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猫と男 東京で生きる男と、共に暮らす猫。ふたりの距離感から垣間見える、唯一無二の物語。

BOOK GUIDE:『あたしの一生』

今回は“猫目線”で愛すべき猫の一生を綴った優しい物語のBOOK GUIDE。

写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

書籍『あたしの一生』
『あたしの一生』 ディー・レディー 著/江國香織 訳 (1992年刊)

猫と生きるということは、あまたの喜びに満ちていることだと思う。
早朝、物音で起こされ、ご飯の催促、布団の中で熟睡している時にいきなり飛びつかれたり、時に理不尽に噛まれることもある。かと思えば、ごろごろと喉を鳴らしながらその柔らかな毛並みですり寄ってきたり、膝の上や腕の中で静かに佇んだり、爽やかなそよ風が吹く窓辺で一緒に空を見ながら、日がな一日を過ごすこともある。ご飯をもりもり元気に完食したり、トイレをするだけで褒められる。そんな生き方に憧れ、そんな生き物になってみたいと猫好きなら誰もが一度は思ったことがあるだろう。

猫

だが、猫の一生は人間の平均的なそれと比べると儚い。無限に流れる時の海を足早に駆け抜けるかのようであり、人間である僕には心もとなく感じることもある。
母猫のあとを追いかけて手のひらに乗るような大きさの子猫時代は、なにかと手がかかるもののあっという間に通り過ぎる。人間の家の中でお気に入りの場所を見つける頃には、外に比べれば圧倒的に狭いこの場所で、けなげにも自分なりの一日のサイクルを確立し自律的に生きはじめる。
猫の時間は、簡単には“長い、短い”で測ることはできないことは分かっている。だが、一日でも一秒でも長く、この愛おしいものと共に過ごしたいと、はじめて出会った日から切に願っている。

猫

猫が登場する本は世の中にたくさんあるが、今回ご紹介する『あたしの一生』は、アメリカのジャーナリストで作家のディー・レディーの著書である。そして、ずばり「猫目線」で描かれたお話だ。

主人公は白と黒のハチワレ猫のダルシー。物語は飼い主(=あたしの人間)との出会い(人間にとっては猫との出会い)、日々の些細な出来事、その全てがダルシーの一人称、一人語りで展開する。

猫との暮らしは、当然だがお互いの信頼関係なしにはありえないと思っている。家猫は飼い主を頼りにする以外、自分ではご飯を手に入れることもトイレをきれいにすることもできない。猫はそれを辛抱強く待つことしかできない。

猫

もし、自分がそんな状況に置かれたら、どれだけ不安だろう。猫は気ままにみえながら、いつでも僕たちがすることを辛抱強く待っている。
ある意味、猫が幸せでいられるためには、僕たちの手助けが必要不可欠なのだ。
同時に、猫と僕たちとの平穏な暮らしには、猫からの信頼こそが最も必要なものかもしれない。猫からの信頼があるから、僕たちの日常の幸せが成り立っていることをもっと知るべきだ。
猫たちは自分たちが生きるために仕方なく僕たち人間を信頼しているわけではないことも。

猫

この小説の中でダルシーがたびたび自問するように、猫との暮らしは、どこまでが「あなた」で、どこからが「あたし」なのかわからなくなるほど、互いが互いを愛し、信じ合うことができるかが試されているのだ。

子猫から成猫になり、恋をして子を宿し、そして悲しい別れも。タイトル通り『あたしの一生』がダルシーの言葉によって語られていく。
新鮮なのはその猫目線。ダルシーにとって飼い主は「あたしの人間」という存在。二人の関係性の主導権はあくまで「あたし」といたってクールだが、飼い主と何日か離れ離れになると孤独感に苛まれる。孤児になるのではと、ご飯が喉を通らなくなるほど悲しむ。再会の時には喜びを炸裂させる。

「二十年も生きるわよね、それ以上も生きるわよね。約束してくれる?」と問う人間に、「未来を約束することはできない、つねにいま、この瞬間だけが、あたしからの贈り物なのだ」と一人胸の中で思うダルシー。
そんな風に謙虚に、まっすぐに生きたいと思う。愛猫と人間の物語はいつか離ればなれになる日がきても、終わることはない、と信じたい。

猫

最後に。この本の出版当時の著者紹介の欄には、ディー・レディーは今もダルシーが眠る土地、ミネソタ州スティルウォーターに在住、と書いてある。心を打つこの愛の物語は実話なのだということが明かされる。
僕はこの本を古書で手に入れたけど、読みつがれている本なのでいろいろな版があるようだ。文庫本もあるのでぜひ読んでみていただきたい。見ていると胸が熱くなる、ジュディ・J・キングによる美しい挿絵も必見の本だ。

PS.
このコラムを書くにあたり、ふと思いついて「Dee Ready Dulcy」とウェブ検索をしてみた。そうしたらこの本のためのダルシーのドローイングととともに、その猫とそっくりな草むらの上でくつろぐダルシーらしきハチワレ猫の写真が何枚かでてきた。もうこの地上にはいないダルシーだけど、時を越えて出会えた気がしてなんだか嬉しくなった。

猫とブランケット

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2021/05/24

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