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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第23回:ワイズベッカーとノコギリ

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


東陽町は何年か前まで私にはまったく縁のないエリアだった。
年に数回行くようになったのは、そこに竹中工務店の財団が運営する「ギャラリーA4(エークワッド)」という「建築」を中心にした優れた企画の展覧会が行われるギャラリーがあるからだ。

このギャラリーの活動目的は「建築文化の発信」で、文化、歴史、環境、教育などさまざまな現代社会を取り巻くAtomosphere(周辺の事象)への思いを「建築」を中心に構築した企画として建築を専門とする人はもとより一般の人へ解りやすく伝えることだという。
この数年でも、中村好文と職人たちとの「建築家×家具職人 コラボレーション展」(2016~2017年)、「マリメッコの暮らしぶり展」(2017年)、「ヴァージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』展」(2017年)、「イームズ・ハウス:より良い暮らしを実現するデザイン展」(2019年)、「AINO AND ALVAR AALTO Shared Visions  アイノとアルヴァ 二人のアアルト 建築・デザイン・生活革命展」(2019年~2020年)、最近では「マギーズセンターの建築と庭展」(2020年)など印象に残る展示が多かった。

建設会社の財団だけあって展示会場には部屋が構築されていることもあり、マリメッコの展示では特製の茶室の中での茶会も開かれたし、マギーズセンターの展示ではリチャード・ロジャース率いるRogers Stirk Harbour+partners 設計のウエストロンドンにあるマギーズの建築とダン・ピアソンのデザインした庭園の一部が再現されていた。
子どもたちがその中で愉しんでいる光景を目の当たりにすると、このギャラリーの姿勢に感服せざるを得ない。

中村好文×横山浩司・奥田忠彦・金澤知之「建築家×家具職人 コラボレーション展」
中村好文×横山浩司・奥田忠彦・金澤知之「建築家×家具職人 コラボレーション展」(2016~2017年)
建築家 中村好人と30年以上にわたって協働してきた3人の家具職人たちとの家具を一堂に会した展覧会。椅子はもとより、居間のソファ、寝室のベッド、台所の家具など、住まいの気配を感じるように展示されていた。 写真提供:ギャラリーエークワッド 撮影:光齋昇馬
マリメッコの暮らしぶり展
「マリメッコの暮らしぶり展」(2017年)
マリメッコの歴史にはマリサウナという名称の既製品としてサウナがデザインされたことがあったという。茶の湯の世界にもある「淋汗茶の湯」という、客人に蒸し風呂で汗を流してもらった後に茶を勧める、という趣向があったということを踏まえて、4畳半のサウナと茶室を対極に置いた構成の会場。茶室ではマリメッコ茶席体験ができた。 写真提供:ギャラリーエークワッド 撮影:光齋昇馬
ヴァージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」展
「ヴァージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』展」 
絵本作家としてのリー・バートンだけでなく、彼女が主宰したデザインスタジオ「フォリー・コープ・デザイナーズ」の活動もきめ細かく展示された。 写真提供:ギャラリーエークワッド 撮影:光齋昇馬
イームズ・ハウス:より良い暮らしを実現するデザイン展
「イームズ・ハウス:より良い暮らしを実現するデザイン展」(2019年)
チャールズ・イームズとレイ・イームズ夫妻が南カリフォルニアのパシフィックパリセーズに建設した住宅兼スタジオ「イームズハウス」(1949年)は、2014年に第一ステージが完了した大規模修繕の過程も詳かになった。 写真提供:ギャラリーエークワッド 撮影:光齋昇馬
AINO AND ALVAR AALTO Shared Visions アイノとアルヴァ 二人のアアルト 建築・デザイン・生活革命展
「AINO AND ALVAR AALTO Shared Visions アイノとアルヴァ 二人のアアルト 建築・デザイン・生活革命展」(2019年~2020年)
対等のパートナーとして価値観を共有していたアアルト夫妻。1930年代前半の社会情勢を反映した二人の提案、実験に着目した展示を第一章として展示。2020年春に、神戸の「竹中大工道具館」に巡回し、第2章としてアアルトの家具と木工技術に着目した企画展を開催。2021年には世田谷美術館、兵庫県立美術館に巡回予定。パートナー関係がはじまってアイノが亡くなる1949年までの25年間を10の章立てで俯瞰する企画。 写真提供:ギャラリーエークワッド 撮影:光齋昇馬
「AINO AND ALVAR AALTO Shared Visions アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド─建築・デザインの神話」が開催予定
https://www.aino-alvar.com
マギーズセンターの建築と庭展
「マギーズセンターの建築と庭展」(2020年)
2015年にも開催したマギーズキャンサーケアリングセンター(マギーズセンター)展の第二回目の展示。マギーズセンターは1995年にがんで逝去したマギー・ジェンクスの願いで実現したがん患者とその家族、友人のための無料相談支援の場。造園家であった彼女は、建築と環境が人の心に深い影響を与えると信じ、建築とランドスケープの一体的な環境の創出を重視したコンセプトを考えた。フランク・ゲーリー、ザハ・ハディット、レム・クールハースなどが設計に、庭園デザインはチャールズ・ジェンクス、ダン・ピアソンなどが関わっている。  写真提供:ギャラリーエークワッド 撮影:光齋昇馬 https://www.maggies.org アイデンティティ・デザインはマリナ・ウイラー。 https://www.pentagram.com/work/maggies/story

10月2日からギャラリーA4で「フィリップ・ワイズベッカーが見た日本─大工道具、建物、日常品 展」がはじまった。
ワイズベッカーは独自の視線であらゆるものから「美しさ」を見つけ出し、定規で引いたミニマルな鉛筆の線によって不思議なパースペクティブを生み出し「美しさ」を構成し直す作家だ。
時を経た建物や、工夫から生み出された道具や機械、日常にある使い込まれたもの……。彼の興味はその構造や仕組みにまで踏み込んでいく。
描かれたものは古いものが多いが、これは過去への憧憬とはまったく異なるものだ。

今回の展示テーマは「Inside Japan」で、ワイズベッカーの見た「日本と日本人の暮らし」。日本の日常の中に何気なくあるものの魅力を彼独特の感性と手法で表現したものだ。

構成は「大工道具」「木材」「畳」「たてもの」「トラック」「柵」「看板」「日常品」などに分類され、彼のアトリエ内の写真と、筆記用具やコレクションの一部、スクラップブック、そして13分に編集されたアトリエでのインタビューフィルムも上映されている。
彼の作品展は度々見たことがあるが、今回は彼自身の身の回りや製作に至るまでをフォーカスしたはじめての展覧会ではないかと思う。

大工道具の新作が展覧会のメインビジュアルになっているのにはこんな経緯がある。
竹中工務店は消えてゆく大工道具を民族遺産として収集・保存し、研究・展示を通じて後世に伝える目的で、1984年に日本で唯一の大工道具の博物館「竹中大工道具館」を設立した。

竹中大工道具館
2014年秋に開館した竹中大工道具館の外観。北に六甲山の山並みを望み、南の海側には枯山水の日本庭園が配されて、まるで森に包まれたような環境にある。
写真提供:竹中大工道具館
竹中大工道具館
1階ロビーの天井は天然の無垢材で組まれた伝特の木組み技の船底天井。
写真提供:竹中大工道具館
竹中大工道具館の地下一階の「道具と手仕事」コーナー
地下一階の「道具と手仕事」コーナー。 写真提供:竹中大工道具館
竹中大工道具館のチケットと館内案内パンフレット
チケットと館内案内パンフレット。 写真提供:竹中大工道具館

その創立30周年を記念して2014年に新神戸駅近くに移転。その時に館のシンボル・ビジュアルをワイズベッカーに依頼したそうだ。
展示会場に飾られている最初の4点 曲尺、墨壺、鋸、鉋の絵がそれだ。

フィリップ・ワイズベッカーの作品
写真:筆者提供

木材を描いた斬新な新作もある。

フィリップ・ワイズベッカーの作品
写真:筆者提供
フィリップ・ワイズベッカーの作品
杢目 シリーズ。 写真:筆者提供

そしてそれに続く「大工道具」の大作はこの展覧会のために今までにない手法を用いていて圧巻だ。

フィリップ・ワイズベッカーの作品
WOOD CHISELS(2020) ©Toshiaki Miyamoto
フィリップ・ワイズベッカーの作品
TWO SAWS(2020)  ©Toshiaki Miyamoto

この「畳」シリーズは以前、CLASKAでの展示でも見たことがあるが、ワイズベッカーによると浮世絵に描かれた建築から人物を排除して生まれた絵だという。絵巻物などによく見られる吹抜屋台と呼ばれる技法も彼が描くと遠近法を用いないアクソメ図のように見える。

フィリップ・ワイズベッカーの作品
写真:筆者提供

宮大工が日本古来の大工仕事でつくり上げた社、明治期に建てられた西洋建築を真似た煉瓦作りの洋館、それに加えて目黒通りの倉庫と思わしき「たてもの」もあった。神社の拝殿傍の授与所(売店)も、寺社建築を真似たトイレまで描いているところがワイズベッカーのワイズベッカーたる所以だ。

フィリップ・ワイズベッカーの作品
左から大阪・西天満の大江ビル、中央は京都・蹴上インクライン、右は目黒の倉庫。 写真:筆者提供
フィリップ・ワイズベッカーの作品
MEGURO-KU(2020) ©Toshiaki Miyamoto

彼は、はじめて日本で電車に乗り京都から大阪に向かう車窓から見える家並みを眺め続けていた時のことをこう書いている。京都でいくつかの美しい寺を訪れた後のことだ。

「ずっと続くちぐはぐに並んだ住宅、街頭で複雑に絡み合う網目状の電線、屋上のいびつな給水塔など、通り過ぎる風景にぎょっとしていた。
その数日後、自分が目にした光景を友人に伝え、日本の見事な伝統建築が、これほどまでの構造的カオスと共存できていることに、どれほど驚いたかを話した。すると返ってきた答えは……『日本人は文脈にはこだわらず、美にだけ目を向けるんだよ』。日本の地に足を踏み入れたとたん恋に落ちてしまった理由を、そのとき一瞬にして悟った。」(展覧会 メッセージより)

すでに評価されている美と同等に、ささいなものや平凡なものの中にも美を感じる彼にとって、日本はその両方を提起してくる不思議なところなのだ。
彼の手にかかると、見慣れたはずのとるに足らないようなものが、見たこともない斬新なかたちとなって迫ってくる。

フィルム「ワイズベッカー のアトリエ PHILIPPE WEISBECKER AT HIS WORKSPACE IN PARIS」
フィルム「ワイズベッカー のアトリエ PHILIPPE WEISBECKER AT HIS WORKSPACE IN PARIS」(2020年)
企画:公益財団法人 竹中大工道具館/撮影・編集:宮本敏明/取材・和訳 貴田奈津子
https://www.youtube.com/watch?v=Pp2wKj6ISM4&feature=youtu.be

ワイズベッカー のアトリエ
英国商人が使っていた57の引き出しのある大きな古いキャビネットの中の収集物の写真。上段左からテープ/蝋でかたどった体の部位の奉納物votive/古いステッカー、ラベル、インク瓶など多数の事務用品。
中段左から輪ゴムやペーパークリップなどの留め具類/クレヨン、消しゴム、鉛筆/台紙に縫い付けられたボタン、かぎ針編みの見本帳など。
下段左から ヴィンテージのノートなど/色々な小さな切り抜きを分類/さまざまなサイズのハトメ、びょうや留め具。 写真:筆者提供
ワイズベッカー のアトリエから運ばれて展示されている文房具など

そしてこの展覧会でのもう一つの大きな収穫は、彼のアトリエの全貌を知ることができる仕掛けがあることだった。
実物大に引き伸ばされたアトリエの室内や、引き出しの中の写真。アトリエから運ばれて展示されている文房具などもある立体的な展示だ。

昨年引っ越したばかりのパリのアトリエ内を彼が案内してくれる映像は、何度何度も繰り返して見入ってしまった。
「紙」「鉛筆」「テープ」「定規」工具や自作の家具、その棚に収められたコレクションなどを一つひとつ丁寧に説明しながら見せてくれる。
ここで和紙に描くことやノコギリについて話す彼の言葉が印象的だった。
和紙や日本の紙が納められた引き出しを開けて、
「私の紙に対する愛を知った日本の友人たちが贈ってくれた日本の紙はあまりにも素晴らしくて美しいので、なかなか使い出せなかった。和紙は描いては消す私の手法に向いていなかったからです。けれど、気に入らない部分は切り取りそこに新しく紙を貼り付ければ新たに絵を完成できる。そこに興味深いアッサンブラージュが生まれるのです。」

壁にかけられた使い慣れたノコギリの前では
「日本のノコギリを使い出して知ったのですが、欧米では押すけれど、日本では引いて切るという違いがあります。私にとっては引くほうがずっと使いやすく、簡単にスパッと繊細な切り口にできるのです。」

彼は日本の友人から贈られた和紙に描くことによって日本の紙を理解し、日本のノコギリを使うことによって、道具を通じて日本の職人が感じる手応えを追体験する。

異文化に素直に向き合うための真っ直ぐな姿勢を見せつけられたような気持ちになる展示だった。
それにしても、彼の周囲に思慮深い日本の友人たちがいることは新しい作品を待ち望む我々にとってなんと幸運なことだろう。


<関連情報>

□「フィリップ・ワイズベッカーが見た日本 大工道具、たてもの、日常品」
「ギャラリーA4」にて2020年11月20日まで開催中。
住所:東京都江東区新砂1-1-1 竹中工務店東京本店1F
開館時間:平日10時~18時(土曜・最終日は17時まで)
休館日:日・祝休館、10月10日(土)、10月24日(土)、11月7日(土)
http://www.a-quad.jp/exhibition/exhibition.html

□ギャラリーA4
http://www.a-quad.jp

・中村好文×横山浩司・奥田忠彦・金澤知之「建築家×家具職人 コラボレーション展」(2016~2017年)
http://www.a-quad.jp/exhibition/081/p01.html

・「マリメッコの暮らしぶり展」(2017年)
http://www.a-quad.jp/exhibition/087/p01.html

・「ヴァージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』展」(2017年)
http://www.a-quad.jp/exhibition/083/p01.html

・「イームズ・ハウス:より良い暮らしを実現するデザイン展」(2019年)
http://www.a-quad.jp/exhibition/095/p01.html

・「AINO AND ALVAR AALTO Shared Visions アイノとアルヴァ 二人のアアルト 建築・デザイン・生活革命展」(2019年~2020年)」
http://www.a-quad.jp/exhibition/100/p01.html
「AINO AND ALVAR AALTO Shared Visions アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド─建築・デザインの神話」(開催予定)
https://www.aino-alvar.com

・「マギーズセンターの建築と庭展」(2020年)
http://www.a-quad.jp/exhibition/101/p01.html

□竹中大工道具館
https://www.dougukan.jp

□フィリップ・ワイズベッカー書籍

・『フィリップ・ワイズベッカー作品集』(PIE international 刊)
https://pie.co.jp/book/i/4981/

『フィリップ・ワイズベッカー作品集』

・『WAGON』(FOTOKINO刊)
・『JOYO OH』(FOTOKINO刊)
・『HAND TOOLS』(888ブックス 刊)
・『INTIMACY』(ハモニカブックス 刊)
・『MARC’S CAMERAS』(ハモニカブックス 刊)
・『ACCESSOORES』(ハモニカブックス 刊)
https://888books.shop/?category_id=5e8fe7ca2a9a420c441a1a7f

・『Structure Series』(Nieves刊)

・『Adirondacks』 Nieves刊
https://utrecht.jp/collections/all/products/adirondacks-philippe-weisbecker

・『ワイズベッカー の日本郷土玩具十二支めぐり』(青幻舎刊)
http://www.seigensha.com/newbook/2018/10/11131625

『ワイズベッカー の日本郷土玩具十二支めぐり』

・『あさ・ひる・ばん・茶』 長尾智子著 フィリップ・ワイズベッカー挿画(文化出版局 刊)
料理研究家の長尾智子さんが撮りためた写真をもとに、フィリップ・ワイズベッカーが描いた20数点の絵が挿入されている。細かく丁寧に色鉛筆で描き込まれたワイズベッカーにしては珍しい写実的画風。かつてプッシュピン・スタジオのビジュアルワークに魅せられたということがうなずける。
https://bureaukida.com/あさ・ひる・ばん・茶/

『あさ・ひる・ばん・茶』

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2020/10/15

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