の展覧会、ソフィ・カルの20年の軌跡も杉本博司の被服に対するアプローチも再生されてくる。

そして12分の映像「こんな夢をみた─親指と人さし指は、網目の隙間の旅をするー」(2020)に映し出されているのは、原美術館を素材にした不思議なCG映像だ。ドローンで撮影した美術館の空からの映像を取り込んだコンピューターが「勝手に」つくり出した3D空間。それは現実とはかけ離れた原美術館でその中を歩くという映像を見ているとなんだか捻れた感覚に襲われる。
映し出された屋上に登ったのは、「山本耀司-May I help you?」(2003)の時だった。ここにYohji Yamamotoの衣装を着たマネキンが並んでいた。そんな情景を呼び起こす。

このように原美術館はそのエピローグも一筋縄ではいかない。こうやって記憶への刺激をさまざまに仕掛けてくる。

御殿山での40数年の活動を終え、今後は群馬県渋川市にある磯崎新設計の「ハラ ミュージアム アーク」と集約し、「原美術館 ARC」として活動を続けていくという。

ここでしか体験できない時間も残すところ数ヶ月になった。
これを見逃したら、きっと後悔するに違いない。

榛名山麓の高原に原美術館の別館として1988年にオープンしたハラ ミュージアム アーク。設計は磯崎新。2008年に増築された特別展示室「觀海庵」では原六郎コレクションの東洋古美術を中心に紹介している。 写真:片貝一郎

原美術館の帰りに必ず見にいく建築が2つある。

前川國男の弟子の鬼頭梓設計の「キリスト品川教会」(1989)、そして村野藤吾の「グランドプリンスホテル新高輪」(1987)だ。

キリスト品川教会。 写真:筆者提供
グランドプリンスホテル新高輪。地下1階の大宴会場「飛天」へはこのアールを描くエントランスホール「うずしお」から。 写真:筆者提供

そしてもう一つ、まだ見たことの無いジョサイヤ・コンドルの建てた旧岩崎家高輪別邸「開東閣」(1908)。

写真:筆者提供

高くそびえ立つ石垣の連なりが視界を遮って見えない1万坪以上の広大な敷地内にあると思しき建築だ。
綱町の「三井倶楽部」(1913)より5年ほど前に建てられ、写真で見る限り似たような構造の建築だが、一般に公開されたことはない。
岩崎家の本邸や別邸は、岩崎家茅町本邸が「旧岩崎邸庭園」に、深川別邸が「清澄公園」となり、駒込別邸が「六義園」に、岩崎家国分寺別邸が「殿ヶ谷戸庭園」となっているが、ここだけが三菱グループの所有の元、閉ざされたままだ。
原美術館を見習って、そろそろここもノブレス・オブリージュの精神で価値あるものを社会と共有するべき時ではないかといつも思う。


<関連情報>

□原美術館 「光─呼吸 時をすくう5人」
会期:2020年9月19日~2021年1月11日
https://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/897/
ウェブサイトから日時指定の予約制
https://www.e-tix.jp/hara/

□ハラ ミュージアム アーク
https://www.haramuseum.or.jp/jp/arc/

□東京都庭園美術館
https://www.teien-art-museum.ne.jp

□「生命の庭─8人の現代作家が見つけた小宇宙」展
https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/

□『庭園美術館へようこそ 旧朝香宮邸をめぐる6つの物語』(河出書房新社 刊)
朝吹真理子、福田里香、小林エリカ、ほしよりこ、mamoru、阿部海太郎の6名による旧朝香宮邸をめぐるアンソロジー。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309255576/

□DN タワー21
https://visit-chiyoda.tokyo/app/spot/detail/95

□和光と時計塔の歴史
https://www.wako.co.jp/clock_tower/

竣工当時の服部時計店。/1階売り場。 写真提供:和光

□ホテルニューグランドの歴史と建築
https://www.hotel-newgrand.co.jp/history/
https://www.hotel-newgrand.co.jp/construct/

□小田急電鉄旧本社ビル(現小田急南新宿ビル)
https://bb-building.net/tokyo/deta/1294.html

渡辺仁設計でホテルニューグランドと同じ年1927年に建設された表現派様式のビル。この姿でかろうじて残っているのが奇跡的だ。 写真:筆者提供

□キリスト品川教会
https://www.gloria-chapel.com/facility/index.html

□グランドプリンス新高輪
https://www.princehotels.co.jp/shintakanawa/

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2020/11/03

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