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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第3回:12月のショートケーキ

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


今年の6月、代官山のヒルサイドプラザでM.B.ゴフスタインの絵本『ピアノ調律師』を読む中井貴惠さんの朗読会があった。

トークのスペシャル・ゲストはこの本の翻訳者でもあり、数々の名著を刊行し惜しまれて2010年に閉じられた「すえもりブックス」主宰者、末盛千枝子さん。

その後、末盛さんが企画編集した本の刊行や復刊プロジェクトを行う「末盛千枝子ブックス(現代企画室)」が立ち上げられ、ゴフスタインの『あなたのひとり旅』『ピアノ調律師』『ゴールディーのお人形』『おばあちゃんのはこぶね』が復刊されている。

2年前に世を去ったゴフスタインの作品にはさまざまな人生、そして生き生きと仕事に取り組む人の姿が描かれている。
物静かな言葉と穏やかな絵が、生きることを見つめ直す深い思索へと導いてくれるようだ。

貴惠さんは絵本の朗読だけでなく、小津安二郎の映画も”朗読”しているという。 10月には「小津映画を聞く音語り 10周年記念公演 小津日和」が開かれ、そこへも足を運んだ。

貴惠さんの父は言わずと知れた”昭和の二枚目”佐田啓二。小津安二郎と木下恵介が媒酌人になったご両親の結婚式の話から、幼い頃の貴惠さんと小津監督との交流などを交えながら、10年前にはじまったこの企画の発端を語られた。

幼き日の中井貴惠さんと小津安二郎監督。上は中井家の居間の小津監督の特等席で。下は「秋刀魚の味」のロケハン中の二人。
©by Nakai Kie

20年続けてきた絵本の朗読会の活動に加え、縁の深い小津監督のエッセイを朗読したいと思い、そのことを元小津組のプロデューサー山内静夫さんに相談したところ、「それならシナリオを朗読してみたらどうだい? 台本は僕がつくるよ。一人で出演者もナレーションもト書きも読むんだ」と言われて、はじまった企画だそうだ。

そして生まれたシナリオ・リーディングの一人舞台。ジャズ・ピアニストの松本峰明さんによる小津作品の映画音楽演奏も挟んだステージだ。

リーディングの前に、小津作品に共通するテーマについての話もあった。
小津監督は共同シナリオの野田高梧と戦後の”家庭”(それも中流家庭)、”家族”、 ”娘の結婚”、など同じテーマの作品を何作もつくっていること。

役名も原節子演じる娘は「紀子」、父親は「周吉」、男の子は「みのるといさむ」などなど、数本の映画に同じ役名が登場すること。

原節子が夜ひとりでかきこむお茶漬けときゅうりの漬物、杉村春子の「紀子さん、あんパン食べない?」のセリフと対局にある銀座のお店の「たまの贅沢の」ショートケーキなどなど、美味しそうな食べ物の登場場面と、その意味についても言及。

この企画は山内さん(94歳でご存命)のバイタリティに引っ張られ、10年の間に「晩春」を皮切りに「秋日和」「東京物語」「お早よう」「秋刀魚の味」「麦秋」と、6作品が出来上がったという。

私が”聞いた”のは「麦秋」の回。
貴惠さんは、「麦秋」に登場する数々の名優 原節子、東山千栄子、杉村春子、三宅邦子、淡島千景はもとより、もちろん笠智衆まで何役も一人で演じる。
特に早口な杉村春子、おきゃんな淡島千景はスクリーンの姿が目に浮かぶようだ。

麦秋は初夏を表す言葉で、夏の季語。英語のタイトルはEARLY SUMMERとなっている。ラストシーンの家族揃っての記念写真。

麥秋 デジタル修復版 発売中 Blu-ray:5,170円(税込み)DVD:3,080円(税込み) 発売・販売元:松竹
©1951/2016 松竹株式会社

帰宅してからさっそくデジタル・リマスター版の「麦秋」を視聴。
昭和の中流家庭の話し言葉の心地よさはいったいなんだろう。
このセリフを演じられる女優は今存在するだろうか?

翌日は、「銀座千疋屋」のショートケーキが無性に食べたくなって銀座へ行った。

あの当時(「麦秋」は昭和26年作)ホールのケーキが900円で、兄嫁の三宅邦子がその高価さに「食べるのいやになっちゃった」と嘆く。
今でいうと1~2万円? というところか。それは中流家庭にとっては大変な贅沢品。
現在8号サイズ24cmホールの「苺ショートケーキ」は1万6200円。
その高級ぶりは、いまだに健在だ。

銀座千疋屋の苺ショートケーキの一切れ。スポンジはしっかりしていて、フレーバーなどを使わないクリームはまさに王道。トレンドや流行に左右されず、媚びず奇を衒わずバラエティに流されない「苺ショートケーキの原型」のよう。そのすごさの極め付けは、真円の切り口を見せるサンドされた苺の輪切り。
©銀座千疋屋

いちごのショートケーキは12月からの冬季限定というのも”銀座千疋屋ならでは”。
なので、2ヶ月ほどお預けということになった。

ようやく12月になったので銀座へ。12月の銀座のアイコンといえば、「和光」のウインドウと「ミキモト」の10mを超えるようなもみの木のクリスマス・ツリーと相場は決まっていた。
高級ブランドの店は世界中のどの都市でも変わりばえがしない。そして外国人買い物客でごったがえす店は”銀座ならでは”感がまったくない。

丁寧な顧客対応維持のため、日曜、祝日を休業日としていた「和光」は9年前からついに年中無休に。本店建て替えにともない「ミキモト」の巨大ツリーも2014年を最後に銀座を彩ることはなくなった。

「資生堂パーラー」はこの11月にリニューアルオープンしたばかりで、一階奥に設置されていた創業以来のソーダファウンテンも姿を消した。老舗も常にアップデートされていく。けれど、これらの店にはまだまだ”銀座ならでは”の矜恃と風格を感じるのは何故か。

銀座のシンボル、和光。下はウィンドウディスプレイの様子。2019年11月7日から12月25日までは、スズキユウリ(ペンタグラムデザイン)のデザインによるディスプレイが楽しめる
©和光
https://www.pentagram.com/work/wako-ginza/story

そしてもうひとつ、忘れてはならない店がある。
「月光荘」。
大正6年創業の画材店。

銀座8丁目の花椿通にある月光荘画材店。今年の8月に画材店地下の画廊の隣に喫茶室もオープン。月光荘の歴史を辿ることができる写真の数々に囲まれた独特の空間

ヴェルレーヌの詩「月光と人」から引用して月光荘と名付けたのは与謝野鉄幹、おなじみの「月光荘」の書は与謝野晶子の手になるものだそうだ。

それを教えてくれたのは、11月に「月光荘 画材店」の地下の画室(ギャラリー)と「月光荘サロン 月のはなれ」でMythosというギリシャ神話からの発想を拡げた個展を開いたアーティストの塩川いづみさんだった。

何千年の前も今も人の性(さが)は大差がなく滑稽。神々と人との物語を塩川いづみは絵と文章でこのように表現。月光荘の鉛筆で描かれた半人半鳥のセイレーンはMythos”語り伝えられるもの”展の作品。©Izumi shiokawa

<関連情報>

□中井貴惠の「おとな絵本の朗読会 Vol.4」
日時:2020年3月9日 18:30開場 19:30開演
会場:渋谷 eplus LIVING ROOM CAFE&DINIG
一般発売:1月9日より https://eplus.jp/otonaehon/
問合せ先:オンザフィールド TEL:050-5525-1493(平日11時~18時)

□「ピアノ調律師」M.B.ゴフスタイン著/末盛千枝子 訳
http://www.jca.apc.org/gendai/onebook.php?ISBN=978-4-7738-1217-6

□末盛千枝子ブックス 復刊プロジェクト
http://www.jca.apc.org/gendai_blog/dp/request

□「麦秋」デジタル修復版
https://www.shochiku-home-enta.com/c/yasujiro-ozu/SHBR0388

□銀座千疋屋 銀座本店
https://ginza-sembikiya.jp/takeout

□和光
https://www.wako.co.jp/
https://www.wako.co.jp/display/

□ミキモト
https://www.mikimoto.com/jp/

□資生堂パーラー
https://parlour.shiseido.co.jp/shoplist/ginzashop/

□塩川いづみ個展「Mythos」
http://shiokawaizumi.com/works/news/7964/

□月光荘
http://gekkoso.com/aboutus/

□月のはなれ
http://gekkoso.com/projects/salon/

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2019/12/16

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