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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第45回:ワイズベッカーつながり

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


残すところあとわずかになってしまったが、目黒の「GALLERY CLASKA」ではフィリップ・ワイズベッカーの作品展「in sight」が開催されている。
数年ごとにCLASKAでワイズベッカー展が行われるのは暗黙のルールのようになっているが、これはいつからだっただろう。

「PILIPPE WEISBECKER / in signt」ビジュアル
2021年 フィリップ・ワイズベッカー展「in sight」 画像提供:CLASKA

ワイズベッカーが日本のグラフィック・デザイン界の間で話題になったのは、2000年に銀座の「クリエイションギャラリーG8」で行われた日本での初個展「SIMPLY PUT」からで、それ以降彼のイラストレーションがサントリーの広告などでひときわ目を引くようになった。

https://bureaukida.com/weisbecker_expo_g8_simply-put/
https://sun-ad.co.jp/works/suntory/graphic/

「フィリップ・ワイズベッカー原画展 / SIMPLY PUT」ビジュアル
2000年フィリップ・ワイズベッカー原画展「SIMPLY PUT」 

2009年に行われたG8での2回目の個展「recollections」の年だったろうか、「CLASKA Gallery & Shop "DO"」のショッパーにワイズベッカーの描いた朱漆の椀や隅切膳が登場した時はもっと驚いた。
赤い持ち手もよく釣り合っている。
http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/g8_exh_200904/g8_exh_200904.html

「recollections」のビジュアルとCLASKAのショッパー
2009年 フィリップ・ワイズベッカー展「recollections」 
 写真(右)提供:CLASKA

「2009年、ドーの2号店となる渋谷パルコ店のオープンが決まり、オリジナルのショッピングバッグ(紙袋)をつくることになりました。袋のデザインを考えていた時『ワイズベッカーさんに何か描いてもらえたら』というアイデアが頭の中に突然舞い降りてきました。ただのファンだった私は、もし実現できたら死んでもいい、くらいの気持ちでいたら本当に実現してしまいました。あの時の興奮と嬉しさは今でも忘れられません。」
当時のことをDOディレクターの大熊健郎さんはこう書いている。

ワイズベッカーは料理家 長尾智子さんの本『あさ・ひる・ばん・茶』(文化出版局刊)に挿画を描き、その挿画展が2010年、渋谷パルコの地下1階にあった「CLASKA Gallery & Shop "DO" 渋谷店」(現在は閉店)で開催された。
この本のアートディレクターは、いち早くサントリーの「水を生きる」(2003年)という環境広告にワイズベッカーを起用した葛西薫だ。
立体的な表現や遠近法を用いないワイズベッカーの絵に慣れていた我々は、陰影のある鉛筆画に意表をつかれた。
まるで別の作家の作品のようだったが、魅力的な絵だ。

『あさ・ひる・ばん・茶』展ビジュアル
2010年 フィリップ・ワイズベッカー「あさ・ひる・ばん・茶」挿画展 画像提供:CLASKA

2011年に開催されたCLASKA初のフィリップ・ワイズベッカー展「Line Work」。余計なモノを削ぎ落とすかのように彼が引いた一筋の線は、対象の本質を浮き上がらせ、古いビルや乗り物、ブラシまでが不思議な存在感で迫ってくる。
当時「HOTEL CLASKA」(現在は閉館)の2階にあった自然光の入る天井の高いリノベ空間に、ワイズベッカーの絵がとてもよくマッチしていた覚えがある。

https://do.claska.com/exhibition_fair/2011/09/line_work.html

「PIILIPPE WEISBECKER / Line Work」ビジュアル
2011年 フィリップ・ワイズベッカー展 「Line Work」 画像提供:CLASKA
「PIILIPPE WEISBECKER / Line Work」会場風景
写真提供:CLASKA
「PIILIPPE WEISBECKER / Line Work」会場風景
写真提供:CLASKA
「PIILIPPE WEISBECKER / Line Work」会場風景
左)オープニング・レセプションでのジャスパー・モリソン、ワイズベッカー、葛西氏。右)葛西氏とのトークショー。 写真提供:CLASKA

「PHILIPPE WEISBECKER | Manufacturing展」はCLASKAでの2回目、2年ぶりの開催で、Structure(構造)と題された太いラインだけで描かれた建造物の骨組みや、厚紙でつくられた大小の立体の建物の作品が印象的だった。

https://do.claska.com/exhibition_fair/2013/11/philippe_weisbecker_manufacturing.html

「PHILIPPE WEISBECKER | Manufacturing」展
2013年 PHILIPPE WEISBECKER | Manufacturing 画像提供:CLASKA

3年後の2016年からは2年に一度の割合で 「EN NOIR ET BLANC ET EN COULEUR」展「PHILIPPE WEISBECKER WORKS IN PROGRESS」展が開催された。

「PHILIPPE WEISBECKER|EN NOIR ET BLANC ET EN COULEUR」展ビジュアル
2016年 PHILIPPE WEISBECKER EN NOIR ET BLANC ET EN COULEUR 写真提供:CLASKA
「PHILIPPE WEISBECKER|WORKS IN PROGRESS」展ビジュアル
2018年 PHILIPPE WEISBECKER WORKS IN PROGRESS 写真提供:CLASKA

そして今回5回目となるCLASKAでの展覧会はギャラリー移転後初となった。

TOKYO 2020 ポスター
TOKYO 2020 ポスター 画像提供:Bureau Kida
フィリップ・ワイズベッカー展「in sight」
フィリップ・ワイズベッカー展「in sight」
フィリップ・ワイズベッカー展「in sight」
フィリップ・ワイズベッカー展「in sight」
写真提供:CLASKA

「TOKYO 2020」のポスターやバックパックなど今日的なものより、やはり「Hilaturas VINAS(ヴィナス紡績工場)」が目を引く。

30年ほど前、ワイズベッカーがバルセロナの旧市街のガラクタ屋で見つけたという古い紡績工場のカタログ。買い求めて長い間コレクションの中に埋もれていたものだというが、 最近、カタログの写真に想を得て描いたという“ワイズベッカー版紡績工場カタログ”だ。
https://www.claskashop.com/?pid=163090195

その一冊を、表紙から見返しの雲のようなマーブルペーパーまで再現してまとめた作品集がつくられていた。

フィリップ・ワイズベッカー作品集「Hilaturas Vinas」
左)ワイズベッカーの作品「Hilaturas VUNAS」。写真提供:CLASKA 右)書籍化したフィリップ・ワイズベッカー 作品集 「Hilaturas VINAS」 写真:筆者提供

作品集を購入したついでにカウンターに置いてあった同時期に開催されている展覧会2枚のフライヤーをピックアップ。

一つは銀座の「ATELIER MUJI」のワイズベッカーの新作展で、もう一つは「ギンザ・グラフィック・ギャラリーggg」の葛西薫展「NOSTALGIA」だ。

無印良品 銀座の6階にある「ATELIER MUJI」は「HOTEL MUJI」とつながっていて、ギャラリーとライブラリー、そして10mもの楠のカウンターのあるBARもあって好きなスペースだ。

BARでは長尾智子さんのメニューが楽しめるので、バターに虎屋の餡を添えたワッフルを頼んだ。

ATELIER MUJIのワイズベッカーの新作展ビジュアル
フィリップ・ワイズベッカー 新作ペインティング展 画像提供:Bureau Kida
ATELIER MUJIのワイズベッカーの新作展
ワイズベッカーのアトリエにある家具のほとんどは自身による設計、製作、塗装されたものだという。 写真:筆者提供
本棚とワッフル
写真:筆者提供

そして最後はgggの葛西薫展へ。

gggの葛西薫展
写真:筆者提供

北京で撮られたコイルを大量に積載した巨大なトラクターの横長の写真。これは以前「グラフィック・トライアル2019」で見た作品だ。印刷物が完成した時の「興奮」をテーマに制作したとあって、「興奮」の2文字が左上に。 「印刷物には、まずは伝えたいものがある。その裏側にしっかりテクニックがあるからこそ、ちゃんと伝えることもできるように思う。この作品で伝えたいのは、僕の思い出である。エキサイトしたあの瞬間は皆さんに伝わるだろうか」と葛西氏がコメントしていた作品だ。
その写真に呼応するようにワイズベッカーの描いたトラクターの絵があった。「KASAI STEEL WORKS CORPORATION AND SONS」、架空の老舗会社「葛西製鉄所」というようなタイトルが付けられていて、ワイズベッカーと葛西氏のエスプリの交感を思わせるものだ。

gggの葛西薫展
「陽朔にて」静かな水面、中国の桂林・陽朔にある漓江あたりだろうか。 写真:筆者提供
gggの葛西薫展
北京の巨大トラクター。手前にあるワイズベッカーのトラクターの絵が共振している。 写真:筆者提供
gggの葛西薫展
「グラフィック・トライアル2019」で製作した「興奮」。 写真:筆者提供
gggの葛西薫展
写真:筆者提供
gggの葛西薫展
写真:筆者提供

地下には葛西氏による装丁の書籍の数々。どれも本当に美しい。

gggの葛西薫展
写真:筆者提供
gggの葛西薫展
五條瑛の「R/EVOLUTION」の装丁。1年に1冊づつ10年かけて10巻で完結する構想のミステリー。10 巻揃った時に背の絵がつながってアンリ・ルソーの「蛇使いの女」になる。 写真:筆者提供
gggの葛西薫展
夭逝した5人の詩人の詩を集めた本『妖精の詩』。薄い和紙に活版印刷、袋とじ。その英訳本『Whom the Gods Loved』は、折りごとに色を変えたり薄い紙にした大竹伸朗のペン画を生かしたもの。 写真:筆者提供

葛西氏のアートディレクションによるワイズベッカー作品集ももちろんある。
この作品集の中のインタビューで、ワイズベッカーは「イラストレーションの依頼は日本の仕事しか受けていない」と語っている。
「1枚の紙にオブジェを1つだけ描く」「人も風景も描かない」という彼のことをすぐに理解したのは葛西薫氏で、
前述のサントリーの新聞広告「水と生きる」ではミネラルウオーターなどのボトルを1本だけ描いたという。
最初のコラボレーションからお互いの理解がより深まっていったという。

gggの葛西薫展
2000年以降の作品700点をフルカラーで収録した集大成『フィリップ・ワイズベッカー 作品集』。アートディレクションは葛西薫。 写真:筆者提供

そして、イタリアのアーティスト ジャンルイジ・トッカフォンドの絵が縦横に羽ばたく「ユナイテッドアローズ」の映像もあった。

作曲は中川俊郎、作詞は一倉宏の「cocoloni utao ココロニウタヲ」(1998年)。このテレビCMは今でも最高にいい広告だと思う。
外国の人が丁寧に話すような少しおかしな日本語が心に染みる。

https://store.united-arrows.co.jp/shop/all/cocoloniutao/

YouTube > Kokoroni Utawo!(Steven & Donna)

10年前の3.11の震災時に「コノウタガ スコシデモ ココロノ ササエニ ナルコトヲ イノッテイマス イツデモ ケッシテ ヒトリデハ ナイデスカラ」の言葉が添えられてインターネットで流されたことも忘れられない。葛西の仕事は研ぎ澄まされたような美意識で構成されているが、冷やかでない。根底にあるのはユーモアやウイット、そのままの人間を肯定している姿勢があるからだ。

gggの葛西薫展
ユナイテッドアローズ創業10周年の企業広告TVCM。ネクタイをプロペラにして空を飛ぶ男性2人、踊りながら孔雀になる赤いドレスの女性を見ているとワクワクする。ミラノのジャンルイジ・トッカフォンドのアトリエをはじめて訪ねた時「人間は誰でも弱いもの、そして不格好で情けない、それが人間の魅力。動物だって同じ。」そんなことをやろうと盛り上がったと葛西氏は書いている(『図録 葛西薫 1968』2010年ADP刊 より)。写真:筆者提供

2階のライブラリーでは「Nissan CIMA」、「サントリーウーロン茶」、「ユナイテッドアローズ」などのCMフィルムも延々と50本近く上映されている。
全てを見終わって振り返ったら、ユナイテッドアローズ の当時の社長の姿があった。

gggの葛西薫展
左)2014年練馬区立美術館「あしたのジョー、の時代 展」のための作品を再構成したもの。右)手書きの丸が何になるか……。上左から「泣く男」「大目玉」下左から「風まかせ」「風小僧」。葛西薫のユーモアとペーソス。 写真:筆者提供
gggの葛西薫展
写真:筆者提供

あまり絵を飾るのは好きではないが『あさ・ひる・ばん・茶』挿画展の初日の朝一番に駆けつけて手に入れた、ボデガのグラスと白いリム皿の絵は別で、デスクに立てかけてある。
色もかたちも清潔で清々しい絵だといつも思う。

葛西薫について仲條正義がこう書いていたことを思い出した。
葛西氏が北海道で生まれたことに言及し「彼の眼底にはいまも北海道の白、或いは緑の原野が見える。彼の美意識の原点である。現在もそれに絶えず回帰し、自浄作用となって清潔である。」(『ggg Books35 葛西薫』 仲條正義 しなやかな葛西 より抜粋)
そうか、ワイズベッカーも葛西薫も「清潔」であることで繋がっているのではないだろうか、とふと思った。

ボデガのグラスと白いリム皿の絵
写真:筆者提供


<関連情報>

□フィリップ・ワイズベッカー作品展「in sight」

https://www.claska.com/gallery/philippe-weisbecker-in-sight/
営業時間:水曜~日曜 13:00~18:00/月・火曜定休
開催場所:GALLERY CLASKA
※土・日・祝日はご予約の方を優先に入れ替え制での開催とさせていただきます。

アクセス:JR線・東急線・東京メトロ「目黒」駅西口・正面口より徒歩6分。
詳細はGALLERY CLASKA Instagram @gallery_claska にてご確認ください。

□DO Original フィリップ・ワイズベッカー 作品集「Hilaturas VINAS」
https://www.claskashop.com/?pid=163090195

□葛西薫展 「NOSTALGIA」
2021年10月23日(土)まで開催中。
https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000779
開館時間:11:00am - 7:00pm
休館日:日曜・祝日
開催場所:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
入場無料

「葛西薫展 NOSTALGIA」 オンライントーク
日時:2021年9月30日(木)18:00〜19:30
出演:葛西薫+上田義彦(写真家)+皆川明(ファッションデザイナー)

配信時間となりましたら、こちらよりご参加ください。
https://youtu.be/VqHmgMJ_8EE

*予約不要、参加無料です。
*配信中、映像や音声が途切れたりする可能性がございます。あらかじめご了承くださいますようお願いいたします。
*会期中限定で録画配信も予定しています。詳細は近日中にギンザ・グラフィック・ギャラリーのオフィシャルHPにてお知らせがございます。

□Life in Art Gallery Shop
フィリップ・ワイズベッカー 新作ペインティング展


2021年11月7日(日)まで開催中。

https://atelier.muji.com/jp/exhibition/3794/
営業時間:11:00~20:00
開催場所:無印良品 銀座 6F ATELIER MUJI GINZA Gallery2
入場無料

□フィリップ・ワイズベッカー作品集(パイ・インターナショナル刊)
https://pie.co.jp/book/i/4981/

□『あさ・ひる・ばん・茶』(文化出版局刊)
https://www.amazon.co.jp/あさ・ひる・ばん・茶-長尾-智子/dp/4579304306


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2021/09/29

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