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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第11回:まもるに値するもの

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


長田弘が書いたアメリカを巡るロード・エッセイ集『アメリカの61の風景』の中に「まもるに値する99のもの」という文章があり、『LIFE』誌が1989年10月号で特集した 「101 things worth saving」 から99のリストを紹介している。

「アメリカの61の風景」表紙
写真:筆者提供

どうして101から99になったのかは謎だが、紙のストロー/手動式タイプライター/現金/配達される朝の牛乳/ダイアル式の電話/落ち葉焚き/電話の交換手/ジュークボックス/木製のバット/トロリーバス/フィルターなしの煙草/LPレコードなどなどが列挙されている。
アメリカの生活を支えてきた平凡で大切なもの、すでに無くなってしまったもの、まだかろうじて存在するもの、やがては消えるかもしれない危機にあるものばかりだ。

カバード・ブリッジやロードサイド・ダイナーなどオールドファッションアメリカへのノスタルジアと思えるようなものあるが、魅力溢れる言葉のラインナップはまるで詩を読んでいるような気持ちになる。
私が最も共感したのはIndipendent Bookstore(個人の本屋)やSingle Screen Movie Theatre (独立した一軒の映画館)。これは日本でいうミニシアターだろう。

青山にある「ユトレヒト」というアートブック書店は、私にとってIndipendent Bookstoreの代名詞のような店。ミニシアターだったら、渋谷の「アップリンク」がその筆頭だ。

ユトレヒトは2002年にインターネット書店としてスタート、私が足繁く通うようになったのは、表参道の古いビルの2階に移った頃からだ。
そこにはインディペンデントな出版物やZINEが並び、ずいぶん前に訪れたニューヨークの「Printed Matter」をもっとスッキリさせたような印象。
ベランダに廃材で小さな小屋が建てられていて、そこでのユニークな展示が見られるもの魅力の一つだった。
「100日で100脚の椅子100通りの方法で」という作品で有名なデザイナー、マルティーノ・ガンパーとロンドンのデザイン・チーム「Abake(アバケ)」主催の「トータル・トラットリア」という特別な食事会もここで催された。
それは、調理する、食べる、もてなす、会話をするという行為自体をアート作品に仕立てたもので、その様子が収録されたブックレットも展示されていた。
スイスの「Nieves(ニーブス)」、ロンドンの「Hato Press(ハトプレス)」、同じくロンドンのAbakeの出版社「Dent-De-Leone(ダンデリオン)」などのIndipendent出版社の本があるのも嬉しい。

ちなみに、ユトレヒトはZINEやアートブックの祭典「TOKYO ART BOOK FAIR」の共同主宰者でもあり、ここではいつも“ワクワクするような何か”と出会える。

2014年に表参道から国連大学の裏手の住宅街に移ってからも、印象深い展覧会がたくさん催された。
階段を登って入ってすぐの小さなスペースがギャラリーになっていて、さまざまなアーティストがここで展示を行ってきた。
たった3m四方くらいの場が、思いもよらぬ視点のアートによって特別な空間に変貌する。

印象深いのはグセアルスの「グセとアルスの絵画展」と「REINCARNATION」、井上庸子の「紙のバターPAPER BUTTER」、最近では横尾香央留の「ブックエコー」。

横尾香央留は、破れやほつれ、虫食いなどの穴を糸や布、編み物で「お直し」をする作家だ。彼女はオノ・ヨーコのメンド・ピースとはまた違う、身につけていた人の時間や内面までを「繕う」。

横尾香央留の「ブックエコー」展
写真:高橋マナミ
横尾香央留の「ブックエコー」展
写真:高橋マナミ
横尾香央留の「ブックエコー」展
写真:高橋マナミ
横尾香央留の「ブックエコー」展
『Pulmo Marina』
https://utrecht.jp/collections/dent-de-leone/products/pulmo-marina-aurelien-froment
写真:ユトレヒト

「ブックエコー」の展示は、手元に溢れるほどに集まったエコバックを利用してアートブックのためのバックをつくるというもの。
オレリアン・フロマンのくらげの物語『Pulmo Marina』のエコバックは本そのままの青で、そこに黄色いモヘア毛糸のくらげがふわふわと漂っている。

マックス・ラムの『My Grandfather’s Tree』はヨークシャーに住むラムの祖父の家のそばにそびえるトネリコの巨木を切り倒す物語だ。それを131個の丸太に切り分けていくと……という不思議で魅力的な本だ。

『My Grandfather’s Tree』表紙
『My Grandfather’s Tree』
https://utrecht.jp/collections/dent-de-leone/products/my-grandfather-s-tree-max-lamb
写真:ユトレヒト

その本のためのエコバッグは切り株が重なり、そこからなんと枝も伸びている! この展覧会は開催中に中止を余儀なくされたので、今年6月にまた新しい作品も加えて再開される予定だという。

昨年は、グラフィック・デザイナーでアートディレクターの井上庸子による「紙のバター PAPER BUTTER」展が開催された。

井上庸子「紙のバター PAPER BUTTER」展
写真:森本美絵
井上庸子「紙のバター PAPER BUTTER」展
写真:森本美絵
井上庸子「紙のバター PAPER BUTTER」展
写真:井上庸子

少しの温度でかたちが変容していく柔らかくて硬いもの。銀紙で包まれたほのかに黄色い塊。これを紙で表現するなんて。

マットな質感、色、紙を選ぶ目の確かさが際立っていて、あまりの美しさに息をのむ。この紙の造形の美しさに並ぶのは、トーマス・デマンドくらいかもしれない。

さまざまなかたちのバターにはすべてモデルがあり、カルピスの「特選バター」、「LE BEURRE BOUDIE」、「切れてる雪印北海道バター」などなど。バターを包む銀紙、そこに押されたエンボス加工は触ってみたくなる完成度だ。
彼女は「上・中・下」(井上庸子/中村至男/山下ともこの3名からなる)という名のグラフィック・デザイナーの出店グループを結成し、2010年から 「TOKYO ART BOOK FAIR」 に参加してそれぞれの作風のZINEを持ち寄っている。彼女がそこで発表するのはBOXという紙箱入りのZINEのシリーズ。これも類を見ない作風だ。

I’d like a place with a view of trees
『I’d like a place with a view of trees』
箱を開けると16のさまざまな家が描かれた16枚のシートが納められている。右下の数字は、その絵の元になった家の写真があった本のページ数だそうだ。 写真:井上庸子
I’d like a place with a view of trees
写真:井上庸子
I’d like a place with a view of trees
写真:井上庸子

グセアルスは村橋貴博と岩瀬敬美のアートユニットで、絵画や彫刻など多岐にわたる表現をしているが、まずそのアートブックに魅せられた。

『guse are FRAGMENTS』
『guse are FRAGMENTS』
2017年から毎年一冊づつ出版されている。川辺や海岸に漂着した陶片コレクションを集めたもの。 写真:村橋貴博
『guse are FRAGMENTS』内の写真
写真:村橋貴博
『guse are FRAGMENTS』内の写真
写真:村橋貴博

展示ではユトレヒトを一つの美術館に見立てた「グセとアルスの絵画展」の発想が凄かった。

グセとアルスの絵画展
写真:村橋貴博
グセとアルスの絵画展
写真:村橋貴博
「グセとアルスの絵画展」案内図
「グセとアルスの絵画展」開催時は、T. GUSE とS. ARSという架空の二人の画家の展覧会がユトレヒト美術館で開かれているという設定で案内図が用意され、順路、ミュージアム・ショップ、音声ガイド、監視員席まで設定された。そのコンセプト自体がアートだった。 写真:岩瀬敬美
グセとアルスの絵画展
写真:村橋貴博

二人の活動の中心とも思えるものに河川敷や海岸に流れ着いた陶片の収集があるが、その摩滅した模様の欠片を核として拡がるパターン「washed pattern」の表現はアートとデザインの積集合のような様相を示していて面白い。
「REINCARNATION」はそれをさまざまに展開したものだ。

REINCARNATION
写真:村橋貴博
REINCARNATION
写真:村橋貴博

もし、私が「まもるに値するもの」リストを作成するなら、ユトレヒトはマストで入る書店だ。

冒頭に書いた『LIFE』誌の101のリストの記事には作家エドワード・ホーグランドによる「A world worth saving」というエッセイも掲載されていて、消滅しつつあるモノに言及しながらこれらの存続を危うくしているのは、スピード、欲望、最新のテクノロジーを優先するライフスタイルがもたらした世の中の変化、または都市化とスタンダード化だと彼は書いている。

長田弘はこう書く。
「あるモノが無くなるというのは、モノがただ無くなるというだけのことではない。そのモノを言いあらわす言葉が無くなることであり、その言葉が無くなることは、その言葉にあらわされる人生の背景が無くなってしまうことだ、モノには、そのモノが喚起する記憶がいっぱい詰まっている。とりかえのきかない経験の容れ物が、記憶だ。」(『アメリカの61の風景』収録の「まもるに値する99のもの」の冒頭より引用)

今、世界が遭遇しているのは想像を絶するパンデミックだ。
今はあるけれど、「まもるに値するもの」=個人経営の書店やギャラリー、ミニシアターなどを存続させるために、手をこまねいている場合ではない。
オンラインの消費はその一つの方法かもしれない。無駄使いされてきた進化したテクノロジーを、今こそ生かす時ではないかと思う。


<関連情報>

□「アメリカの61の風景」長田弘 
https://www.msz.co.jp/book/detail/07100.html

□ユトレヒト
https://utrecht.jp

□Printed matter,Inc
https://www.printedmatter.org
http://www.newyorker.co.jp/magazine/archive/5951/

□Martino Gamper
『100 Chairs in 100 Days and its 100 Ways』

https://utrecht.jp/collections/dent-de-leone/products/100-chairs-in-100-days-and-its-100-ways-4th-edition-martino-gamper

Arnoldino Stool
https://utrecht.jp/collections/グッズ-goods/products/arnoldino-stool-orange
https://martinosshop.bigcartel.com

□TOKYO ART BOOK FAIR
https://tokyoartbookfair.com

□Yoko Ono Mend Piece
https://renniemuseum.org/exhibitions/yoko-ono-mend-piece/

□横尾香央留 ブックエコー
hhttps://utrecht.jp/blogs/news/横尾香央留-ブックエコー

□横尾香央留の本

『プレゼント』
https://utrecht.jp/collections/all/products/present-kaoruyokoo

『変体』
https://utrecht.jp/collections/all/products/hentai-kaoruyokoo

『お直しとか』
https://magazineworld.jp/books/paper/2503/

『お直し とか カルストゥラ』
http://www.seigensha.com/sp/onaoshitoka/s

□井上庸子
http://www.inoueyoko.com

□トーマス・デマンド
http://www.thomasdemand.info

□トーマス・デマンドの作品集
『THE COMPLETE PAPERS Thomas Demand』
https://post-books.shop/items/5caeeef54da8526509697943

□グセアルス
http://guse-ars.com/about.html

□Dent-De-Leone
https://www.dentdeleone.com
https://utrecht.jp/collections/dent-de-leone

□オンライン映画館「アップリンク・クラウド」
https://www.uplink.co.jp/news/2020/53429
※アップリンクの映画60本見放題
アップリンク・クラウド 3ヵ月間2980円(税込)が展開中
https://www.uplink.co.jp/cloud/features/2311/

□ミニシアター・エイド基金
https://motion-gallery.net/projects/minitheateraid

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2020/04/15

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