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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

第20番:鏡の向こうで見たもの
「Durlston Design社のミラー」

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


Durlston Design社のミラー
これが伝説の店「push me pull you」で購入したイギリス製のミラー。ミラーの裏側にDurlston Design Ltd.のシールが貼ってある。1960年代に存在にした会社でミラーの他、ランプやコートラックなどスチール製のプロダクトを製造していたメーカーらしい。

 池尻大橋に住んでいたとき、近所を散歩していると不思議な雰囲気の店を見つけた。ガラスのファサードにはカラーフィルムのようなものが貼ってあり、中がぼんやりしている。目を凝らすと椅子や本棚、ショーケースのようなものが見えたのでアンティークショップかなと思い切ってドアを開けてみた。

 足場材を敷き詰めた床、ネオン管を電線でつないだ不思議な多面体の照明、光る蛇口の付いた棚のような什器には古くかたちのよいカトラリーが並んでいる。他にも北欧のうつわや椅子、オブジェのようなものがポツポツと置かれていた。そしてカンチレバー式というのか、大きなクリーム色の本棚が壁から飛び出していて、アートやデザイン関連の書籍がびっしりつまっていた。

 緊張しながら店内をウロウロしていると、奥にいた店主らしき人が声をかけてくれた。「push me pull you」というその店の店主であり、今は美術家としてユニークな作品をつくり続けている澄敬一さんだった。初対面にもかかわらず思いのほか長々と話し込み、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。その日以来、僕は週に何度もその店に通って澄さんとの会話を楽しむようになった。

 その後店は次第に知られるようになり多くの人、特に澄さんがつくる世界と澄さんの知識やユーモアを交えた話術に魅了された編集者、カメラマン、デザイナー、ライターといった人たちを誘蛾灯のように引き寄せた。交流も生まれ、店というより「サロン」というにふさわしい場所になっていた。澄さんもそれを楽しんでいるようだったのだが、客にとっては少し困惑することがあった。店にあるものをなかなか売ってくれないのである。

 「これはいくらですか?」なんて尋ねると、一つひとつの商品の由来や手に入れたストーリーは丁寧に説明してくれるものの、思い入れがあり過ぎて売りたくないのか、親しくなった人に買わせるのを申し訳なく思うのか「そんなの買うことないよ」なんて、澄さんは言うのである。そう言われるとますます欲しくなるのが人情である。粘り強く交渉して、やっとの思いで購入させてもらった品物のひとつがこのミラーである。

 Durlston Design社という'60年代に存在していたイギリスのプロダクトメーカーのもので澄さんが店を開く前に回ったヨーロッパ旅行の際、イギリスで手に入れたものだとか。トーマス・オーウェンという人がデザインしたらしいということがわかったが、デザイナーについてもDurlston Design社についても情報がほとんどない。まあ誰がデザインしたというよりこのスチール、チーク材、ステンレスという素材の組み合わせと色のコンビネーションが好きでとても気に入っている。

 経年変化したプラスチック素材が醸し出す抒情、塗装をすべて剥がされ「素」になった古い家具のテクスチャーの魅力、澄さんに教えてもらったこと、気づかされたことはたくさんある。今でも思い出すのが店に飾ってあった子ども用の小さな長靴。東京湾で拾ったというそのゴム製の長靴は波に揉まれ、風化し、溶けかかったような風情だったが、ポツンと店にディスプレーされたその姿は得も言われぬ詩情を漂わせていた。この鏡を見る度にあの時の楽しかった時間を思い出すのである。

Durlston Design社のミラー
こちらも同じくDurlston Design社のミラー。ベースのデザインが異なるこのタイプは当時の時代性もあってなのか、今でいうスペースエイジ、レトロフューチャー的デザインを感じさせる。

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2020/12/16

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