メイン画像
TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第14回:100年の森と活版印刷

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


この数ヶ月、電車にもバスにも乗らなかった。
けれどその代わりに、家の近くには美しい森があるので、朝、人通りのない森の中を歩くことがほぼ日課のようになった。
最近の何年かは外国人観光客で溢れかえっていたので近づく気さえおきなかったのだが、この時期はシンと静かで、本来の姿を取り戻しているように見えた。

写真:筆者提供

北参道から入り、南参道の橋を渡り原宿へ抜けるコースを日によって脇道に入ったり出たりしながら歩く。

木漏れ日の溢れる晴天もいいが、雨の日も格別だ。
いつも参道は掃き清められていてゴミ一つ落ちていない。
大鳥居の周囲にこんな展示がされていた。

「百年前、ここは荒地でした。」

写真:筆者提供

今年、鎮座100年を迎える明治神宮の杜は「森の設計図」に沿って育まれた人工の森で、すべての木は人の手で植えられたものだという。

林学博士の本多静六はじめ、造園家や造園学者の知恵を結集し、50年後、100年後、150年後の林相(森や林を構成する樹木の形態)を見据えた計画だったそうだ。
それが今、100年が経ち、その豊かな木々の変容ぶりを私たちは享受していることになる。

修復、耐震工事中の「明治神宮 宝物殿」内の展示物は「明治神宮ミュージアム」へ。この映像はミュージアムの展示室で放映されているもの。

しかし最近その参道脇に、ここには不釣り合いな白い虎や鹿のオブジェが置かれ、「明治神宮ミュージアム」というガラス張りの建物までできていて違和感がある……。これらのものが、100年後にここにあるとは到底思えないからだ。

さて、この道を1往復して北参道に戻り線路ぎわの細い道を行くと、建築書籍の出版で知られる「GA」が運営する「GA gallery」が見えてくる。

この建築は、建築写真の第一人者でGAの創設者である二川幸夫と建築家・鈴木恂の共同設計で、コンクリート打放しがまだ珍しい頃の1972年に建てられたそうだ。

安藤忠雄の「住吉の長屋」が1976年の作だから、その先見性はさすが二川幸夫と言いたくなる。続いて1983年にはGA galleryが増築された。
ギャラリーでは常に意欲的な展示が開催されているし、併設された書店ではGAをはじめ世界の建築雑誌や建築に関するあらゆる書籍と出会える。

その道を道なりに行くと、インテリアデザイナー片山正通率いる「Wonderwall」のオフィスビルがある。木目がきれいに見える「杉板型枠打放し」のコンクリートの外壁が特徴的だ。
片山氏も二川氏も建築家ではないが、自分の本拠を自ら設計しているのが共通している。

左はGA gallery 、中はWonderwall。 写真:筆者提供

更に歩を進めて突き当たりを左折、高台に立つ「秀和レジデンス」前に出る。そこはかつて吉村順三設計の「千駄ヶ谷の家 ハーグローブ邸」(1958年)があった場所だ。
木造平屋建てで、道路から2mほどある高台の敷地へは長いアプローチがあったという。当時は高いビルなど視界を遮るものがなかったから、神宮の森を線路越しに眺めていたに違いない。

その先には「Tas Yard」があり、隣接する「GOOD NEIGHBORS’ FINE FOODS」では最近まで週末に無人販売所「FOOD STAND」が設置され、珍しい野菜やパンなど、グロサリーを買うことができた。

GOOD NEIGHBORS’ FINE FOODS のFOOD STANDでは、夏にかけてmikand(ミカンド)のアイスキャンデーの販売もはじまった。 写真:筆者提供

原宿外苑中学を横に見て原宿駅の皇室専用ホーム方向にいくと、右に文房具の老舗コクヨが3年前にオープンさせた「THINK OF THINGS」というカフェを併設したビルが見えてくる。

THINK OF THINGS外観。1階はSHOP & CAFE、2階はTHINK OF THINGS STUDIO。 写真提供:THINK OF THINGS
コーヒーは「OBSCURA COFFEE ROASTERS」がプロデュース。 写真提供:THINK OF THINGS
中庭は眺めるだけでなく、奥のベンチも使用可能。黒板塀に囲まれた空間がなかなかいい。 写真:筆者提供
テイクアウトのカップは、インハウスデザイナー金井あきのデザイン。 写真提供:THINK OF THINGS

建築もインテリア・デザインもこのスペースのコンセプトもすべてコクヨのインハウス・デザイナーの手になるもので、私はこのテイクアウト用のコーヒーカップのデザインがシンプルで好きだ。

コーヒーを持って中庭にあるベンチでオリーブの木やローズマリーが生い茂った庭を眺めながら飲むのが私の定番。

閉館中にオンラインで金曜の夜限定で配信されたコクヨのアーカイブ「コクヨの骨董 KOKUYO ARTIFACTS」。  https://think-of-things.shop

写真提供:THINK OF THINGS

そこから明治通り方向に戻ると、古いビルの一階に「LABOUR AND WAIT TOKYO」がある。選び抜かれた実用的で質の良い生活用品が並ぶ様は心地よい。どこか日本の民藝運動にも通じる「健康で正直で誠実」という言葉が思い浮かぶ。

この店に置かれたもののすべてに言えることだが、我が家でも使っているブラウン・ベティのティーポットや、木製の収穫かご=トラッグはいかにもイギリスらしく丈夫で使い勝手がいい。

この店がイースト・ロンドンのショーディッヂにできて話題になった頃、店などまばらにしかない地域をウロウロと探し回ったことがある。
その近くには、小さな野外ステージの東屋がちょこんと乗っている小高い丘があって、そのサークル状の広場を中心にアーノルド・サーカスというエリアが広がっている。マルティーノ・ガンパーの椅子「アーノルド・サーカス・スツール」は、ここの地域再生プロジェクトの一環で生まれたものだ。
https://friendsofarnoldcircus.wordpress.com/page/2/

話は逸れたが、不思議な店名「LABOUR AND WAIT(働くことと待つこと)」はアメリカの詩人ロングフェローの詩「人生讃歌 A Psalm of Life」の最後の一節からとられたものだそうだ。

Let us, then, be up and doing, With a heart for any fate; Still achieving, still pursuing, Learn to labour and to wait.
「奮起して励もう。いかなる運命にも強い心を持って。絶えず成し遂げ、絶えず追い求め、懸命に働き、あとは待つことを学ぼう」

なるほど。

そして、 明治通りとの交差点の角に最終の目的地「パピエラボ」がある。
店の存在を知ったのは『紙と活版印刷とデザインのこと』(Pie Books 2010年刊)という一冊の本で、はじめに開けた見返しには小さな紙が挟んであり、「本書のカバーは、活版印刷のため、ひとつひとつ表情が微妙に異なります。また、本文は風合いのある紙を使用しているため、摩擦などにより、色落ちするおそれがありますのでご注意ください。」とあった。

『紙と活版印刷とデザインのこと』(Pie Books刊)

思わずカバーに印刷されたPの文字を指で触ってみた。微かな凹凸! 奥付にはカバーの印刷所、組版やインクの会社名、紙の種類も記されている。活版印刷や紙に対する彼らの“本気度”に衝撃を受けない人がいるだろうか。

継承者を失いつつある15世紀の印刷技術=活版印刷の可能性を、どのように今に伝えようかと本気で考えはじめた若者たちの姿と、店をつくるまでの経緯も詳しく書かれていた。

壁のカレンダーやHIMAAデザインの白い段ボール箱は、パピエラボオリジナルプロダクト。 写真提供:パピエラボ
葛西氏のドローイング。「阿部海太郎 ピアノ撰集」には表紙を含めて5つのドローイングが収められているが、展覧会では使用されなかった作品も展示された。 写真提供:パピエラボ
写真提供:パピエラボ
写真提供:パピエラボ

パピエラボの小さな店内には、紙にまつわる商品が並んでいる正面の棚と、右奥にあるオーナーの江藤公昭さんの魅力的な私物(非売品)が並ぶ棚があった。
大きな卵の殻や小さなオブジェ、小型活版印刷機など、どちらかというと非売品の来歴を聞くのが楽しみの一つになった。
まだまだメジャーになる前のNORITAKE作品やアーティストHIMAAがデザインしたプロダクトに出会ったのも、ここが最初だ。
江藤さんはグラフィック・デザインやエディトリアル・デザインの仕事もしている。ある時、雑誌で「美しい箱」というタイトルでセレクトから構成、レイアウトまですべて彼が行った企画があった。きっちりと隙間なく箱の中に詰め合わされた和菓子や寿司や木のブロック。彼がどんなことに美しさを見出しているのかが、少しだけ理解できたような気がした。

「装苑」(文化出版局)2015年1月号より。 提供:パピエラボ

2017年に現在の場所にパピエラボは移転し、デザイン事務所を兼ねたスペースとなった。天井の一部は赤く塗られ、カウンター・テーブルはダーク・ブルーに、開口部のガラスは亜鉛メッキの枠で縁取られていて、この感覚も独特だ。
昨年は、葛西薫が装丁した音楽家・阿部海太郎の楽譜が出版され、それを記念して葛西氏の描いた挿画が展示された。

阿部海太郎さん手書きの楽譜。 写真提供:パピエラボ

その時、以前にあったことをふと思い出した。

『ペーター・ツムトア 建築を考える』(ブックデザイン:葛西薫 みすず書房 2013年刊)の発売を知って、早速GAのブックショップに買いに走った私は、あまりに美しい本だったのでその足でパピエラボに見せに行った。

写真:筆者提供

江藤さんは函に巻かれた帯を見ただけで開口一番「印刷は精興社ですね」と言った。その帯には、後で知ったのだが葛西氏が「くらくらするほど魅力的」と語ったことがあるという精興社の明朝体の文字が美しく組まれていたのだ。

500年以上前に生まれた技術は、こういう人によって世の中に生かされていく。


<関連情報>

□GA
https://www.ga-ada.co.jp/japanese/index.html

□GA gallery
https://www.ga-ada.co.jp/japanese/ga_gallery/2020/2003-06_GAH2020/gallery_gah2020.html

□Tas Yard
https://tasyard.com
https://tasyard.com/about

□GOOD NEIGHBORS’ FINE FOODS
https://finefoods.stores.jp

□THINK OF THINGS
6月8日より営業再開。
https://think-of-things.com/about/

□LABOUR AND WAIT TOKYO
https://labourandwait-tokyo.com
https://www.instagram.com/labourandwait_tokyo/

□LABOUR AND WAIT
https://www.labourandwait.co.uk

□Friends of Arnold Circus
http://www.arnoldcircus.co.uk

□ARNOLD SIRCUS
https://friendsofarnoldcircus.wordpress.com/page/2/

□アーノルド・サーカス・スツール
https://utrecht.jp/collections/all/arnoldino-stool

□パピエラボ PAPIER LABO.
http://www.papierlabo.com
https://twitter.com/papierlabo
https://papierlabo.works

□「紙と活版印刷とデザインのこと」
http://papierlabo.jugem.jp/?eid=263
https://honto.jp/netstore/pd-book_03269269.html

□阿部海太郎
https://www.umitaroabe.com

□「阿部海太郎 ピアノ撰集」
https://www.shinko-music.co.jp/item/pid0035976/

□「ペーター・ツムトア 建築を考える」
https://www.msz.co.jp/news/topics/07655.html

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

2020/06/02

  • イメージエリア

  • テキストエリア

    CLASKA ONLINE SHOP

    暮らしに映えるアイテムを集めた
    ライフスタイルショップ

    CLASKA ONLINE SHOP