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若者のすべて なんだか、未来が楽しみになる。今を生きる20代の若者たちと、他愛のないおしゃべりを。

第3回:和田夏実(インタープリター)

音のない世界、光のない世界、さまざまな世界を縦横無尽に行き来する26歳。
今回登場していただくのは、「手話」を第一言語とする両親の元で育ち、インタプリター(通訳者・解釈者)として活動する和田夏実さん。
私たちがまだ見ぬ領域を模索し、耕し続ける「開拓者」だ。

写真:Maya Matsuura 聞き手・文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

国境も言語も、あらゆるものを超えて。

和田夏実 Natsumi Wada
1993年生まれ。ろう者の両親のもと、手話を第一言語として育ち、大学進学時にあらためて手で表現することの可能性に惹かれる。慶應義塾大学大学院修了後、現在は視覚身体言語の研究を行いながら、さまざまな身体性をもつ人々と協働し、それぞれの感覚を共に模索するプロジェクトを進めつつ、デザインやテクノロジーと手話を掛け合わせた表現活動を行う。2018年、『Forbes JAPAN』の「世界を変える日本の30歳未満の30人」にも選出された。
Instagram: @n_toz


「伝える」ことへの興味

すごい、部屋の壁がピンク! これ、自分で塗ったんですか?

和田さん(※以下敬称略):
母と一緒に塗ったんです。母の部屋はエメラルドグリーンになっていて。そっちの方が日当たりが良いんですけど、母にとられちゃいました(笑)。

生まれた時からこの家で暮らしているんですか?

和田:
いえ、母はここで生まれ育っているんですけど、私は大学入学と同時に引っ越してきました。

和田さんのお祖父さんとお祖母さんが駅前で営んでいる画材店にも先ほどご一緒しましたが、本当に素敵なお店でした。

仙川駅そばの商店街で夏美さんの祖父母が営んでいた「モッテ画材店」で。2019年末に、惜しまれつつ48年の歴史に幕を閉じた
和田:
閉店前に見ていただけて良かった! 小さい頃からよく通った場所で、自分にとって本当に大切な場所だったので。

2年前、大学院を卒業されたそうですね。今現在はどのような仕事をされているんですか?

和田:
広告関連の会社に勤務しつつ、週末や祝日を使って手話通訳や制作活動をしています。

制作とは、具体的にどういうものを?

和田:
玩具やカードゲーム、アプリケーション、インタレーションをつくったり、ワークショップをやることもあります。どれも、一人ひとりが持っている“感覚”を引き出して、その人が生きている世界を一緒に共有するということ、広い意味での「コミュニケーション」がテーマになったものです。

和田さんは手話を第一言語とするご両親のもとに生まれ育ったそうですね。

和田:
はい。小さな頃から両親とは手話で会話をして、音声言語は祖父母から教えてもらいました。思えば、4~5歳くらいの頃から両親と社会の間をつなぐ手話通訳士の仕事をしています。
和田さんの父親である栗田行雄さんが描いた絵

「情報伝達」とか「コミュニケーション」といった分野への興味は、そういったご自身の歩みがきっかけで?

和田:
もちろんそれもありつつ、大学で言語学を学んでいた時の気づきも大きく関係していますね。言語学の中に「手話言語学」という分野があって、いろいろな方法で手話の解析が進められているんです。でもまだ研究がはじまってから日が浅いということもあって、現状解析されているコミュニケーション手段としての手話は、ごく一部。自分自身が手話という言語を通して見てきた景色はもっと豊かだったし、言語学が音声言語由来の学問であるということも、個人的に消化不良な部分があって……。そんな時に、学校で「インタラクションデザイン」の研究室に出会って、目の前がパッと開けた気がしました。

どんな発見があったんですか?

和田:
テクノロジーを介するからこそ実現できる「情報伝達」があるのかもしれない、と。手話を音声言語に訳す時に常々感じていたのは、「訳しきれていない領域があるのではないか?」ということでした。「領域」というのはつまり、語り手がもつ世界観や物事に対する考え方、その言葉にどれだけの重みを感じているのか……など。それこそ、幼い頃は「直接頭が繋がって話してくれたら一番いいのになぁ」って思っていたくらいで(笑)。伝わる量や言葉に変換してしまう難しさを小さい頃から感じていました。手話を通して自分が見た世界を言葉以外の方法で共有できる方法、たとえばデザインの文脈から探ってみるのはどうだろう? と思い、研究室でさまざまなことを模索しました。

“共有”する楽しさと難しさ

そもそもの質問になってしまうんですけど、「手話」は世界共通のものなのでしょうか?

和田:
いえ、国によって違うんです。

ということは、日本には日本独自の手話があって、フランスだったらフランスの独自の手話があるということですね。

和田:
そうです。たとえば「食べる」ということを手話で表現するときに、日本であれば箸をつかう動き、イギリスだとフォーク、アメリカだと……こんな風にハンバーガーを食べる動きに(笑)。その国の文化や土着性と密接な関係があるんです。

面白い! 和田さんの手の動き、まるで空中に絵を描いているみたいですね。

和田:
そうそう! 手話には手の動きで様々な意味をかたちづくるCL(classifier=類別詞、類辞の略)と呼ばれる文法があるんですけど、「自分の頭の中にあるイメージを空間にトレースする」という感覚が近い気がします。

※CLとは、物の形や性質、大きさや動きなどを手で表したもの。日本語の類別詞に見られる細長いもの、例えば鉛筆などは「~本」と数え、紙のような薄いものは「~枚」と数えるといった分類の仕方に共通性がある。
参考:『手話を言語と言うのなら』(森 壮也 佐々木 倫子編、ひつじ書房)13ページ。

手話の世界では、言葉をかたちづくる手の動きに加えて、「顔の表現」も大切なツールとなる

先ほど、デザインの文脈から……という話がありましたが、なんとなくその意味が分かってきた気がします。

和田:
「アイソタイプ(Isotype)」って聞いたことありますか? 第一次世界大戦後の1920年頃に考案された、非言語で情報伝達をするための視覚記号なのですが、現在のピクトグラムやインフォグラフィックに大きな影響を与えたと言われているものなんです。イラストレーターと哲学者が協同して考案したものらしいのですが、誕生した背景のひとつとして、「世界に争いが生まれたのは、人と人が音声言語でコミュニケーションをとっているからだ。じゃあ、ビジュアルで言語をつくってみよう!」という考えがあったらしい、という話を聞いたことがあって。

言葉ではなく、ビジュアルで共有するということですね。

和田:
そうです。手話にも、こういう可能性があるんじゃないかと思っています。たとえば「山があって、その前に家があって、湖もあるんだよ」と相手に伝えたい時、音声言語の場合は、“家の大きさ”だとか“湖のかたち”が、言った人と聞いた人それぞれの頭の中で異なったものが描かれると思うんですけど、手話だとビジュアルで共有できるから認識に大きなズレが生じない。映画やアニメーションのような映像表現と小説などの文章表現くらいの違いがあると思っています。
ピンクで彩られた部屋の中は、幸福感に満ちていた

あるひとつの物語を紡ぎたい・伝えたいと思ったときに、小説、映像、あるいは写真など色々なメディアの選択肢がありますけど、人と人が音声言語を使って対面で会話をするときは、いわば小説的な方法で伝えあっていることになるわけですね。

和田:
一方で、手話を言語とする人たちは映像的な方法で会話をしている。いままで、この二つがなかなか交わらなかったんです。おそらく、ろう者に対する「福祉的な見方」も影響していると思うんですけど……スマホも含めて、さまざまなメディウム(媒材)が出てきた今の時代に、手話と音声言語が交差するポイントがつくれたらいいなって思っています。だいぶ説明が長くなってしまったんですけど(笑) こういう思いで、コミュニケーションをテーマにしたプロジェクトに関わっています。

言葉よりも自分を説明してしまうもの

和田:
いろいろ説明するよりも、ひとつ一緒にゲームをやってみましょうか。最近開発した「クオリア」というカードゲームを。これは……いわゆる「エロ本」なんですけど。

えっ、これが?

和田:
そうなんです(笑)。じゃあ……カメラマンさんも含めて3人でやってみましょうか。カードの裏にいろんな写真が印刷されているので、自分が“エロさ”を感じるものを、隣の人に見られないように3枚選んでください。

いろんなタイプの写真がありますね。これは果たしてエロいのか? というものも。

和田:
選びましたか? そうしたら、選んだものの中で一番エロいと思うものを出してください。はい、どうぞ!
ゲームに参加した3名それぞれが選んだカードを並べた様子。使用されている写真は、年齢性別ばらばらの約60人にインタビューし、それぞれの人がつい撮ってしまった携帯のカメラロールに入っていた写真からエロいと感じるものを選んでもらって集めたという

面白い! 3人それぞれ選んだ写真のタイプが違いますね。

和田:
参加者全員で、誰がどれを選んだかを当てる、というゲームなんです。人数が多ければ多いほど難しくなるので、「あなたにとってエロとは?」みたいなオープンクエスチョンを交えながら。ちなみに、私は「触りたい」いうテーマで選んでいます。

私はわりと直接的で、どこか切なさを感じる写真を選びました。……なんかこれ、マニアックな自己紹介ですね(笑)。もしかしたら、5分喋るよりも、相手に自分の深い部分を伝えられるかも。

和田:
昨年は「LINKAGE(リンケージ)」(「TOKYO MIDTOWN AWARD 2019」で優秀賞を受賞)というゲームも発表しました。2年ほど前から盲ろう者(視覚と聴覚の両方に障害を併せ持つ人)の方の通訳に入るようになったんですけど、彼らとコミュニケーションをとっているうちに、「“触る”ってヤバいぞ。面白いぞ!」と。その発見をきっかけに開発したゲームです。触ることで会話する「触会話」を体感していただけたら、と。

この木の棒を、手の指で支え合うんですね。

和田:
お互いにある程度ちゃんと押し合って、力が均等に加わる“中心”を見つけないと崩れてしまう。触り方って、その人の性格が出るんですよね。丁寧、押しが強い、積極的、あるいは馴れ馴れしい、とか(笑)。

これも面白い! 間接的に相手の「力」を感じるって不思議な感覚ですね。なんか、心がざわつきますね(笑)。“見えるはずがない”と思っていたものを見てしまったような気分。忘れかけていた人間本来が持つ感覚を思い出したというか……。

和田:
たまたま手話が自分にとっての第一言語だったということも関係しているんですけど、マイノリティの人たちに対して「彼らを助けなきゃ!」とか「マジョリティと同じ生活を送れるように」とかは全く思っていないんですね。彼らの視点から世界を捉えてみると、まったく違ったものが見えてくる。こんなに美しくて面白い世界なのに、それを社会と共有できないことがもどかしいというか……。福祉的な視点を開放して、いろいろな人と会話したり遊んだりできたら、どんなに豊かなものが生まれてくるんだろう? ということに興味があるんです。
盲目のサウンドクリエイター 野澤幸男さんと共に開発した「altag(オルタグ)」(2017年)。これを被ることで目の前が遮断され、内臓するヘッドホンからの音のみが聞こえるようになる。カメラセンサーが捉えたもののかたちや色を認識し、それに対応した音を鳴らすことで、被った人に聴覚のみで世界を捉えさせようという作品

わたしの周りは、ずっと高度経済成長期

それにしても、すごいフロンティア精神。いままでにないもの、かたちなきものをつくるって、ものすごいエネルギーが必要ですよね。

和田:
小さな頃から、私の家には世界中からろう者も聴者も分け隔てなくさまざまな人たちがホームステイに来ていたんですけど、ろう者が運転免許証を取れるように尽力した人がいたり、法律を変えた人がいたり。ろう者に限らず、マイノリティの人たちって全員が「開拓者」にならざるを得ないところがあって。マイノリティだからこそ、「色々なものをつくって自分たちで歴史を積み上げていかなきゃ」という気概があるんだと思います。それを体感して育ってきたから……。ある意味、私の周りはずーっと高度経済成長期みたいな感じなんです。「全部つくっていかないと!」っていう(笑)。
表現やアートなどに興味を持ったのは、画材店を営んでいた祖父母や美大に通っていた母など家族の影響も大きいそう

手話の歴史も、まだまだこれから積み重ねられていくんですね。

和田:
日本における手話の歴史は明治時代にはじまったと言われているんですけど、それこそ私の両親が小学生だった頃は、口話法(相手の口の動きを読み取り、ろう者が表現したい言葉を口のかたちと音声で表す方法)が推奨されていて、手話の使用は禁止されていたそうです。手話を使ってしまうと日本語が覚えられなくなる、と考えられていた時代で。

それは知りませんでした。

和田:
マイノリティに対する思いって捻じれがちだな、と思います。「障害のある人も、みんなと同じことができるように」という思いが、必ずしもポジティブなものと言えるのか疑問に思うことも。その疑問にしっかり向き合いつつ、フィルターをかけずにいろいろなことを考えて、具現化していきたいですね。そのためにも、「歴史」をきちんと学びたいと思っています。表現、グラフィック、さまざまな歴史について学びながら、それを手話や触覚言語に応用したらどうなるか、考えていきたい。

和田さんが関わっているさまざまなプロジェクトが、いつかマイノリティを取り巻く社会のしくみを揺さぶるような気がしてわくわくします。

和田:
大学でデザインに出会ったおかげで、「なければつくればいいんだ!」という、シンプルな喜びに動かされている気がします。たとえば手話の楽しさを伝えたいと思ったら映像をつくったり、ゲームのプロトタイプをつくって試しに遊んでもらったり。自分の頭の中にあるアイディアをかたちにして社会と共有することで、いつかそれが何かの拍子で社会の仕組みを変えることに繋がるかもしれない。少し前だったら、デモ活動をするとか「法律変えてください」っていう嘆願書を書くという方法しかなかったかもしれないですけど、「つくる」ことで世界を変えることができるかもしれない未来にわくわくしています。
愛犬の「トト」と一緒に

まだ開かれていない宝箱を探して

正直なことをいうと、今、わくわくしつつも頭がオーバーヒートしそうなんです(笑)。「コミュニケーション」という大きなテーマは理解しつつも、和田さんが関わっている世界の幅が広すぎて。一体和田さんは何者なんだ?! って(笑)。

和田:
あはは(笑)。確かにちょっとカオスかもしれませんね(笑)。

本棚を眺めていたんですけど、学術書、アート本、小説まで本当に色々なものが並んでいますね。和田さんは、手話以外ではどんな世界に触れてきたのでしょうか。尊敬する人とかいたりしますか?

和田:
ブルーノ・ムナーリ! 大好きなんです。

絵本作家であり、プロダクトデザイナーであり、教育者であり、芸術家であり……。

和田:
ブルーノ・ムナーリがすごいのは、とにかく色々なものをつくり続けながら、それをひとつの「分野」にしていったところ。「かたち」にすることって、本当に大事なことだなと思います。同じような凄さを、ろう者の人たちにも感じています。「音がない」という前提を共有した人たちが、「手話」という視覚的に会話する方法をつくり上げて、それが歴史になり、文化が醸成されている。凄いことですよね。

現在26歳。10年後、どうなっていたいですか?

和田:
自分自身がこうなりたいというよりも、言語や国を超えて人々が喜びや楽しさを共有している景色をたくさん見られたらいいなと思っています。最近、ディストピア的な未来が語られがちだと思うんですけど、きっと発掘できていない宝箱みたいなものがまだまだたくさん眠っているはず。それをこれから一個一個開けていくチャンスがあるんだと思うと、すごく楽しみですね。

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2020/01/16

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