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五月の雪
写真/笠井爾示 文/大平一枝

Profile
笠井爾示 Chikashi Kasai

写真家。1970年生まれ。東京都出身。1995年に初の個展『Tokyo Dance』を開催。以降、音楽、ファッション、カルチャー誌などエディトリアルの分野で活躍。これまで出版された作品集は『dance double』、『波珠』、『Karte』、『東京の恋人』、『トーキョーダイアリー』など。OIL MAGAZINEでは、連載「令和・かぞくの肖像」の撮影を担当。
Instagram:@kasai_chikashi_

Profile
大平一枝 Kazue Odaira

作家、エッセイスト。長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各紙誌に執筆。著書に『東京の台所』、『男と女の台所』、『ジャンク・スタイル』、『届かなかった手紙』、『紙さまの話』、『あの人の宝物』ほか多数。OIL MAGAZINEにて「令和・かぞくの肖像」連載中。
Instagram:@oodaira1027


花
2020.4.11
花
2020.4.19
花
2020.4.20
花
2020.4.22
花
2020.4.26
花
2020.4.27

「別にコロナで時間できたから撮ってるわけじゃないんだ」と、その写真家は笑った。もう二十数年、毎日歩きながら、花や路地や石や空、いいなと思ったものをなんでも撮ってるんだよと。

 アスファルトの隙間に咲いたハルジオン。公園のガーベラ。落ちて雨に濡れた芍薬の花びら。街路樹の根本に咲いた名前の知らない野草。雨や台風の日も必ずカメラを持って出かける。彼にとって、それは日記のようなものだという。

 よく見ると、どこにでもある草花ばかりだ。だが、ぞくっとするほどうつくしい。
 糸のような白い花びらのハルジオンは、通称「貧乏草」。どこにでも繁殖して、耐性が強い。ハルジオンには悪いが、ありがたみが薄い花だ。
 なのに、写真で見るそれは可憐であり、妖艶でもある。すっくと立ち、「私を見て」と、まっすぐこちらに訴えてくる。ちょっと調べてみた。白い花びらは舌状花(ぜつじょうか)といい、中央の黄色が、筒状花(とうじょうか)。実は複数の花の集合体で、合弁花(ごうべんか)という種類に分類されるらしい。
 こんな小さな一本に、たくさんの花が身を寄せ合っているなんて、健気じゃないか。

 私はこの写真を見てから、ハルジオンの評価が変わった。貧乏草なんて呼んで悪かった。

 同じものを見ていても、見ているところが違う。うつくしくてきれいなものは、花屋や誰かの家の花壇や花瓶のほかにも、こんなにもたくさんあるのだ。世界中の日常のあちらこちらに。
 そう言うと、彼はまた笑って否定した。そんな大げさなもんじゃない。これは全部近所、家から半径二km以内だよ。

「通行人にぎょっとされるくらい、地面に這いつくばって、花のすごい近くで撮ってるから。きれいと言ってくれるなら、それは普通の人よりは一輪の花と付き合う時間が長いからかもしれないね」

 だれかには見えていて、自分に見えないもの。
 あなたには見えなくて、私には見えるもの。
 同じ風景なのに、私達の目は不思議だ。
 見ようと思うと見えて、見ようと思わないと永遠に見えない。

替えがたいものは、幸福のようなものだ。
世界はいつも、どこかで、
途方もない戦争をしている。
幸福は、途方もないものではない。
どれほど不完全なものにすぎなくとも、
人の感受性にとっての、大いなるものは、
すぐ目の前にある小さなもの、小さな存在だと思う。
幸福は、窓の外にもある。
樹の下にもある。
小さな庭にもある。ゼラニウム。
ペンタス。ユーリオプシス・デージー。
インパチェンス。フロックス・ドラモンディ。
目の前に咲きこぼれる、あざやかな
花々の名を、どれだけ知っているだろう?
何を知っているだろう?なんのたくらむところなく、
ひびをうつくしくしているものらについて。

「大いなる、小さなものについて」(長田弘著『世界はうつくしいと』みすず書房より)


 福島第一原発事故によって故郷が変わり果てる様子を見てきた詩人、長田弘は、すぐそばにある小さな命のうつくしさを、ひたすら見つめた。幸福は、特別なハレの日ではなく、なんでもない日々にこそ宿ると、綴り続けた。

 ステイホーム二ヶ月目を迎える地域もあるだろう。
 長田弘や、写真家 笠井爾示のような視線で近くの足もとを見つめたら、昨日まで見えなかった尊い輝きに気付けるかもしれない。

 ささやかでかけがえがなく、けれどもたしかに力強く私達の毎日を照らす希望の道。ここに掲げた花々は、その脇に佇む道標だ。

 東京に大雪が降ると、人々は珍しさに嬉々とし、翌朝のまばゆい白い世界の写真をこぞってSNSにあげる。
 でもね、と笠井はつぶやく。
「僕にとっては毎日が大雪みたい。そこら中、うつくしくて心を動かされるものだらけ。だから全然飽きなくて、二十数年も毎日撮り続けちゃうんだろうね」

 去りゆく混沌とした春の日々にも、花々は精一杯咲きほこり、木々は青々とした芽をたたえていた。
 風光る五月。うつくしいものはすぐそこにある。

花
2020.5.1
花
2020.5.2
花
2020.5.6
花
2020.5.16
花
2020.5.17

五月の雪

編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

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2020/05/22

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