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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第25回:女王が好きなお菓子

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


ロンドンに行くと必ず足を運ぶミュージアムがいくつかある。
アートなら「Tate Modern(テート・モダン)」や「Tate Britain(テート・ブリテン)」、工芸やデザインなら「Victoria and Albert Museum(V&A)」と「the Design Museum(デザイン・ミュージアム)」、興味深い展示が多い「Barbican Centre(バービカン・センター)」、変わったところでは「Sir John Soane’s Museum(サー・ジョン・ソーン・ミュージアム)」だ。

「National Portrait Gallery(ナショナル・ポートレートギャラリー)」は観光客の多さにちょっと敬遠してしまいがちで、かなり以前に行って以来ご無沙汰だった。
そのナショナル・ポートレートギャラリーは今年2月から6月まで開催予定だったデヴィッド・ホックニーの「drawing from life展」とセシル・ビートン卿の「Bright Young Things展」を最後に、ロックダウンで3月17日から閉鎖されてしまった。
デヴィッド・ホックニー「drawing from life展」
セシル・ビートン卿「Bright Young Things展」

ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー外観 ©National Portrait Gallery, London

現在は、以前からの計画通り2023年春の開館に向けて改修と改造のため閉館中だ。ジェイミー・フォバート・アーキテクツによる設計で、新美術館として生まれ変わるそうだ。
jamie Fobert Architects > National Portrait Gallery

その間、21万点にもおよぶ膨大な所蔵品の一部はさまざまな美術館に貸し出されるという。
そのおかげなのか、今90点あまりの肖像画が来日している。上野の森美術館で開催中の「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―」展がそれだ。

テューダー朝からはじまってステュアート朝、ハノーヴァー朝、ヴィクトリア女王の時代、ウインザー朝まで、約5世紀にわたる英国王朝の君主たちの絵姿が一堂に会する展覧会だ。

各室にはその王朝ごとの家系図が掲げられているので、肖像画だけで英国史のおさらいができる。その上、西欧服装史や宝飾史などの書籍の図版でお馴染みの絵画の実物がずらりと並び、それと対面するというなんとも贅沢な体験も可能だ。

第一室 テューダー朝の部屋。右壁面の中央はエリザベス1世、その左は即位後9日で廃位させられ、その後エリザベスの腹違いの姉メアリー1世によって16歳で処刑されたレディ・ジェーン・グレイ。右はスコットランド女王 メアリー・ステュアート。

第一室はテューダー朝でヘンリー8世に翻弄された妃たちとその娘メアリー1世。彼女は300名ものプロテスタントを処刑したことで「ブラッディ・メアリー」の異名で知られている。
その異母妹エリザベス1世、彼女と王位を争ったスコットランドの女王メアリー・ステュアートなどの部屋。

ヘンリー8世の6人の妻の一人で2番目の妃であるアン・ブーリン。エリザベス1世の母。ヘンリー8世は最初の妃スペイン王家の王女キャサリン・オブ・アラゴンと離婚し、女官だったアン・ブーリンと結婚するためにローマ・カトリック教会に対抗する英国国教会の長となった。
《アン・ブーリン》 Anne Boleyn by Unidentified artist, Late 16th century(c.1533-36) ©National Portrait Gallery, London
スコットランド女王メアリー・ステュアート。ヘンリー7世の曾孫でエリザベス1世の従妹の子ども。ローマ・カトリック教徒でスコットランドとイングランドとの戦いの中心人物として反逆罪で処刑された。 写真:筆者提供(プレス内覧会にて撮影)
ナショナル・ポートレートギャラリーにはエリザベス1世の肖像画が数多く所蔵されている。これは1588年スペインの無敵艦隊を撃破した記念に描かれたもの。1559年の戴冠式時の25歳の女王を描いた「The Coronation portrait」はまだまだ初々しさがあってあどけない。https://www.npg.org.uk/collections/search/portrait/mw02070/Queen-Elizabeth-I


《エリザベス1世(アルマダの肖像画)》 Queen Elizabeth I (‘The Armada Portrait’) by Unidentified artist (c.1588) ©National Portrait Gallery, London
テューダー朝 系図(1485-1603)

次室のスチュアート朝はヴァージン・クイーンとして君臨したエリザベス1世によって刑死したメアリー・ステュアートの遺児・スコットランド王ジェームズからはじまる王朝だ。
ここにお目当てのアンリエッタ・マリアの肖像画を見つけた。
彼女の夫であるチャールズ1世、そして子どもたちの美形なこと。

第二室のステュアート朝の部屋。
チャールズ1世の妃アンリエッタ・マリア。エリザベス1世の後継者はメアリー・ステュワートの遺児でスコットランド、アイルランド、イングランドをはじめてまとめて統治したイングランド王ジェームズ1世=スコットランド王ジェームズ6世だ。その息子チャールズ1世の妻がフランス王アンリ4世とマリー・ド・メディシスの末娘アンリエッタ・マリアだ。彼女は熱心なカトリック信者だったので英国国教会での戴冠を拒否、終生英国に馴染むことはなかった。チャールズ1世は左耳だけに真珠のイヤリングをつけていることで有名。https://www.npg.org.uk/collections/search/portrait/mw01223/King-Charles-I
彼は議会を解散、王党派を率いクロムウエルの議会派に敗れ裁判の末処刑されたが、その時もイヤリングを身につけていたという。 写真:筆者提供(プレス内覧会にて撮影)
チャールズ1世。 写真:筆者提供(プレス内覧会にて撮影)
赤い服の少年が将来のチャールズ2世。1651年のウスターの戦いでクロムウエル軍に敗北して以来母の母国フランスへ亡命、1660年に王位継承のためイングランドに帰還した。
《チャールズ1世の5人の子どもたち》 Five Children of King Charles I by Unidentified artist, after Sir Anthony van Dyck, 17th century(1637) ©National Portrait Gallery,London

そしてハノーヴァー朝と続き、ようやくヴィクトリア女王統治の治世へ。
ここからは写真が多くなる。
ヴィクトリア女王の在位は63年にも及び、産業革命による経済の発展で大英帝国の絶頂期を誇った時代だ。
そして18歳で戴冠した若き女王の人気も高く、ファッションや宝飾の流行にさまざまな影響を及ぼした。
この時代に生まれた様式の建築や家具など、装飾過多でセンチメンタルなヴィクトリアン・スタイルは一世を風靡した。

ヴィクトリア女王の時代の展示室。中央の大理石像のオリジナルは女王結婚の前年の作なので、おそらく19歳か20歳頃のヴィクトリア。
80歳頃の女王。ブルーのガーター勲章の肩帯を身につけている。この後81歳で崩御、63年の在位はそれまでの英国君主の中で最長だった。
《ヴィクトリア女王》 Queen Victoria by Bertha Müller, after Heinrich von Angeli, 1900(1899) ©National Portrait Gallery, London

我々がこの女王のことをよく知っているのはジュディ・デンチが演じた晩年の女王や、エミリー・ブラントが扮した若き日の女王を数々の映画で見ているからかもしれない。

数年前も『ヴィクトリア女王 最期の秘密』(Victoria & Abdul2017)という、女王の晩年に召抱えたインド人の従者アブドゥル・カリームとの心の交流を描いた映画が公開された。
YouTube > 『ヴィクトリア女王 最期の秘密』予告編

『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(The Young Victoria2009)は、伯父である老王ウイリアム4世の王位継承者となった10代のヴィクトリアと夫となるアルバートとの物語。
YouTube > 『ヴィクトリア女王 世紀の愛 』予告編

『クイーン・ヴィクトリア 至上の恋』(Mrs Brown1997)。この映画の核となるのは女王と従者ジョン・ブラウンとの関係だが、展覧会場には1868年に撮影された二人の小さな写真もあった。
YouTube > Mrs Brown Original Trailer

邦題は「至上」や「世紀」、「最期の」と仰々しいサブタイトルが付くが、原題のあっさりさ加減がおかしい。

さて、展示の最後はウィンザー朝でヴィクトリア女王の孫ジョージ5世からはじまる20世紀だ。
エリザベス2世とその一家のポートレイトがほとんどだが、私の目を引いたのは「王冠をかけた恋」のために王位を捨てたエドワー8世=ウインザー公とその妻・ウォリスの写真や肖像画だ。

「ウォリス」1939年 ジェラード・レズリー・ブロクハースト画 写真:筆者提供(プレス内覧会にて撮影)

ウォリス・シンプソン夫人のこの肖像画はアナ・ウインターの著書『The WINDSOR Style』(1987)ではじめて知ったもので、王室や国民から猛反対された結婚の2年後1939年にジェラード・レズリー・ブロクハーストによって描かれた当時43歳の肖像画だ。
結婚式のドレスも手掛けたメインボッチャーがデザインした 「ウォリス・ブルー」と名付けられた青のドレスに、ヴァン クリーフ&アーペル制作のサファイアとルビーの大きなブーケのブローチをつけている。

『The WINDSOR Style』に掲載された肖像画。ヴィラ・ウィンザーの室内に掲げられた写真も。 写真:筆者提供
『Property from the collection of the Duke & Duchess of Windsor Sotheby’s auction』。家具調度、絵画、宝石、ワードローブなどウィンザー公夫妻の所持していたものが網羅されたオークションのカタログ。パブリック・コレクションとプライベートコレクション、オークションのためのインフォメーションと3冊組で1セット。 写真:筆者提供

二人の終の住処となったパリ・ブローニュの森近くにあった「ヴィラ・ウインザー」と呼ばれた館にある小さなサロンのライブラリーの暖炉の上に掲げられていた絵画だ。本が出版された時の持ち主はモハメド・アル・ファイドになっている。

ウインザー公夫人が1986年に死去した後、夫妻の邸宅とその中の調度品を含めた遺品すべてを手にしたエジプト人実業家モハメド・アル・ファイドは、この館を息子とダイアナ妃の住まいにする計画があったらしい。しかし1997年にこれらの品々すべてをオークション会社サザビーズに委託し、競売にかけている。
9日間かけて開催されたウインザー公夫妻のコレクションのオークションのカタログにもこの絵は掲載されていたので、きっとその時からナショナル・ポートレートギャラリー所蔵になったのだろう。

退位したウインザー公エドワード8世の代わりに王位についたのが、その弟で映画『英国王のスピーチ』(2010)ですっかりおなじみになったジョージ6世、エリザベス2世の父だ。
一家でアフタヌン・ティーを楽しむ様子が描かれた絵画も、会場には掲げられていた。

映画『英国王のスピーチ』 公式サイト
「ロイヤル・ウィンザー・ロッジでの王室の人々」1959年 ジェームズ・ガン画。 写真:筆者提供(プレス内覧会にて撮影)
エリザベス2世の手彩色の写真。右は2007年撮影のクリス・レヴァインの作品「エリザベス2世<存在の軽さ>」。ダイヤモンドのディアデム(王冠)はジョージ4世のためにつくられ、ヴィクトリア女王もお気に入りだったもの。ダイヤで飾られたクロスとスコットランドの国章アザミ、アイルランドのシャムロック(シロツメクサ)そしてイングランドの薔薇が配されている。
George IV State Diadem:https://royalwatcherblog.com/2019/05/15/george-iv-state-diadem/


左)《エリザベス2世》 Queen Elizabeth II by Dorothy Wilding, hand-coloured by Beatrice Johnson (1952)©William Hustler and Georgina Hustler / National Portrait Gallery, London 右)写真:筆者提供(プレス内覧会にて撮影)

英国には国王や女王に因んださまざまな飲み物やお菓子があるが、カクテル「ブラッディ・メアリー(血まみれメアリー)」やヘンリー8世がレシピを門外不出にしたという「メイズ・オブ・オナー」の逸話には、美味しい不味いは別として少々殺伐とした気分にさせられる。
けれど、ジョン・ブラウンと一緒に女王が愛飲したといわれる赤ワインとスコッチウイスキーのカクテル「クイーン・ヴィクトリアズ・ティップル(女王のちょっと一杯)」とか、「ヴィクトリア・サンドイッチ・ケーキ」は庶民的で好感が持てる。
このお菓子は女王が好きだったという英国を代表するクラシックなケーキで、2枚のスポンジを焼き、その間にジャムやクリームを挟んで、グラニュー糖を振りかけるというシンプルなもの。

「ヴィクトリア・サンドイッチ・ケーキ」の意味を知ったのは、料理研究家で英国骨董のお店のオーナーだった故・大原照子さんの著書『私の英国菓子』(1985/柴田書店刊)の紹介文を読んでからだ。

曰く、「ヴィクトリア・サンドイッチ・ケーキは、味覚の点でも、そのつくり方から見ても代表的な英国のケーキなのです」。続けて「2枚の浅いケーキ型で焼くので初心者でも失敗が少ないのです」。その上「ベーキングパウダーを加えることで特別な腕がなくてもふっくらと焼き上がります」とあった。
”初心者でも” ”失敗が少ない” ”特別な腕がなくても”。これは最高に人を鼓舞する言葉だ。

フランス菓子のパティシエの焼くスポンジ生地は泡立てた卵白が必須だが、この焼き菓子はベーキングパウダーを使えばふっくらと焼き上がる。
スコーンもウエルシュケーキもベーキングパウダーがあってこそ。
ヴィクトリア女王の時代にべーキングパウダーの特許が申請され生産が進み広く使われだしたそうなので、英国人が手軽にティータイムが楽しめるのはこの魔法の粉のおかげかもしれないと妙に納得した覚えがある。

数年前、美味しいヴィクトリア・サンドイッチ・ケーキ(ヴィクトリア スポンジ ケーキともいう)が食べられるお店を西荻窪で発見した。
「Kies」という店で、若い女性のオーナー堀友美さんが一人でせっせとお菓子を焼いている。
クッキーはガラスの瓶に入り、1枚から購入可能、ケーキドームやケーキスタンドがなんとも英国の風情だ。
季節ごとに少しづつサンドするジャムやクリームが変化して、秋の気配がする頃にはバター・クリームを挟んだヴィクトリア スポンジ ケーキが登場する。

Kiesの店内。クッキーの入ったガラス瓶がずらりと並び、ケーキドームの中にさまざまな焼き菓子が用意されたカウンター。 写真提供:Kies
Kies のビクトリア スポンジ ケーキ。バタークリーム&ラズベリージャム。 写真提供:Kies
ビクトリア スポンジ ケーキいろいろ。左から3層のラズベリージャムサンド、ココナツ入り生地にレモンカードとバタークリーム、アプリコットジャムとバタークリーム+スポンジはアーモンドパウダーを加えてリッチに。 写真提供:Kies
ビクトリア スポンジのクリーム ケーキ。左からヘーゼルナッツ風味のスポンジ+ラズベリージャム+チョコレート味のバタークリーム(お酒入り)、桜&ホワイトチョコ、プラリネ味のバタークリームとガナッシュ。 写真提供:Kies

これらの魅力的なケーキと紅茶で深まる秋の午後のひとときを過ごすのが最高だ。が、それが無理だったら、最近出版された英国菓子の教室の主催者ステイシー・ウォードさんのレシピブック『モーニングトン・クレセント東京の英国菓子』を見ながらつくるのもおすすめ。


<関連情報>

□「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―」展
【会場】上野の森美術館 住所:東京都台東区上野公園1-2
【会期】2020年10月10日(土)~2021年1月11日(月・祝) 会期中無休
【開館時間】10:00~17:00 金曜は20:00まで。※1月1日(金・祝)は17:00まで ※最終入館は閉館の30分前まで
【問い合わせ】03-5777-8600(ハローダイヤル) https://www.kingandqueen.jp

□「The WINDSOR Style」
Amazon > The Windsor Style

□「Property from the collection of the Duke & Duchess of Windsor  Sotheby’s auction」
Amazon > Property from the collection of the Duke & Duchess of Windsor

□『私の英国菓子』(柴田書店 刊)
Amazon > 私の英国菓子

□Kies
https://www.heyheykies.com

□モーニングトン・クレセント東京
http://mornington-crescent.co.jp

□『モーニングトン・クレセント東京の英国菓子』(PARCO出版 刊)
http://mornington-crescent.co.jp/book.html

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2020/11/17

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