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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第15回:オラファー・エリアソンの太陽

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


美術館が再開しはじめた。

この数ヶ月の間に中止を余儀なくされた展覧会もあるし、観客の目に触れる事なく終了し幻の展覧会となってしまったものもある。
いつもなら「日曜美術館」で紹介される前に行かなければと焦るところだが、今回は幻の展覧会を放送で見られたことはありがたかった。

会期が延長され幸運なことに開催されることになった展覧会の中に東京都現代美術館で6月9日から開かれている「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」と「もつれるものたち」展がある。
期待していた展覧会だっただけに、本当に嬉しい知らせだった。

日本で最後にオラファー・エリアソンの大規模展が行われたのは「金沢21世紀美術館」での「あなたが出会うとき」だったから、10年も前のことだ。この時から常設設置されたのが「カラー・アクティビティ・ハウス(2010)」。これは作者の名を知らなくても多くの人に馴染み深い作品に違いない。

今年の1月までロンドンの「テート・モダン」ではエリアソンの展覧会「In Real Life」が半年間にわたって開かれていた。
テート・モダンとエリアソンといえば、彼が世界から「光の作家」として注目される引き金になった伝説の展示のことを忘れてはならない。2003年のテート・モダンの大エントランス タービン・ホールで繰り広げられた「The Wether Project(2003)」だ。

展示は秋から春分頃にかけて行われ、この時期太陽と縁の無い陰鬱な空模様の下で暮らすロンドンの人々にとって、巨大な空間に出現した「人工の太陽」の輝きはどのように映っただろう。多くの人は笑顔になり、彼らはまるで日光浴をするように思い思いの姿勢でタービン・ホールの床に寝そべったりしたという。

https://vimeo.com/12671888

https://olafureliasson.net/archive/exhibition/EXH101069/the-weather-project#slideshow

https://www.youtube.com/watch?v=kjrKYEEYhTQ

テート・モダンは元発電所で、2000年にヘルツォーグ&ド・ムーロンの案による改造でミュージアムとしてオープンした所だ。タービン・ホールは大型発電機が置かれていた場所で、7階分の高さの吹き抜けのある巨大スペース。エリアソンはこの大空間の天井に鏡を貼って2倍もの高さに拡張し、その特徴を遺憾無く生かし切ったartは、言葉も説明も必要とせず、訪れる人々の心を包み込んだのだ。

このスペースでの展示で実際に目にして驚愕したものに、アイ・ウエイウエイの「Sunflower Seeds(2010)」がある。精巧につくられた陶製の1億個以上のひまわりの種が1000㎡の床一面に敷き詰められ、展示がはじまった当初はザクザクとその上を歩いたり、“つくられた種”を手に取ることもできた。

「Sunflower Seeds(2010)」。 漢の時代に官窯が置かれて以来陶磁器の生産地としての歴史を築いてきた景徳鎮。陶土のための石の採掘から絵付けまで、江西省景徳市の小さな工房で人の手によって陶製のこの「ひまわりの種」はつくられた。その過程を修めたフィルムも上映されていた。 写真:筆者提供

https://www.youtube.com/watch?v=PueYywpkJW8
https://www.youtube.com/watch?v=m7UcuYiaDJ0

テート・モダンでの「In Real Life」展は新館である通称“スイッチハウス”で開催され、彼のレトロスペクティブともいえるような1990年代の作品から最新作、そして屋外には滝も設置された。

「In Real Life」展のフロアマップ、大小40以上の作品が展示された。 写真:筆者提供
「Moss wall(1994)」。北欧の苔を20mあまりの壁面に張り巡らした作品。 写真:筆者提供
「waterfall(2019)」。美術館の屋外に設置された滝。2008年パブリックアートとしてニューヨークのハドソン川で、2016年にはヴェルサイユでも構築された。 写真:筆者提供

ベルリンのエリアソンのスタジオのキッチンの料理がテラス・バーで食べられるという盛り沢山な内容だった。昨年の10月に行った時は、驚くほどの人で溢れていた。

テート・モダンのテラス・バーでは、スタジオ・オラファー・エリアソンのキッチンのメニューが供された。スモークドリークとポテトのスープはたっぷりとした量。けれど、岩間朝子さんのスープに比べると大味。 写真:筆者提供

最も衝撃を受けたのは「Your blind passengers (2010)」で、狭い扉を開けて中に入ると中は通路になっていて、視界は黄色い光と立ち込めた霧に覆われ一瞬にして空間認識ができなくなる。唯一ほのかに見える前を行く人の影だけで距離感を取り戻す。

「Your blind passengers (2010)」。 写真:筆者提供

見えないことで視覚以外の感覚を総動員して延々と続く、多分40〜50mの通路をひたすら出口を求めて歩いていく。ミランダ・ジュライの「廊下(2008)」も、これくらいの狭い通路と距離を歩き、何十枚ものパネルに書かれたテキストを読み続ける作品だったことが頭をよぎった。artはさまざまな感覚や価値が揺らぐ稀有な体験をさせてくれる。

東京都現代美術館での展示は、テート・モダンでも見た息を呑むほど美しい「ビューティー(1993)」や、スタジオでの日々のリサーチや実験、研究の試行錯誤を展示した「Modelroom(2003)」に通じる「サステナビリティの研究室」、20年間の氷河の後退を記録した「溶ける氷河シリーズ1999/2019(2019)」もある。
そしてエリアソンの作品としてよく知られている、壁に向かって投影されている光を横切ることによって鑑賞者の影が数色になって現れる作品「あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること(2020)」など、子どもも参加できる仕掛けがいろいろあり、親切な構成になっている。

オラファー・エリアソン《あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること》2020年
「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫
Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson
リトルサンを手に体験者が自由に光で絵を描くことができる作品。
オラファー・エリアソン《サンライト・グラフィティ》2012年
「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫
Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2012 Olafur Eliasson
エリアソンは初期からアイスランドの自然を記録し続けてきた。20年間の間に氷河がどれだけ後退したかが歴然となる作品。
オラファー・エリアソン《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》2019年
「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫
Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2019 Olafur Eliasson
オラファー・エリアソン《ビューティー》1993年
「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫
Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 1993 Olafur Eliasson

そして同時開催の「もつれるものたち」展ははじめて知る作家たちも多く、そのさまざまなアプローチは興味深いものばかりだった。

エリアソン同様に彼らも世界に向けた視点をartとして表現。現代が抱える問題を一つの「もの」の存在を突き詰めることによって、その「もの」が時代や領域を経てきた軌跡を描き、世界の問題を浮き上がらせる。

自然物(松)と人間との密接な関係性を示唆する展示で、その手がかりとなった丸太が人間の子どもになる顛末を描いたカルロ・コッローディの小説「ピノッキオの冒険」(1883)からタイトルを引用。Pinoはイタリア語で松の意。
岩間朝子《ピノッキオ》 2020
カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展「もつれるものたち」展示風景
岩間朝子《ピノッキオ》 2020
カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展「もつれるものたち」展示風景
岩間朝子《ピノッキオ》 2020
カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展「もつれるものたち」展示風景
岩間朝子《ピノッキオ》 2020
カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展「もつれるものたち」展示風景

この展示でどうしても見たかったのは、アーティストの岩間朝子の作品だ。
ベルリン在住の彼女の今回の作品「ピノッキオ(2020)」は、「松」に視点を定め、自然物と人間との関係性を紐解く。松の樹液はまるでゴムや漆と同じように樹皮を傷つける採集法で集められることや、第二次大戦中、日本軍が松の根から航空燃料を生産しようとした史実、樹液の蒸留法などさまざまな松の木と人との関わりを提示。それをきっかけに鑑賞者はそれぞれに思索を広げていくことになる。

彼女は採集、調理、変容、食べる、取り込むという行為のありようを追求する作家で、2005年から10年間、ベルリンのスタジオ・オラファー・エリアソンのキッチンの運営、調理に携わってきた。その活動から生まれた人の身体を構成する「食」とは何かに迫ったエリアソンとの共著に「The Kitchen(2013)」がある。

身体、植物、種子、微生物、DNA 、鉱物、宇宙などの視点から「食」というものへの深い考察がなされている。私が持っている本は無線綴じで表紙の無いスタジオの刊行物『TYT(Take Your Time)』のVol.5として出版されもので、ワタリウム の書店「On Sundays」の草野象さんに出たばかりだと勧められたものだ。
イワマアサコという人の名も彼から聞いてはじめて知った。この時「Little Sun」というひまわりの花のようなライトの説明も聞き、迷わず購入した。

2016年にPhaidonからハードカーバーの書籍として出版、2018年には美術出版社から日本語版も刊行された。 写真:筆者提供
http://www.asakoiwama.net/tyt-take-your-time-vol-5-the-kitchen/
「In Real Life」展では「The Expanded Studio」というブースで、エリアソンのスタジオが取り組むプロジェクトの思索の過程やプロセスがA-Zの頭文字で壁面に掲示されていた。SはSoler futures。リトルサンの構造も展示されていた。リトルサン(Little Sun)はオラファー・エリアソンとソーラーエンジニアのフレデリック・オッテセンによる高性能太陽光発電式LEDランプ。リトルサンは、世界の送電網が整備されていない地域で暮らす人びとに、クリーンで手ごろな価格の明かりを提供するために生まれ、エリアソンはそれを「小さな発電所」と呼ぶ。 写真:筆者提供
https://littlesun.com

「The kitchen」にはスタジオのスタッフに供されたベジタリアン料理のレシピが数多く掲載されていて、それを読んでから彼女の手による料理を食べてみたいとずっと思い続けていた。
料理は写真やレシピで知ることはできても、味わう以外に絶対にわからないからだ。

その数年後にMOT美術館講座で彼女は「食と言葉」というレクチャー・パフォーマンスを行うことになりその機会を得ることになった。

「啜る・綴る」というテーマで上崎千氏と岩間氏による5種類のスープと、それにまつわるメニューやレシピの「言葉」のリーディングがBGMのように流れる不思議な会だった。
味わったことのない不思議なとりあわせの2つのスープが特にすばらしかった。それは「まこもだけの真菰粥」=アメリカマコモに実ったワイルドライスとアジアマコモの中華粥。
「柿と牡蠣と平茸(オイスターマッシュルーム)のスープ」=淡水と海水の汽水域に育つ蜆のスープ仕立て。
言葉による語呂あわせ、こじつけや思い込みみたいに選ばれた食材の組み合わせは意外性がありながら相性が良く、とても清らかで滋味あふれるものだった。
食糧が生まれる背景を知り、採取することの意味を考え、素材から何を抽出するか、そして食として体内に取り込むことを考え抜いているからなのだろう。
彼女の作品にも料理にも共通するのは、深い考察を核にして素材を清廉させる作業ではないかと思う。

左は「まこもだけの真菰粥」=アメリカマコモに実ったワイルドライスとアジアマコモの中華粥。右は「柿と牡蠣と平茸(オイスターマッシュルーム)のスープ」=淡水と海水の汽水域に育つ蜆のスープ仕立て。 写真:筆者提供

エリアソンが警鐘を発し続けている危機に瀕している地球環境、インドのパンジャブ州からヤマラヤ山脈が数十年ぶりに見晴らせたというニュースの写真を見て、コロナ禍で唯一良かったことは、CO2の排出減や大気汚染が少しでも軽減したことかもしれないと思った。

https://www.esquireme.com/content/45334-the-himalayas-are-visible-from-india-for-the-first-time-in-30-years-because-of-covid-19-lockdown

世界中で炙り出されてきた社会問題の数々から目を逸らさないことも重要だろう。
ミュージアム・ショップの入り口にはエリアソンが長く続けているプロジェクトを事業化したものの一つLittle Sunが掲げられている。

「私たちがリトルサンの製品を購入すると、電気の届かない地域でリトルサンを手頃な価格で販売する援助になります」

写真:筆者提供

<関連情報>

□東京都現代美術館
https://www.mot-art-museum.jp

□「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/

□「もつれるものたち」
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/kadist-art-foundation/

□金沢21世紀美術館
https://www.kanazawa21.jp

□オラファー・エリアソン
https://www.olafureliasson.net

□Little Sun
https://littlesun.com

□Tate Modern
https://www.tate.org.uk/visit/tate-modern

□In Real Life
https://www.tate.org.uk/whats-on/tate-modern/exhibition/olafur-eliasson

□Miranda July
https://www.mirandajuly.com/hallway/
https://vimeo.com/1976212

□岩間朝子
http://www.asakoiwama.net

□「The Kitchen」
https://uk.phaidon.com/store/food-cook/studio-olafur-eliasson-the-kitchen-9780714871110/

□「スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン」
https://www.bijutsu.press/books/1007/

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2020/06/15

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