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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第13回:建築行脚 vol.1/新緑の落水荘とオーク・パーク

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


最近、InstagramやFacebookで自分の好きな料理本やブックカバーをリレーでupする人が多くなった。
人の本棚をのぞいて見るのが好きなので、本が人に与えた影響を垣間見ることができて楽しい。

時々眺めていたところ、イギリスに住む息子もバトンを渡されたらしく、子どもの頃に読んだ絵本や影響を受けたアーティストの本などをFacebookで紹介していた。
その中にクリス・ウェア(Chris Ware)のグラフィックノベル『The Smartest Kid on Earth Jimmy Corrigan(邦題:世界一賢い子供、ジミー・コリガン)』が挙げられていて、それがきっかけで、我が家のコリガン・コレクションを広げてみたり、webでクリス・ウェアを調べはじめたところ、こんなサイトに突き当った。
https://art21.org/watch/extended-play/chris-ware-someone-im-not-short/

文字を読まずに見ていたら、新緑の街路樹の通りを自転車で走るウェアの姿があった。
あ! ここってオーク・パーク!!!。フランク・ロイド・ライト(以下、ライト)の最初のスタジオと家があったところだ。ウェアはシカゴ在住とあったけれど、大都会シカゴではなく、その郊外のオーク・パークだったのか。

『The Smartest Kid on Earth Jimmy Corrigan』(2000年)。ウェア自身で出版するコミック・ブック・シリーズ”The ACME Novelty Library”に不定期に連載され、それは今も続いているという。「American Book Award(2000年)」、イギリスの「Guardian First Book Award (2001年)」など数多くの賞を受賞。孤独な少年、一人暮らしの老人、発明少年、それはすべてジミーなのだが、時間も場所も錯綜する複雑なストーリー展開。ちょっとプッシュピン・スタジオのグラフィックを思わせる誌面デザインや色使いが素晴らしく、暗鬱な内容なのだがウェアの世界についつい引き込まれてしまう。 写真:筆者提供
我が家のコリガン・コレクション。写真下は『Building Stories』のBOX。 写真:筆者提供

我が家にあるウェアの本をすべて本棚から引っ張り出して、大作『Building Stories』のBOXをしばらくぶりに開けてみた。
https://www.youtube.com/watch?v=DGygg_LkPWI

布地で装丁されたハードカバー、フリップブック、新聞のような大判など、14冊の本が内蔵されていて、その中にオーク・パークを舞台にしたニュースペーパー版もあってライトの建築もいろいろ登場する。
買った当時は気付きもしなかったが、ウェアと彼の妻、そして一人娘の日常がオーク・パークを背景に私小説のように描かれているが、そこに潜む静かな喪失感が心をひんやりとさせる。

Illustrator Phil Thompson of Cape Horn Illustration has created a new map of Wright’s Oak Park designs. https://www.archdaily.com/877939/this-map-shows-the-evolution-of-frank-lloyd-wrights-oak-park-designs

オーク・パークは大きく育った街路樹の緑が美しい閑静な住宅街で、ライトは1880年代から約20年間ここで暮らしていた。
そこには、ウェアの絵にも描かれている自宅兼スタジオ(1889年)、「ハートレー邸」(1902年)、「ユニティ・テンプル」(1905年)など、ライトの初期の代表作など20棟以上が現存していて、私はここに8年ほど前の初夏に行ったことがある。

オーク・パークにある、ライトの自邸兼スタジオ。最初の妻キャサリン・トビンと結婚した1889年に自宅が完成、子どものプレイルームなどを1895年に継ぎ足し、スタジオは1898年に増築したもの。 写真:筆者提供
「ハートレー邸」(1902年)。初期プレーリー・スタイルの代表作。2階がメインフロアになっている。 写真:筆者提供
「ゲール邸」(1893年)。ライトがサリバンの事務所から独立して最初に建てた建築。クイーン・アンスタイルをどのように脱却するか……ここからが出発だった。 写真:筆者提供
「ムーア邸」(1895年)。ライトには珍しいイギリスのハーフティンバー風の住宅。不本意な出来だったそうで、火災後の1923年に手を加えている。 写真:筆者提供
ヘミングウェイの生家。内部は小さなミュージアムになっている。 写真:筆者提供

20代のライトはシカゴの建築家ルイス・サリバンの元でドラフトマンとして働いていたが、住宅設計のアルバイトが発覚しそれを機に独立。
その後彼は、自邸のあるオーク・パークで近隣の住宅の設計を数多く手掛けた。
なので、ヴィクトリアン・スタイルを引きずっている古風な住宅もあり、直線で構成されたプレイリー・スタイルを確立した頃の建築、はじめてのコンクリート建築であるユニティ・テンプルまでが、一堂に介している。
ここでは、そぞろ歩きをしながらライト建築の変遷とその軌跡を辿ることができる。その上、おまけのようにヘミングウェイの生家まであったりもする。

石造りで建築する予算がなく、レンガの下地に使われていた当時一番安価な材料だったコンクリートを使ってつくられたユニテリアン派の教会、ユニティ・テンプル。

ユニティ・テンプルの外壁、コンクリートのこの粗いテクスチュアは、外壁側の型枠に石鹸をつけ、表面の凝固を遅らせ、型枠を外してからブラシで擦って砂利を浮き上がらせたという。礼拝堂内の天窓のステンドグラス、照明、内装すべてをデザインした。 写真:筆者提供

ここはチャーチでなく“テンプル”という名称だ。古代の神殿のような外観で、内部には十字架一つない。

吹き抜けの天窓のステンドグラスや照明などは幾何学的な直線で構成されていて、今見ても素晴らしく斬新なつくりだ。
写真ではわからないが、礼拝堂を取りまく空間の段差を実際に歩いていると、この感覚は以前も体感したことがあると気づいた。子どもの頃から経験している、「明日館」や「自由学園」の講堂の段差を歩く、あの感じ。ライト独特の“高低差でつくる空間”は、すでにこの時にできていたのだ。

ライトの両親は、ユニテリアン派教会の初期からのメンバーだった。オーク・パークはそのコミュニティが発展させてきたところなのだろう。
ライトは若くして結婚し、6人の子どもがいた。彼はオーク・パークという場所についてこう書いている。

「善良な人々の多くが、彼らの子供たちを大都会の毒から安全な、比較的平和な環境で養育しようとした避難所」。(『知られざるフランク・ロイド・ライト』鹿島出版会より抜粋)

そのような善良な人々の住む平和なオーク・パークの一隅に、1904年にライトが設計した「チェニー邸」がある。ライトは施主の妻チェニー夫人と恋に落ち、1909年、彼はスタジオを慌ただしく閉じ、家も家庭も捨ててヨーロッパへ駆け落ちをしてしまう。

ライトは四面楚歌の中1911年に帰国、ウイスコンシン州のスプリング・グリーンに新たな設計の拠点「タリアセン」を開設する。ここでは使用人によるチェニー夫人をはじめ複数の人が犠牲になる殺人事件が起きた。スキャンダルを嫌うクライアントが離れ、ライトにとって長い低迷期が続く。本国での仕事が激減したこの時期に、「帝国ホテル(1923年)」や「自由学園明日館(1926年)」など日本からの依頼に応じている。

タリアセンはタリアセン・フェローシップという共同生活を営みながら建築教育と実践も行う建築塾のようなかたちで運営されていて、その研修生の一人にピッツバーグのデパート経営者の息子エドガー・カウフマンjr.がいた。彼の両親の依頼を受けて設計したのが「落水荘」だ。代表作ともなるこの建築で、ライトは再び世界からの脚光を浴びることになる。

落水荘。 写真:筆者提供

ペンシルベニア州のピッツバーグから80kmほど離れた自然豊かな山中にカウフマンが所有する土地があり、そこを流れる「ベア・ラン(Bear Run)」という暴れ川の滝を見るための週末の家を、という要望だったという。

私がそこを訪れたのは早朝で、緑に覆われた林の小径をかなり行くと、渓流の水音と鳥のさえずりが聞こえてくる。若葉を渡る風も心地いい。
小径を迂回すると落水荘が見えてくる。カウフマンの依頼は「滝を眺める家」だったはずだが、ライトは流れ落ちる滝の上に家を建てたのだ。

落水荘のリビングルーム。 写真:筆者提供

橋を渡って狭い入り口を入ると、広々としたリビングルームで、そこは滝の上に迫り出していて、石張りの床は岩盤をそのまま剥き出しにしている部分もある。
その部屋以外の個室は広くはなく、華美な印象はどこにもない。階段脇に積まれた本や小さなキッチンなどからは、カウフマン家の人々の知性や趣味の良さが感じられる。
住宅を見るということは、そこに暮らす人が何を大切にして生きているかを知るいいきっかけになる。

ブックカバー・チャレンジや料理本リレーではないけれど、落水荘を知りたければ、この2冊の本を勧めたい。

まずはこちら。落水荘を撮影した建築写真は数限りなくあるけれど、上田義彦が撮影した落水荘は特別だ。

上田義彦写真集『 frank lloyd wright fallingwater/taliesin』 エクスナレッジ刊 写真:筆者提供

私が写真集『frank lloyd wright fallingwater/taliesin』に出会ったのは落水荘を訪れたずっと後だったけれど、この道の先にあるまだ見たこともない建築に対するあふれる期待が写真集の最初の見開きに表されていて、まるであの日の朝の林の小径に戻ってきたかのような気持ちがした。

この本に文章はないが、写真集の説明文が上田のHPにあった。

「何から何まで全て写真に納めようとぶっ続けでシャッターを押し続けました。私は写真家になった事をこの時ほど幸せに感じた事はなかったと思います。「幸せな写真」という言葉が私の中に浮かびました。」(上田義彦 オフィシャルHPより)

『The Fallingwater Cookbook: Elsie Henderson’s Recipes and Memories』 Suzanne Martinson著/University of Pittsburgh Press刊

次は『The Fallingwater Cookbook』で、落水荘で買ったもの。
この本はカウフマン家が落水荘で好んで食べたメニュー、数々のゲストを招いた時に供されたカジュアルだが”特別な”料理を、長年の料理人であったエルシー・ヘンダーソンに取材してまとめたレシピとエピソード集だ。
ライトに供したという料理も紹介されている。蟹のサラダにコーン・スティック、デザートにはレモン・シャーベットを添えて。
この日ライトはゲストとして落水荘に招かれたわけではなく、洪水跡の補修について職人との打ち合わせの合間に軽い食事として取ったものだという。一見簡単そうなメニューだが、エルシーは蟹の丁寧な扱い方を事細かに記していて”特別”な料理であったことが伝わってくる。

写真:筆者提供

建築行脚を再開するには、まだまだ時間がかかるに違いない。
数日前にBooking.comから送られてきたメッセージ・メールにこんな言葉があった。

「世界は 変わらずそこにあります」


<関連情報>

□Chris Ware
https://news.wttw.com/2020/01/15/30-years-chris-ware-has-chronicled-adventures-american-misfits

□Jimmy Corrigan, the Smartest Kid on Earth
https://ja.wikipedia.org/wiki/世界一賢い子供、ジミー・コリガン

□ジミー・コリガン日本語版
https://bookofdays-shop.com/?pid=3844923

□mono.kultur#30:Chris Ware
https://utrecht.jp/products/mono-kultur-no-30-chris-ware

□Oak Park
https://www.visitoakpark.com
https://flwright.org/tours/oak-park
https://www.archdaily.com/877939/this-map-shows-the-evolution-of-frank-lloyd-wrights-oak-park-designs

□Frank Lloyd Wright Home and Studio
https://flwright.org/visit/homeandstudio

□Ernest Hemingway’s Birthplace Museum
https://www.hemingwaybirthplace.com
https://www.facebook.com/EHFOP/

□Unity Temple
http://www.unitytemple.org/about-us/unity-temple

□Fallingwater
https://fallingwater.org

□上田義彦の写真集『rank lloyd wright fallingwater/taliesin』
http://www.yoshihikoueda.com/i/books/wright/

□The Fallingwater Cookbook
https://upittpress.org/books/9780822943570/

□エドガー・カウフマン jr. Edgar Jonas Kaufmann jr.
https://en.wikipedia.org/wiki/Edgar_Kaufmann_Jr./
http://rikuhei.com/2018/03/06/生涯をモダンデザインの振興に賭したエドガー・/

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2020/05/18

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