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家族写真にうつるもの/前編

連載「令和・かぞくの肖像」がスタートして、この11月でちょうど2年。
書き手である作家・エッセイストの大平一枝さん、撮り手である写真家の笠井爾示さんと一緒に改めて本連載がスタートした背景やこれまでの取材を振り返りながら、
「家族とは何か?」ということについて話をしました。
前編・後編、二日間に分けてお届けします。

写真/笠井爾示  聞き手・文/落合真林子(OIL MAGAZINE 編集長 / CLASKA)

Profile
笠井爾示 Chikashi Kasai

写真家。1970年生まれ。1995年に初の個展『Tokyo Dance』を開催。以降、音楽、ファッション、カルチャー誌などエディトリアルの分野で活躍。これまで出版された作品集は『波珠』、『Karte』、『東京の恋人』、『トーキョーダイアリー』など。来年(2022年)1月25日に新作写真集『Stuttgart(シュトゥットガルト)』を発表予定。それに伴った写真展「天使が踊る場所で」が、2021年11月6日〜11月14日にかけて国分寺「天使館」で開催中。
展示の詳細はこちら https://yf-vg.com/news.html
Instagram:@kasai_chikashi_

Profile
大平一枝 Kazue Odaira

作家、エッセイスト。長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各紙誌に執筆。著書に『東京の台所』、『男と女の台所』、『届かなかった手紙』、『あの人の宝物』ほか多数。新刊『ただしい暮らし、なんてなかった。』が2021年12月1日発売予定。
Instagram:@oodaira1027


連載「令和・かぞくの肖像」について

現代に生きる4組の家族の生活を定期的に取材するドキュメンタリー企画。それぞれの家族が、それぞれのスピードで歩んでいく様子を綴った記事を毎月1回更新しています。

https://oil-magazine.claska.com/family/


今回おふたりに集まっていただいたのは、連載「令和・かぞくの肖像」がスタートしてこの11月でちょうど2年になることを受けて、そもそもこの連載はどういうきっかけではじまったのか、制作側の我々がどんな思いで取材をしているのか、といったことを一度みんなで一緒に振りかえってみたいなと思ったからなんです。

大平さん(※以下敬称略):
読者の方にそういうことをお伝えする機会って、なかなか無いですものね。

はい。既に読んでくださっている方にとっては“裏話”的な感じで楽しんでいただけると思いますし、まだの方はこの記事をきっかけに是非、と思います。テーマは「家族写真」にしたいと思っているのですがそれには理由があって、実は笠井さんが来年(2022年)年明けに新しい写真集『Stuttgart(シュトゥットガルト)』(bookshop M)を発表されることになったんですよね。

笠井さん(※以下敬称略):
はい。1月25日に。

その写真集は笠井さんのお母さまである笠井久子さんが主な被写体になっているとお伺いして、家族連載と写真集を関連づけるつもりは決してないんですけども、このタイミングで「家族写真」あるいは「家族と写真」ということについて三人で話をしたら面白いんじゃないかと思ったんです。では、前置きはこれくらいにして……どうぞよろしくお願いします。

笠井・大平:
よろしくお願いします。

そこに「憧れ」は無くてもいい

「OIL MAGAZINE」を創刊する時、「家」や「家族」あるいは「暮らし」をテーマにした連載は絶対に入れたいなと思っていました。CLASKA が生活まわりのものを扱う会社であることも大きな理由ですが、私個人としても関心のあるテーマだったからです。その中でテーマを家族に絞り、誰と一緒につくっていこうかと考えた時に真っ先に頭に浮かんだのが大平さんでした。最初は、かなり漠然とした感じでご相談しましたよね。

大平:
「家族をテーマにした記事をつくりたいと思っています」というところからね。

個人的な話になりますけども、以前出版社に勤務していた時、担当していた媒体でいわゆる「ライフスタイル記事」をつくる機会が沢山あったんです。当時大平さんとも何度かご一緒させて頂きましたが、ライフスタイル取材というのは基本一期一会で、はじめて会った人の家を取材・撮影して、暮らしや人生にまつわる話を短い時は小一時間伺って、誤解を恐れずにいえば“キャッチーな部分を切り取って”記事にまとめるという作業じゃないですか。そういう記事の需要は変わらず高いのかなと思いつつも、せっかくやるなら何か新鮮なテーマや切り口で「家族とは何か」ということを追求できる物にしたいと思っていました。

大平:
最初は、毎回異なった家族を取材して色々な家族のかたちを紹介していくという案も出たけど、それじゃあこれまでとかわり映えしないねということで、「複数かつ特定の家族を定期的に追いかけていくのはどうかな?」という提案をさせて頂いたんです。紙の雑誌だと過去の記事に遡るのが大変だけど、WEBだったらクリックするだけでそれが可能になる。そういうWEB特有の時間軸にみたいなものを生かせるのかな、と思って。

最初は正直ピンとこなかったんです。そういう取材の仕方をしたことが無かったし、そんなこと可能なのかな? と。でも、「複数の連続ドキュメンタリーが同時に進んでいくイメージかな」と自分なりに消化をして。

大平:
取材対象者に関しては、いわゆる「一般の家族」で協力していただける方を探そう、と。言い方が難しいけれど、できるだけ「普通の家族」に出て頂きたい……。そういう気持ちで探した4組の家族にご協力頂いています。
家族写真
蛭海家の場合 Vol.1「いるけどいない、いないけどいる」より。右から蛭海たづ子さん、青さん、瑛さん、舜さん
家族写真
須賀・笹木家の場合 Vol.1「誰も入れぬ固いもので結ばれた、孫と祖母の物語」より。右から須賀澄江さん、笹木千尋さん
家族写真
サルボ家の場合 Vol.1「家族だけど母じゃないという時間がもたらしたもの」より。右からサルボ・レイラさん、サルボ恭子さん、サルボ・セルジュさん、サルボ・ミカエルさん
家族写真
中津・K家の場合 Vol.2「人はみな最後はひとり。だからこそ交わした、ある契約」より。右から中津圭博さん、Kさん

一般的に、ライフスタイル記事には“憧れ”という要素が入っていることが多いのですが、この連載に関してはその要素は必須ではないと思いました。例えば家の中も別におしゃれでフォトジェニックである必要はない。それぞれの家族の「その時」をそのまま伝えて行けたらと考えました。では写真は誰に? という話になった時に、真っ先に笠井さんの顔が思い浮かんで。

大平:
そうでしたね。これはちょっとした裏話になりますけど、私たち3人は昔ある雑誌連載記事を一緒につくっていたことがあったんです。日本各地でものづくりをしている職人の元を訪ねる内容だったのですが、その連載を通じて笠井さんの撮影スタイルに衝撃を受けて。
笠井:
え、そうなんですか(笑)。どういうところに?
大平:
「ここはちょっと絵にならないんじゃないかな?」という環境や状況でもバシバシ撮っちゃう。例えばちょっと暗かったり、決して“素敵な雰囲気”ではないところでも躊躇なく撮って、それが凄く良い写真だったりして。私も、笠井さんならこの家族連載が必要とする写真を撮ってくださるのではと思いました。

書く人・撮る人、委ねる覚悟

もともと私の中で、笠井さんはアイドルや女優のグラビアや音楽雑誌の人物写真をたくさん撮られている方、という印象が強かったんです。先ほど大平さんがおっしゃったように、雑誌の連載でご一緒したことをきっかけに「自分が求める写真を、笠井さんならば撮ってくださるのでは」と考えるようになったのですが、「家族」というキーワードと笠井爾示という写真家が結び付かなかったことも事実で。もしかしたらこのテーマに魅力を感じてくれないのでは、という不安もありました。どうでしたか? 実際のところ。

笠井:
逆説的な話になってしまうのですが、僕自身は「家族」というものをあまり大きなテーマとして捉えていないんですよ。写真を撮る上では被写体が家族であろうが他の何であろうが変わらなくて、「家族を撮るからこうする」というようなことはないんです。
大平:
なるほどね。
笠井:
僕は常に写真を通じて“発見”をしたくて、写真を撮るということはイコール「探して発見する行為」だと思っているところがあるから、“家族だから”とか、ある種のカテゴリや枠の中にはめたくないんですよね。

あくまで「被写体」という大きな枠の中にあるもの、ということでしょうか。

笠井:
そうです。そうすることで僕は今までこの連載に登場してくれている家族を撮れたし、それが一つの表現として成立しているのかな、と思います。だから、家族というものをあまり大きなテーマとして捉えていないというのは、どっちかっていうと前向きな話なんですよ。
家族写真
花
蛭海家の場合 Vol.2「コロナで没む人、上がる人」より
家族写真
家族写真
サルボ家の場合 Vol.2「人はすべてをわかりあえないと知っている人の強さ」より

「令和・かぞくの肖像」という連載は、「取材してみないとわからない」という側面がものすごくありますよね。今は4組の家族をそれぞれ約5ヶ月ごとに取材させて頂いていますけど、ものすごい事件が起こっているかもしれないし、記事になるような変化が皆無かもしれない。

大平:
そうなんですよね。

当初、そこが少し不安だったりもしたのですが、もしも「ここ数か月、うちの家族には何も起こりませんでした」と言われても、それはそれで受け止めて記事をつくっていけばいいし、これはちょっとずるい考えかもしれませんけど、そうなっても、大平さんの筆力と笠井さんの写真の力でどうにかかたちになるはず! という気持ちで走り出したところがありました。

大平:
私としてもこれまでにやったことがない取材のスタイルだったから、そこは不安でしたね。これは今となっては笑い話ですけど、須賀澄江さんと笹木千尋さんを最初に取材した時に、「今後、何か新しい展開はあるだろうか?」と少し考えてしまいましたから。でも、そんな心配は杞憂に終わったと言っていいくらい、それぞれの家族、皆の人生がお会いする度に驚くほど動いていて。これは、須賀さんたちに限らず他の家族にも言えることですね。
笠井:
それは本当にそうですね。

人の人生って、こんなにも変化するものなのかと。

大平:
この連載の取材をするようになって、大きな発見があったんです。基本的に取材って、料理に例えるとあらかじめある程度食材を決めて臨むようなところがあるんですけど、この連載の場合はそれをしても意味がない。「今日はどんな食材がありますか?」って身を預ける感じなんです。ある意味、笠井さんの撮影スタンスと似ているのかもしれません。こういう取材のあり方を、この年齢になって学ばせていただけたのは良かったなって思います。今までいかに予定調和な取材をしていたのかということを実感しましたから。

笠井さんは、先ほど「家族を撮る」ということを意識しないとおっしゃっていましたが、気持ちの部分とは別にこの連載ならではの“撮り方”はあったりしますか?

笠井:
この連載やっていく上で意識していることが二つあるんですけど、一つは「あまり時間かけない」ということです。なるべく簡潔に、サクッと撮る。
大平:
それはなぜですか?
笠井:
例えばグラビアのように、被写体をどんどん追い込んでいくことで熟していくものもあります。でもこの連載はグラビアではないし、被写体になる方々も撮られ慣れている方たちじゃないし、短く簡潔な撮影にしたほうがいいと思うんです。あと、簡潔な撮影でちゃんと写真が仕上がっているっていうのがプロだと思っているから。

そのスタイルが功を奏しているのか、初回の撮影ではカメラを意識して照れた素振りを見せる方もいらっしゃいましたけど、今はそんなこともなくて。

笠井:
あと一つ意識しているのは、いわゆる「撮れ高」をイメージすること。例えば紙の雑誌だと掲載ページ数が予め決まっていることがほとんどですが、この連載はウェブだから、そのあたりは自由というかある意味制限が無いですよね。でもなんとなく自分の中で“最低4枚はあった方がいいな”という感覚があるから、取材中にすごく考えながら撮っています。極めて現実的な作業ですけど、それは常に意識していますね。
家族写真
須賀・笹木家の場合 Vol.2「夫を亡くして百ヶ日。『日が暮れると寂しいの』」より
家族写真
中津・K家の場合 Vol.1「笑った分だけ親身になれる、ふたりの10年」より

撮影後に笠井さんがセレクトした写真を納品してくださって、私が配置の順番などを考えてレイアウトを組んでいくという流れで記事の制作をしていますが、私としてはやはりどこか大平さんの原稿とのリンクというか「起承転結」を意識して写真の並びを考えているところがあるんですね。笠井さんは、写真のセレクトをする時に起承転結を意識していますか?

笠井:
あまりそれは考えていないですね。文章もきっとそうだと思うんですけど、写真って限りなく自由なものだと思っていて。例えば目の前に一枚の写真があって、それだけが単体であったら「これなんなの?」という話になっちゃうけど、その写真のために文章があって、それを読んだ後に写真を見ると「意味」が出てくるじゃないですか。その意味を僕自身がつくることはしたくないな、という意識はありますよね。それは写真を見る人がつくるものだと思うから。
大平:
その話でいうと、この連載では写真にキャプション(写真に対する説明文)をつけていないんですよね。

そうなんです。連載スタート時、笠井さんにレイアウトのご相談をした時に「いらないんじゃない?」とアドバイスを頂いて。これまで自分がつくってきた雑誌の記事では写真にキャプションをつけることはほぼマストだったので、そんなこと考えもしませんでした。でも確かに、記事の受け止め方は人それぞれであるのと同様写真の受け止め方も人によって違うだろうから、こっちで決める必要は無いよね、と。そこは読者の方に委ねるかたちにしてみようと。

大平:
「委ねる」ね。それは私もそうですね。普段は話を聞きながら起承転結をイメージして、「どこを結びにしようかな」「結びになるフレーズはなんだろう」などと考えながら質問をしていくのですが、「この取材は、“結”がなくてもいいんだ」という気づきが連載スタートから割と早い段階であって。だって考えてみたら、人の人生なんだから、たかが2、3時間の取材で結論なんか絶対書けるわけないんですよ(笑)。だから私、今までたった一度の取材でどれだけの人の人生を勝手に結論付けてきたのかって反省しました。

なるほど(笑)。

大平:
「この連載の記事は“まとめ”をしない」と決めてからは、さらに面白くなってきました。取材している家族の中でも蛭海さん一家の、特に舜君の人生なんて迷いの連続で、会う度にめちゃくちゃ揺れているじゃないですか。でもそれは当然ですよね。先日二十歳になったばかりなんだから。これまで取材における効率を重視しているところがありましたけど、時間を惜しまなくなりましたね。聞いたら聞いただけ絶対深い記事になり、また新鮮な展開が生まれるということを、この連載の取材であらためて気づかせてもらいました。

写真の中にうつるもの

今回おふたりに是非伺ってみたいと思っていたのですが、これまで笠井さんが撮ってくださった写真の中で特に印象的なもの、記憶に残っている写真はありますか?

笠井:
印象的ね……。どれかなぁ。
大平:
私、先に言ってもいいですか? まだ取材してから日が経っていなくて気持ちがフレッシュというのもあるんだけど、澄江さんと千尋さんのこのツーショットが神々しいというか、本当に綺麗だなと思って。記事を読んだことがない方に向けて簡単に説明すると、千尋さんは澄江さんの孫で、千尋さんのお母さん(澄江さんの長女にあたる)は、千尋さんが中学生の時に鬱病で亡くなっているんですね。千尋さんは澄江さんの間には“固い”という言葉だけでは言い表せないくらいの強い絆があって、でもそれは同時に千尋さんの身動きのとりにくさの一つの原因にもなっていて。でも、この取材の時にお母さんという幻影から千尋さんが自立したということが分かったんですよね。そういう背景もあったのか、もともと綺麗な人だけどこの日はより綺麗で。おばあちゃんの澄江さんも。
家族写真
須賀・笹木家の場合 Vol.6「祖母と孫の別離、生まれた新しい夢」より。
「これからは若い人中心で、がんばんなさい。もうおばあちゃんは大丈夫だから。十分感謝しているから」。千葉への移住を決めた孫の千尋さんに、澄江さんが掛けた言葉。大平さんは、孫の背中を推す精一杯の愛に胸がいっぱいになったという。

笠井さんはどうですか?

笠井:
僕もね、実は千尋さんの写真なんですよ。この写真。
家族写真
須賀・笹木家の場合 Vol.6「須賀・笹木家の場合 Vol.4「母を亡くした姉妹。とけた誤解と今後の夢」より

ああ、この写真! 私もすごく印象に残っています。

笠井:
なんでこれを選んだかというと、千尋さんって話している内容も含めていつも緊張感がある方だなと思っていたんです。この日ははじめて3姉妹で撮影したんですけど、「あ、こんなに笑うんだ」って驚くくらい、ものすごい笑顔だったんですよ。セレクトする時に「一番の笑顔を選ぼう」って思ったんですよね。
大平:
良い写真だなぁ。

この連載で追求したいのは、「家族とは何か?」ということです。血が繋がっているから家族なのか。結婚をしているから家族なのか。例えば、4組の家族のうちの一つ、中津圭博さんとパートナーのKさんは同性のカップルで、婚姻関係を結んではいないけどとても深い絆で結ばれていますよね。

大平:
Kさんに「家族とは何か?」という問いを投げかけた時に、彼が言ったんですよ。「やりたいように生きることを認め合う。盲目とまでは言わないけれど、利害なくなんでも話せる関係の人のことを言うんじゃないでしょうか」って。実にシンプルで本質に近い言葉だな、とすごく印象に残っています。
家族写真
中津・K家の場合 Vol.4「コロナで人生が大きく方向転換」より

今回の記事のテーマでもある「家族写真」というものについて、笠井さんにもう少し突っ込んでお伺いしたいと思います。以前Twitterで「家族連載の人物写真は、いつもとは違う撮影手法で撮っている」と呟かれていて気になっていたんですけど、普段笠井さんが撮っている人物写真と、この連載で撮ってくださっている写真の違いってなんですか?

大平:
あ、それ聞きたい。
笠井:
ちょっと気難しい話にはなっちゃうんですけど……。「ポートレート」って、いわば人物写真ですよね。だから人物が写っていれば何でもポートレートといえる、というのは僕も認識しているんですけど、いわゆる写真表現として考える時に「そんな簡単なものじゃないよな」という意識も同時にあるんです。
大平:
なるほど。
笠井:
だから僕、自分が撮った人物写真を「これはポートレートです」って言ったことないんですよ。例えば『東京の恋人』(2017年発表の写真集。玄光社刊)にはたくさん人物写真を収録しているけど、どの写真もポートレートじゃない。ポートレートを撮ることを今まで避けてきたところすらあります。

なるほど。でもこの連載は、タイトルに「肖像(ポートレート)」という直球ストレートな言葉が。

笠井:
そうそう。だから、オファーを頂いた時に「ポートレートというものを意識して撮ろう」って思ったんですよ。それは僕にとってすごく良いことで。
大平:
笠井さんが考えるポートレートって、どんなものですか?
笠井:
写真の中で「その人」のことが伝わるもの、でしょうか。『東京の恋人』に収録している写真と家族連載の写真には大きな違いがあって、前者の写真に写っているのは被写体と僕の「関係性」なんですよ。もうどこまでも関係性を撮ってる。その人自身じゃなくて。

すごく分かりやすい。

笠井:
でも、家族連載の被写体と僕は「撮る・撮られる」の関係性にとどまっている。誤解を恐れずに言うと、いつも結構ドライな気持ちで撮影に臨んでいるんですね。そういう関係性がポートレイトを強くすると思うので。
大平:
ああ、わかるなぁ。ウェットな気持ちだったら、こういう写真は撮れない気がしますよね。
笠井:
例えば大平さんが被写体から引き出す言葉とかそれぞれの家族の背景とかエピソードに引っ張られすぎちゃうと、僕と被写体の間に「関係性」が生まれちゃうんですよね。そうすると、少なくとも僕の中ではポートレートが撮りづらくなっちゃうんです。
家族写真
サルボ家の場合 Vol.4「来日27年。彼が日本で学んだものは」より。
セルジュさん曰く、フランスには「思いやり」という言葉や概念がないそう。「だからフランスで過ごした時間と同じ歳月が過ぎた今、思うんです。日本に来てよかったなって。僕は日本で“思いやり”を学んだ。思いやりが、僕を大人にしてくれました」。その素晴らしさを行動で表し伝えたのは、間違いなく恭子さんだろう。
家族写真
家族写真
蛭海家の場合 Vol.5「いつも誰かが悩んでいる3人きょうだい。今日は誰が?」より

“関係性”がうつっちゃうわけですね。大平さんはこれまで沢山のライフスタイル記事に携わってきて、それこそたくさんの家族写真にも触れてきたと思うんですけど、これまで触れてきた写真とこの連載で笠井さんが撮る写真の違いって、何か感じますか?

大平:
どっちが良い・悪いの話ではないですけど、まず現場での撮影スタンスが全然違いますよね。私たちが撮ろうとしているのは、一瞬という時間も含めて生物(なまもの)みたいなものだから、あらかじめどう撮るかなんてわかるはずがなくて。そういうライブ感のある現場に丸腰で臨むやり方っていうのは、ひとつのルポルタージュですよね。なかなかできないタイプのルポルタージュをやらせてもらってるなっていうのは思います。笠井さんの撮り方を見ていて。
笠井:
あと、これは技術的な話になっちゃうけど、普段は広角気味のレンズを使っているのですが、この連載の取材では標準レンズを使っています。広角レンズに比べて標準レンズは画角が狭くなる。画角が狭くなるっていうことは、僕が被写体からちょっと離れなきゃいけなくなる。つまり、あまり入り込まないように撮っているということです。ちょっとした差なんだけど、自分の中では結構な違いがありますね。

家族をテーマにした連載なので、やろうと思ったらどこまでもエモーショナルに演出することもできますよね。取材を重ねてそれぞれの家族のみなさんとのコミュニケーションも深まっていく中で、どうしたって感情移入しちゃう部分もあるんですけど、なるべくそういった感情を記事に漂わせないようにしたほうがいいなと思っているんです。

大平:
そうですね。

私たちはあくまで「観察者」。記事を読んだ人の気持ちのコンディションによって響く部分は変わってくるはずだから、そのあたりの余白は残すことを心がけたいなと思っています。

家族写真
蛭海家の場合 Vol.4「夫が逝って3年。変わること変わらないこと。彼女の心の内」より。
夫を亡くして3年。まだ悲しみも癒えない中、いつも笑顔が素敵な蛭海たづ子さん。大平さんが投げかけた「どうやって自分を朗らかに保っているのですか?」という質問に、たづ子さんは「私が明るくのびのび、生き生きしていたら、人は“この人の旦那さんはどんな人かしら?”って思うかもしれない。そう思ってもらうことが彼への恩返しだと思っています」と答えた。大平さん曰く、どれほど亡くなったお連れ合いを今も愛しているか、痛いほどわかる一言である。

後編につづく

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2021/11/08

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