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ホンマタカシ 東京と私 TOKYO AND ME (intimate)

Vol.20 坂本慎太郎(ミュージシャン)
PLACE/国分寺(国分寺市)

写真:ホンマタカシ 文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

国分寺の風景
国分寺の風景
坂本慎太郎さん
坂本慎太郎さん
国分寺の風景
国分寺の風景
国分寺の風景
国分寺の風景
国分寺の風景
国分寺の風景

Sounds of Tokyo 20.(Afternoon at "Honyarado")


小さい頃から一人で絵を描いたり工作をするのが好きな子どもでした。親の仕事の都合で2年ごとに転勤をしていて、家はだいたい社宅だったんです。
小学校の2年から3年にかけては西東京の武蔵小金井に住んでいたんですけど、東京といっても郊外だったから、雑木林があって夏にはよく昆虫採集に行っていましたね。だから、東京に住んでいるという意識はほとんど無かった。

自分で最初に買ったレコードは、ゴダイゴの「MONKEY MAGIC(西遊記)」。テレビの歌番組が好きで「ザ・ベストテン」は毎週観ていました。
ギターをはじめたのは福岡に住んでいた中学生の時。福岡では洋楽を聴いている友達がいて、頻繁にレコード屋に行きはじめたのもこの頃です。住んでいたのは天神に自転車で行けるくらいの場所だったけど、福岡はさすが都会だなあと思ったのを覚えています。同級生と「いつかバンドを組もう」と話していたけど、また引越しちゃって。
長野の松本に住んでいた高校生の時は文化祭バンドをやっていて、曲は持ち寄りで僕はレッド・ツェッペリン、ほかのメンバーはカシオペアみたいな感じでしたね。

東京にきて最初に住んだ街は、一浪時代の池袋。家賃1万5千円、トイレと洗面所は共同、風呂無し、日当たりゼロというところでした。美術大学の予備校に一年通って多摩美術大学のグラフィックデザイン科に入ってからは、バンドもやりたかったから「都心に近い方がいいな」ということで、国分寺に住みはじめました。学校が八王子の外れにあったので、そこと都心の中間、みたいなイメージだったんです。

グラフィックデザイン科に入った理由は、絵を描きたかったから。絵画学科は“昔ながらの油絵”みたいなイメージがあって、グラフィックデザイン科の方がかっこいいんじゃないかと思ってそっちにしたんですけど……実際に入ってみたら写植とかレタリングの授業ばかりで、しかも友達もできなくて。普通に絵画学科に入ったほうが自分にとっては良かったんじゃないかと思いましたね(笑)。

それで……大学時代に、「いつかバンドを組もう」と話していた中学時代の友達と大学の友達二人と一緒に「ゆらゆら帝国」を結成したんです。ギターのやつが高円寺、ベースが笹塚、ドラムが中央線の豊田で暮らしていたので、当時は間をとって吉祥寺のスタジオで練習をしていました。

国分寺に住みはじめたのは、今みたいに駅ビルも「丸井」も無くて、駅が木造平屋みたいな小さな駅舎だった頃。最近行ったのは5年前くらいだけど、特に北口駅前は区画整理されて違う街みたいになっていてびっくりしました。
なんというか……昔はロックっぽい文化の残り香があるような街で、長閑なんだけど古着屋、古本屋、古道具屋がたくさんあって、ちょっと雰囲気が良かったんですよ。

家は南口の武蔵小金井寄りの場所にありました。「珍屋めずらしや」というレコード屋にはしょっちゅう行っていて、シンガーソングライターの中山ラビさんがやっていた喫茶店「ほんやら洞」も5年前に行った時はまだありましたね。アンティークショップや古着屋が半地下に並んでいる「国分寺マンション」という古いマンションも。

昔、あの辺りは中央線カルチャーというか今でいうサブカルっぽいイメージが強くて、そういう「中央線ロック」みたいなイメージで自分のバンドが見られるのは嫌だなあと思っていた時期もありました。でも、個人的には世田谷や渋谷、東京の東側とか、なじみのない街と比べると独自の文化があって居心地の良さも感じていましたね。

東京に住んでいても行動範囲は限られていて、いまだに行ったことがない街もたくさんあるし、憧れて上京してきたわけでもない。自分にとって東京は、「ただ住んでいる場所」という感じで。

結局、国分寺には隣り街を含めて20年近く住んでいましたが、自分でアパートを借りて一人暮らしをはじめた頃の記憶は今も鮮明に残っています。

コロナ禍以降は予定していたことが出来なくなることが多くて、去年はよく散歩した一年でした。行ったことのない街を歩いているうちに、「暗渠あんきょ(地下を通る水路)」を探すのにハマっちゃって。それまでは全然そういうものを意識していなかったんだけど、細い道を選びながら歩いていたら、たまたまそこが暗渠だったことに気づいて。
散歩から帰ったら地図でさっきまで歩いていた暗渠を復習したり、マニアの人が書いているサイトを読んで調べだしたら、さらに面白くなっちゃった。それからは、地図を見て暗渠っぽい道を見つけたらそこに行ってみたり、「ほぼ暗渠の上だけを歩いて帰ってこられるルート」を家の西側と東側に開拓したりして。
ただそこを歩いているだけなんですけど、普段歩いている道の下に川が流れていると思うとなんか面白いなあと。

建物が新しくなるとそこに昔何があったかわからなくなっちゃうんだけど、坂道や地形は変わらないですよね。だからなのか、国分寺から小金井にかけての坂道を歩くと、武蔵小金井に住んでいた子どもの頃、そこで遊んでいたことを思い出すんです。

今この時代に音楽をやることの意味、ですか? 僕の普段の生活と音楽を切り離して考えることは出来ないんですけど、今は歌詞のある音楽をつくるのは難しいなと思っています。世の中的に少しセンチメンタルなムードになっている気がするけど、元気が出るような楽しいことを歌っていればいいのかというと、それはちょっと違う気がするし。

そんなことを含めて、「全部超越したもの」がかっこいいと思っています。でも、最近も曲をずっと考えているけど自分のハードルを超えるものはまだつくれていないかな。“パカッ”と突き抜けた音楽をつくることができたらいいなと思っています。


坂本慎太郎 Shintaro Sakamoto

1967年大阪生まれ。1989年、ロックバンド「ゆらゆら帝国」のボーカル&ギターとして活動をはじめる。2010年に解散後、2011年に自身のレーベル「zelone records」にてソロ活動をスタート。今までに3枚のソロ・アルバム、1枚のシングル、9枚の7inch vinylを発表。2017年、ドイツのケルンでライブ活動を再開、以降国内外でライブを行う。様々なアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供他、活動は多岐にわたる。

HP:http://zelonerecords.com
Twitter:@zelonerecords
Facebook:@zelonerecords
Instagram:@zelone_records

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2021/09/30

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