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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第12回:小さなギャラリー vol.2/シュルレアリストの末裔

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


恵比寿駅西口から線路沿いの坂道を少し登り右折すると、赤い矢印と「Galerie LIBRAIRIE6+シス書店」という横長のプレートが見えてくる。

ビルの3階にあるこのギャラリーへは、ほんの数歩だが外階段につながる小さなブリッジを渡らなければならない。2枚の扉の向こうに、その空間がある。

縦長の絵は、この展覧会のポスターにもなったボナ・ド・マンディアルグの布と糸で製作された大作「La Luna」(1973年)。 写真:LIBRAIRIE6

最後に訪れた3月のその日は、ちょうど開廊10周年記念の展覧会「シュルレアリスムと絵画」展が開かれていて、入ってすぐに目を引いたのは香水瓶の写真。

マルセル・デュシャン自らが女装して別人格の女性ローズ・セラヴィとなり作品を制作していた1920年代のもので、マン・レイが撮影したローズ・セラヴィを香水ボトルにラベルとして貼り付けたレディメイド作品だ。

Marcel Duchamp, “Belle Haleine (Beautiful Breath)” Perfume Bottle, with a photograph of Rrose Sélavy,(alias Marcel Duchamp) by Man Ray pasted on, 1921 写真:LIBRAIRIE6

中央のガラスケースにはアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』(1924年)の初版と『第二宣言』(1930年)が並べられている。ブルトンが1960年代に編集した最後のシュルレアリスムジャーナル『La Breche』の実物も隣に置かれていて、どれもはじめて見るものばかりだ。

『第二宣言』(Second manifeste du surréalisme)は、1930年にクラ社から出版されたブルトンの著作。第一宣言である『シュルレアリスム宣言』以前からブルトンやシュルレアリスム批判は続いていて、かつての同志アントナン・アルトー、フィリップ・スーポー、ジョルジュ・バタイユなどへの攻撃や論争を書き記したもの。 写真:LIBRAIRIE6
シュルレアリスムジャーナル『La Breche』。 写真:LIBRAIRIE6

そして続く展示は、アンドレ・ブルトンと交流のあった作家たち、スワーンベリ、レオノーラ・キャリントン、ハンス・ベルメール、レオノール・フィニー、そしてマンディアルグ夫人ことボナ・ド・マンディアルグ、ゾンネンシュターン、トワイヤンなど旧知の作家もいれば、ジャン・クロード・シルベルマン、スワーンベリの娘ロースマリーなどはじめて知る作家もいる。

横長のガラスケースの中にはそれらの作家の写真とプロフィールが掲示されていて、この編集は親切だ。
シルベルマンは存命の作家らしく、彼の切り抜きタブローが壁に踊っていて、なんともチャーミングだ。右下のカラス(?)は、作家からプレゼントされた作品だという。

写真:LIBRAIRIE6

LIBRAIRIE6を主宰するのは佐々木聖さんという女性で、若いけれどボーボワールのようなターバン姿が板についている。
彼女がシュルレアリスムに興味を持つことになったのは、高校生の時に図書館で借りた澁澤龍彦の『幻想の画廊から』(1998年 青土社刊)で、「”こうしなければいけない”という概念から解放される、きっかけの一つになったかと思います」という。

澁澤龍彦の著作で知ることになった四谷シモン、金子國義、合田佐和子など、彼女自身に影響を与えた作家を紹介する場を持ちたいと思ってはじめたギャラリーで、LIBRAIRIE6というのは詩人フィリップ・スーポーがパリ7区に開いた書店兼ギャラリーの名だ。
アポリネールによってブルトンを紹介された彼は、ブルトンと共に自動記述実験を行い『磁場』という作品を発表している。ちなみにLIBRAIRIE6は、1921年にマン・レイがパリでの初の個展を開いた場所でもある。

日本ではなかなか見ることができないシュルレアリストの作品を紹介する場にしたいという思いから、佐々木さんはギャラリーをこの名にしたのだという。
10年前の第一回展はなんと「野中ユリ」だし、第二回展は「岡上淑子」だ。この視線の高さはどうだろう。

アトリエのシルベルマン。 写真:LIBRAIRIE6
スワーンベリのアトリエ。 写真:LIBRAIRIE6

佐々木さんは今年の1月、10周年展のために、パリにブルトンの娘のオーブさんを訪ね、シルベルマンのアトリエにも行き、スウェーデンでスワーンベリの遺族などにも会ってきたそうだ。
展示作品は、この画廊の10年の軌跡を表しているかのようだった。

左に見える写真は細江英公撮影の「由比ヶ浜でコイコイをする澁澤龍彦と矢川澄子」、人形は四谷シモン、中央は金子國義、右は合田佐和子の作品。 写真:LIBRAIRIE6

私がシュルレアリスムを意識するようになったのも澁澤龍彦の『幻想の画廊から』(1967年 美術出版社刊)で、その後の瀧口修造の『シュルレアリスムのために』(1968年 せりか書房刊)が追い討ちをかけた。どちらも10代の私には高価な本だったので古書店で購入した覚えがある。

『幻想の画廊から』の巻頭で紹介されていたのは、マックス・ウァルター・スワンべルク(スワーンベリ)であり、続いてハンス・ベルメエル(べルメール)の関節人形、レオノール・フィニーの仮面、マックス・エルンストの百頭の女、ピカビアの機械崇拝、バヴァリアの狂王の城と郵便屋シュヴァルの理想宮、ボマルツォの聖なる森……。

澁澤龍彦の感性と嗜好が多くの書物から選び出した膨大な蒐集物は、どれも衝撃的で不思議な美しさに満ちていた。今思うと、美の価値は自分の想像力の中にあることを気づかせてくれた、はじめての書籍だったのだと思う。

『シュルレアリスムのために』ではダダとの比較、シュルレアリスムと文学や詩との関係が書かれていて、ランボー、ピカビアについての評論、ガートルード・スタインへのオマージュを詩にした作品も納められていた。

そして瀧口修造監修で1973年から2年かけて6冊発行されたシュルレアリスムと画家叢書『骰子の7の目』(河出書房刊)は田中一光のデザインで、美術書というより、本そのものがアートのようだった。

この本には「図版目次」という名の小冊子がついていて、毎号瀧口修造による“月報附記”という名の近況報告があった。
そこに並ぶ編集後記に「氏は9月下旬突如、デュシャン展への『個人的訪問』のため東京─ニューヨークを風のように往復されました」とあった。
1973年のニューヨーク、フィラデルフィアへの渡航のことだ。瀧口修造はこの時、ジョン・ケージやジャスパー・ジョーンズに会い、デュシャンのアトリエも訪問するが、「︎Tender Buttons(テンダーボタン)」というニューヨークのボタン屋へも行って買い物をしている。

ガートルード・スタインの作品を店名にした店で、ここのボタンの箱とボタンは「瀧口修造 夢の漂流物」(2005年)という「世田谷美術館」で開催された展覧会でも展示されていた。
この展覧会で知ったのだが、瀧口修造はいつか「オブジェの店」を出すという考えに至ったようだ。

「私はまずその店名と、その看板の文字を、既知のマルセル・デュシャンに依頼すると、かれは快よく応じてくれた。こうして、その店の名は“Rrose Sélavy”(ローズ・セラヴィ)ということになった。これはデュシャンが一九二〇年頃から使いはじめた有名な偽名で、あのレディ・メードのオブジェに署名するためだったらしいが、またかれがしばしばこころみる言葉の洒落にもこの署名を使っている。
 『セラヴィはフランス語のC’est la vie(これが人生だ)をもじったもので、ローズは一九二〇年、彼女が生まれたときには女のもっとも俗な名前でした。私はそれにRを二つ重ねてもっと俗にしたのです……』とデュシャンはその名の由来を私への手紙に書いている。
 こうして、いまは架空だが、「ローズ・セラヴィ」という店の名が、デュシャン自身の命名によって誕生し、いま私は看板を試作中であり、おそらく近日中には少なくとも看板だけは私の書斎に掲げられるだろう。」 (物々控『余白に書く』1966年 みすず書房刊より)

LIBRAIRIE6の10周年展第2部「日本のアーティストたち」は4月4日から開催されていたが、コロナ禍のため一時閉廊、会期を5月24日まで延長したが、現在オンライン上で展覧会を開催している。
https://librairie6.com/?p=1366

瀧口修造・中西夏之・武満徹・岡崎和郎・荒川修作・多田美波・赤瀬川原平・加納光於・野中ユリら9人の作家が9つのオブジェを箱に入れた「漂流物/標本箱」(1974年)も展示されているという。これを最後に見たのも、前述した「瀧口修造 夢の漂流物」展だった。

「漂流物/標本箱」1974年(個人蔵) エディシオンエパーヴ刊、限定30部のうちのひとつ。中央が瀧口修造、左上隅より時計回りに中西夏之、武満徹、岡崎和郎、荒川修作&マドリン・ギンズ、多田美波、赤瀬川原平、加納光於、野中ユリ。 写真:LIBRAIRIE6

巌谷國士の「サド侯爵の城」や金子國義の絵、四谷シモンの人形、合田佐和子のピラミッドなど貴重な作品が一堂に会しているようで壮観だろう。

巌谷國士の「サド侯爵の城」。 写真:LIBRAIRIE6
金子國義「奇妙な鈴」。 写真:LIBRAIRIE6

以前LIBRAIRIE6で、ジョセフ・コーネルを思わせる勝本みつるの箱入りの作品「a study in green/anne de diesbach」や、まりの・るうにいの極小のマッチ箱「マッチの彗星」を購入したことがある。

まりの・るうにいの「マッチの彗星」23mm×17mm(厚み10mm)の極小サイズ。10本のマッチが入っている。 写真:LIBRAIRIE6
勝本みつるのOdd by Mitsuru Katsumoto「a study in green/anne de diesbach 」。アンヌ・ド・ディースバッハというロゼット咲きの大輪の薔薇を緑色に染めた兎の毛で表現。“Odd”とは「半端な、片方の、時々の、奇数の、気まぐれな」という意味だという。 写真:筆者提供

その時、瀧口修造が思い描いた架空のオブジェの店「ローズ・セラヴィ」にいるのではないかというような錯覚に陥った。
ここを訪れる度に「ここはどこなのか、時代はいつなのか」と、時空がねじれているような不思議な感覚を覚える。
あの細いブリッジが、異世界への入り口になっているのかもしれないなんて思いながら。

シュルレアリスム関係の書物が集められた書棚のあるコーナー。一段高いフロアの正面には金子國義の「花咲く乙女たち」の絵。その絵とガラス扉の書棚の本は非売品だが、眺めているだけでも感動。 写真:LIBRAIRIE6

<関連情報>

□シス書店
https://librairie6.com

□野中ユリ
https://librairie6.com/?p=867

□岡上淑子
https://librairie6.com/?p=861

□巌谷國士
https://librairie6.com/?p=921

□勝本みつる
http://mitsurukatsumoto.com/news/2020/04/20200419.html

□まりの・るうにい
https://librairie6.com/?p=984

□Tender Buttons by Gertrude Stein
https://jacket2.org/article/making-tender-buttons
https://poets.org/poem/tender-buttons-objects

□Tender Buttons
https://www.newyorker.com/culture/on-and-off-the-avenue/tender-buttons-a-one-of-a-kind-new-york-institution-closes-shop
http://tenderbuttons-nyc.com

□study in green/mitsuru Katsumoto
http://www.keibunsha-books.com/shopdetail/004008000001/

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2020/05/01

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