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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第64回:「陰翳礼讃」 展と京橋 NOW & THEN

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


「LIVE+LIGHT In praise of Shadows 『陰翳礼讃』現代の光技術と」 という展覧会の知らせが届いた。

陰影礼賛展
photo by Takashi Kurokawa, courtesy LUFTZUG
陰影礼賛展
photo by Akihiro Sugiura

谷崎潤一郎の書いた 『陰翳礼讃』 を現代の視点で空間に表現し、 光の繊細さを日常に反映することを目指すとあった。

会場は聞いたことのない京橋にあるギャラリーだ。
行ってみるとそこは昔から足繁く通った伊奈製陶 = INAX = LIXIL ギャラリーと書店のあった場所だった。昔あった書店は LIXIL 出版の出版物も常備してあって、 好きな書肆だった。 今は 「BAG-Brillia Art Gallery」 として昨年秋にオープンしたと聞いた。

陰影礼賛展

扉を開けて入ると深い闇に包まれていて、 まずふわっとした何かに出くわす。 それは光の加減によってはもやのように、 そして透ける布のようにも見えるが、薄く漉かれた和紙だった。

陰影礼賛展
和紙:高知県の浜田兄弟和紙製作所の手漉き土佐和紙。複雑なテクスチャが特徴で、まるで布のようにも見える。 photo by Akihiro Sugiura
陰影礼賛展
漆:輪島キリモトの本漆の椀。これまでに受け継がれてきた輪島塗の素材と漆塗りの技を、今の暮らしに溶け込むように再開発したキリモト独自のmakiji(蒔地)技法のうつわ。 photo by Akihiro Sugiura
陰影礼賛展
金屏風:広島の箔紙のメーカー瀝青社の金箔を施した屏風。この展示のために瀝青社社所有の屏風に新たに金箔を貼り直したもの。 photo by Akihiro Sugiura

暗闇の中、 目を凝らすとほんのり浮かび上がる4つのテーブル。 そこには漆、 金箔、 羊羹、ガラスなど異なる素材からできているものが置かれていて、 光を反映して認識できるようになっている。

これは新しく開発された極小の LED ライトで、 微妙なまでの明るさの調節が可能なシステムで制御されているらしい。

陰影礼賛展
羊羹:「陰翳礼讃」の中で谷崎は羊羹について「玉のように半透明に曇った肌が奥の方まで日の光を吸い取って夢みる如きほの明るさを啣(ふく)んでいる感じ」 「あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって」と表現している。 photo by Akihiro Sugiura
陰影礼賛展
ガラス:日東電工(Nitto)が開発した新素材光制御技術を施した特殊フィルム「RAYCREA」が貼られたガラス。端部にLED光源を組み合わせることで、フィルムを貼った面だけを光らせることができる。RAYCREAは現在開発中の製品。 photo by Akihiro Sugiura

『陰影礼讃』 は、 昭和8年から9年にかけて2度に渡り 『経済往来』 という経済時事論の載る雑誌に掲載された谷崎の随筆だ。

「日本の漆器や金蒔絵の道具も、 日本の 『陰影』 のある家屋の中で映え、 より一層の美しさを増す。 祖先が作った生活道具の装飾などは、 そうした日本の自然の中で培ってきた美意識で成り立っており、 実に精緻な考えに基づいている。 日本人は陰影の濃淡を利用し、 その美を考慮に入れ建築設計していた。 美は物体にあるのではなくて、 物体と物体との創り出す陰影のあや、 明暗にある。」

「 『私』 は、 日本人が既に失いつつある 『陰影の世界』 を文学の領域に少しでも呼び戻してみたい。 壁を暗くし、 見え過ぎるものを闇に押し込め、 無用の室内装飾を剥ぎ取り、 試しに電灯を消したそんな家 (文学) が一軒くらいあってもよかろうと 『私』 は思う。」 (谷崎潤一郎 『陰翳礼讃』 より)

昭和初期、 生活が西洋化し電化による電灯 = フラットな光源で失われていこうとする日本家屋の陰影に危機感を抱いていた谷崎。 この展示は21世紀の新たなテクノロジーによって谷崎の憂慮を打ち消そうとしているかのようだった。

陰影礼賛展
photo by Akihiro Sugiura

そこを出てからは、 京橋に来ると必ず訪ねる場所を確認して歩くことにした。
まずギャラリーの斜め向かいにある 「京橋エドグラン」 の 「Postalcoショップ」 、 そしてコンドルの弟子である曽禰達蔵そねたつぞう設計の建築が変わらない勇姿を見せる 「明治屋」 。 その地下1階コンコースにある小さなギャラリー 「タウンミュージアム」 。 ここはコレクター北原照久が企画したコレクション展示が楽しい場所だ。

京橋歩き
京橋エドグラン外観
京橋歩き
写真:筆者提供

再び地上に出て刃物の 「西勘本店」 の左官鏝、八重洲通りの角にある手芸用品 「越前屋」 の2階の刺繍糸売り場へ。 どちらも惚れ惚れするような品揃えで他に類を見ない。 これらは安政元年 (1854年) と慶応元年 (1865年) 創業の老舗だ。

京橋歩き

そして向かいにあるのは今日のもう一つのお目当て 「アーティゾン美術館」。 ブリヂストン美術館の頃もよく行ったが石橋財団コレクションの見事さにはいつも圧倒される。
今開催中の 「生誕140年 ふたつの旅 青木繁 × 坂本繁二郎」 展へ。 アーティゾン美術館はこの二人展を開催するのに最もふさわしい場所だ。

アーティゾン美術館
アーティゾン美術館外観

青木繁は28歳で夭逝した天才で絵を描いた期間はわずか10年、 方や坂本繁二郎は87歳の天寿を全うし功なり名を遂げた画家だ。 ともに久留米で生まれ、 高等小学校では机を並べ、 洋画塾でも同門。 青木は東京美術学校 (現東京藝術大学) 在学中に華々しく画壇にデビューし代表作ともいえる神話をテーマにした作品群はその頃の作だ。 一方の坂本は青木に比べると遅咲きで、 パリから帰ると故郷に戻り穏やかで静謐な静物画を多く残した。

ライアンガンダー
青木繁《海の幸》1904年 油彩・カンヴァス 重要文化財 石橋財団アーティゾン美術館
アーティゾン美術館
青木繁《わだつみのいろこの宮》1907年 油彩・カンヴァス 重要文化財 石橋財団アーティゾン美術館
アーティゾン美術館
坂本繁二郎《帽子を持てる女》1923年 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館
アーティゾン美術館
坂本繁二郎《月》1966年 油彩・カンヴァス 無量寿院蔵(福岡県立美術館寄託)

青木の 「海の幸」 (1904)と「わだつみのいろこの宮」 (1907)。 これらの名作がここにあるのは、 坂本がブリヂストンの創業者・石橋正二郎に青木の遺族や友人のところに散在している青木の遺作を散逸しないように収集をすすめた結果だからだ。 ちなみに坂本は石橋と同郷であるだけでなく、 石橋が通った高等小学校で図画の代用教員として彼を教えていたこともあったという。

そして、 青木、 坂本と同郷の小中学校の後輩にあたる美術評論家・河北倫明がまだ真の評価をされていなかった二人の “生涯と芸術” について渾身の評論を書かなかったら、 果たして我々はこれらの絵画を今、 見ることができただろうかとも思う。

アーティゾン美術館
3階メインロビー
アーティゾン美術館
左)ほぼ未公開であった倉俣の半月型の大型ガラスベンチ。 右)6階展示室入口のロビーに誰もが座れるように設置された倉俣史朗のカッパー仕様の二人掛けソファ 「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」。 写真:筆者提供

新しく開館したこの美術館の楽しみの一つは展覧会場手前の6階ロビーにある倉俣史朗作の名作椅子に座ることと、 ミュージアムカフェでのランチ。 ここにも倉俣作品やエットーレ・ソットサスのガラス器などが棚に並べられていて見事だ。

アーティゾン美術館
ミュージアムカフェ
アーティゾン美術館
ミュージアムカフェのランチ。 写真:筆者提供
アーティゾン美術館
倉俣史朗デザインのアクリル花瓶やスターピース。 倉俣の友人であったイタリアデザイン界の巨匠エットレ・ソットサスによるヴェネチアングラスやメンフィス時代の作品も展示している。 写真:筆者提供

ふと外をみると隣のビルの工事中のフェンスに京橋の歴史の展示を見つけた。
ここは戸田建設のビルだったらしい。 美術館がオープンしたばかりの時はまだ古いビルを解体中だったところだ。
そこに古い京橋の地図や写真が掲げられていた。 この橋のデザインはいつのものだろう。

京橋歩き
写真:筆者提供
京橋歩き
左)京橋と都電(1963年)。 中)戸田組(現戸田建設)の社屋(1929年竣工)。 右)大正11年建造の親柱のある京橋から日本橋通りへの眺め(1922年頃)。 写真:筆者提供
京橋歩き
江戸時代の古地図「武州豊嶋郡江戸庄図」 寛永9年(1632)頃に描かれた京橋。 写真:筆者提供

また京橋のあった場所へ戻るとしよう。
大正期の橋の親柱が残されていた。 今まで気がつかなかったけれど、 向かいにある変なかたちの交番はこれを模っていたのか。

京橋歩き
左)京橋の親柱(大正11年)。 右)親柱の向かいに建つ「銀座一丁目交番」は親柱を模した煉瓦造り。 写真:筆者提供

京橋の元 「東京国立近代美術館フィルムセンター」 は、 5年ほど前から 「国立映画アーカイブ」 になっている。 8月は地下1階の小ホールで山本嘉次郎の映画が上映されていたし、今は黒澤明の脚本展をやっている。
その近くの古美術商や小さなギャラリーの多い路地を歩き、 一番気になっているある場所へいく。

5階建ての古いビルの6階 = 屋上のペントハウスにあるヨーロッパの古着の店「Mindbenders & Classics」 だ。 ここに行くには手動扉のエレベーターを自分で操作し5階まで行き、 後は細くて暗い階段を登る。 パリなんかではよくある感じだ。 今時日本でなかなかにレアな体験、 そしてアンティークの服もフレンチサープラスや労働着アトリエコートなどに限られていて独特。 いつも、 まだ存続しているか気になるお店だ。

京橋歩き
写真:筆者提供
京橋歩き
写真:筆者提供

この店を教えてくれたのは誰だっただろうと、 帰宅途中で考えてみた。
もしかしたら POSTALCO がまだ古いビルにあった頃につくっていた京橋ガイドの地図に載っていたのかもしれない。

京橋歩き
写真:筆者提供

やはりあった。
「TOKYO KYOBASHI GUIDE 2009」。

そこにはこう書かれていた。


KYOBASHI is slated for many changes near future.
Please be aware that Map contents may change.
Map drafted in December 2008.  ©️POSTALCO 2009

「京橋は近い将来、多くの変化を迎える予定です。」


その通りだった。 2009年からわずか13年でこの変化だ。
いくつかの場所はアップデートされ新しいビルになり昔の風情ではなくなっていたけれど、 日本橋や銀座のように空々しい開発にならないのが京橋のいいところ、 そんな気がした。

<関連情報>

□「LIVE+LIGHT In praise of Shadows 『陰翳礼讃』現代の光技術と」展
https://www.brillia-art.com/bag/exhibition/09.html
会場:BAG-Brillia Art Gallery-
会期:2022年8月26日(金)~9月25日(日)
開館時間:11:00~19:00
休館日:月曜 ※祝日の9月19日(月)は営業(翌日振替休)

□生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎
https://www.artizon.museum/exhibition/detail/543
会場:アーティゾン美術館
会期:前期/2022年7月30日(土)~9月11日(日)、後期/2022年9月13日(火)~10月16日(日)
開館時間:10:00~18:00(9月23日を除く毎週金曜日は20:00まで)  ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜(9月19日、10月10日は開館)、9月20日、10月11日

□「脚本家 黒澤明」
https://www.nfaj.go.jp/exhibition/akirakurosawascreenwriter2022/
会場:国立映画アーカイブ 展示室(7階)
会期:2022年8月2日(火)~2022年11月27日(日)
開室時間:11:00~18:30(入室は18:00まで) ※毎月末金曜日は11:00~20:00(入室は19:30まで)
休室日:月曜日、9月6日(火)~9日(金)、9月27日(火)~10月2日(日)

□Postalcoショップ
http://www.toysclub.co.jp/information/475/
住所:東京都中央区京橋2-2-1 エドグランIF 営業時間:月曜~日曜 11:00~19:00

□京橋エドグランタウンミュージアム
http://www.toysclub.co.jp/information/475/
住所:東京都中央区京橋2-2-1 エドグランB1
企画展:「VAN&Stationery」 期間:2022年6月26日(日)~10月21日(金)

□西勘本店
https://nishikan-net.square.site
住所:東京都中央区京橋1-1-10

□越前屋
https://www.echizen-ya.co.jp
住所:東京都中央区京橋1-1-6 越前屋ビル

□Mindbenders & Classics
https://shop.mindbendersandclassics.com/?mode=f1
住所:東京都中央区京橋2-6-8 仲通りビル6階 ※事前予約制

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2022/09/09

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