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令和・かぞくの肖像 これは、これまでの時代、これからの時代における「社会×家族」の物語。

サルボ家の場合 Vol.1
家族だけど母じゃないという時間がもたらしたもの

東京で暮らす4組の家族を、定期的に取材。
さまざまな「かぞく」のかたちと、
それぞれの家族の成長と変化を見つめる。

写真:笠井爾示 文:大平一枝 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

かぞくデータ
サルボ恭子さん(47歳・料理研究家)
サルボ・セルジュさん(夫・51歳・フランス語教師)
サルボ・ミカエルさん(長男・24歳・会社員)
サルボ・レイラさん(長女・22歳・大学4年生)

取材日
2019年11月

かぞくプロフィール
恭子さんは、フランスの料理学校卒業後、オテル・ド・クリヨン勤務を経て帰国。料理家のアシスタントを勤める傍ら通っていたフランス語教室の教師、セルジュさんと32歳で結婚。前妻の二子、ミカエルさん(当時小3)、レイラさん(小1)のステップマザーとなる。ミカエルさんが18歳までは家族4人で、現在はレイラさんが前妻の元で暮らす。2008年、料理家として独立。子育てが一段落した2016年より自宅とアトリエを分離。一角にセルジュさんのレッスン室もあり、毎日ふたりで通勤している。
Facebook:サルボ恭子 official
Instagram:@kyokosalbot


「イメージを大事にする職業かもしれませんが、私はあまり外からどう見えるかを気にしません。なのでどうぞ、なんでも聞いて、なんでも書いてください」
 サルボ恭子さんは、落ち着いた低い声で、きっぱりと言った。

 昨年だけで料理本が3冊。料理教室は全国各地から生徒がやってくる。つまりは人気料理家なのだが、いつも驚くほど肩の力が抜けている。それは、「前に出るのはあくまで料理、自分は素材をおいしくするためのサポート役」という言葉からもよく理解できる。

 サポートで人に喜んでもらうことが好きな恭子さんは、フランスの料理専門学校、ル・コルドンブルー卒業後、5つ星のホテル・ド・クリヨンでの勤務を経て帰国。請われて、料理家 有元葉子さんや上野万梨子さんらのアシスタントをフリーで勤めた。そんなとき、料理教室をやらないかと声がかかる。迷う彼女の背中を押したのは、夫のセルジュさんだ。
「恭子の料理を沢山の人に食べてもらうことは素敵なこと。やればいいよ!」
 11年前、自宅での料理教室はこうしてはじまった。


家族第一主義

 教室は夕方まで。夜はやらない。そこからは、家族の時間だからだ。セルジュさんは、子どもが18歳までは家族優先で、仕事の犠牲にしてはならないと考えている。
 恭子さんも彼の教育方針に同意した。おやつ、夕食は必ず手作りで、朝と晩は家族全員で食卓に向かう。小3のミカエルさん、小1のレイラさんのステップマザーになったときから、そのルールは18歳まで変わらなかった。料理の撮影がどれほど立て込んでも、朝夕の食卓時間を守る。

「ふたりはセルジュの子。家族第一で、父親を中心にまとまるのが、セルジュの生まれ育った家の文化で、ベースになっています。私もそれを尊重したいと思いました」(恭子さん)

 ミカエルさん、レイラさんは前妻の子だ。ふたりの子に再婚を告げるとき、セルジュさんは言った。
「恭子は君たちのママじゃない。パパの奥さんで、家族なんだ」
 そこで恭子さんは、気持ちが楽になったと振り返る。
「家族だけど母親じゃないというスタンスで、楽になれました。無理して母になる必要はないんだな、と。そもそも母親は別にいますから。ただ、一番近くにいる大人として、この子たちが無事育つまで責任がある。しっかりしなくちゃと思いましたね」

 恭子さんとはじめて会った日のことを、子どもたちは覚えていた。ところがふたりとも記憶が微妙にすれ違う。
「みんなで沢を歩いたの。恭子がピスタチオのケーキを焼いてきてくれて。イチゴのソースがかかってて。すっごく美味しかった!」(レイラさん)
「そう! あれは美味しかった。でも、最初は駒沢公園にお弁当もって、ピクニックしたんじゃない? そのとき、ケーキもあって」(ミカエルさん)

 場所の記憶は異なるのに、成人した今も、ケーキの味はしっかり覚えている。
 では、恭子さんは、その日のことを?
「ふたりとも争うように最後までフォークでお皿についたケーキをけずりとって食べてて。なんて素直で、なんてかわいいんだろう! と思いましたね」


4人からふたりへ

 しつけに厳しい夫とは、よくぶつかったらしい。
「セルジュは部活のバッグが全員同じとか、修学旅行をなぜ? と疑問に思う人。携帯、ゲーム、漫画も反対派です。私がそこまで厳しくしなくてもいいのでは? と思うときはぶつかりました。子どもの前で言い争いはしませんが」
 子どもには、実母も含めると大人が3人いる。3人が違うことを言うと、どれを信じていいかわからなくなる。だから、子どもの前で意見が対立するような姿は見せなかったという。

「旅館を営んでいた私の両親も、子どもの前で言い争うことがなく、母が父の愚痴を言うということも一度もありませんでした。それもまた私の基盤になっているかもしれませんね」
 だから、セルジュさんの方針にならい、友達や学校行事等、どんな用事があっても、家族の誕生日は必ず早めに帰宅して全員で祝った。家族旅行が修学旅行と重なったときも、前者を優先した。父は絶対の存在なので、15年間、なにかあれば、子どもたちはまず恭子さんに相談し、ともに考え、ともに過ごしてきた。

 私の目から見ると、ふたりとも、心から恭子さんを尊敬し、同時に甘えてもいる。去年までフランスに留学していたミカエルさんが言う。
「パリでは下宿していましたが、食事は一人。食事はみんなでするものだとしみじみ実感しました。寂しいということではなく、家族で卓を囲むことの大事さに気づいたっていうのかな」
 それは、恭子さんが料理をして、家族で配膳をし(小学校の頃から配膳やコーヒーなどの担当が決まっている)、ときに誰かの誕生日のために友達の約束を断って走って帰った、あのいつもの食卓である。

 3年前、自宅とアトリエを分離した。その一室にセルジュさんのレッスン室も設け、いまは毎朝ふたりで電車通勤している。
「私が仕事であまりに忙しいと、彼は機嫌が良くないんですが、はじめて私と彼の仕事場を一緒にしたことで、大変さがわかるのか、忙しくても機嫌は変わらず丸くなりました。一緒にしてよかったですね」

 この日、撮影のため久しぶりに顔を揃えた4人。恭子さん特製の熱々のオムレツに舌鼓をうつ。
 最近も料理本を2冊同時に出したばかり、人気料理家でもある彼女を子どもたちはどう思っているのか。私はどこかで、「恭子を尊敬している」というようなありていの答えを期待しながら、レイラさんに尋ねると意外な答が返ってきた。
「心配です」
 え、なぜ?
「忙しすぎて身体が心配です。がんばっちゃうから」

 ミカエルさんにも別のタイミングで同じことを質問したのに、答は妹と同じだった。「働きすぎだからちょっと心配です」
 恭子さんは36歳のとき大病をしている。家族が一番に望むのは、仕事や肩書や名誉ではなく、健康だった。彼女が長い歳月、いかに惜しみないものを携えて彼らに寄り添ってきたか、よくわかる一問一答だった。

 最後、だめおしのように、セルジュさんが言う。
「日本人は働きすぎですね。もっと休んでもいいと思う」

「素敵なお子さんたちですね」と恭子さんに言った。
「かけがえがないですね。最初に会ったときからかわいくて、その印象がずっと今も変わらないの」

 家族にはいろんなかたちがある。“家族だけど母にならなかった”人の言葉はどこまでも穏やかで清々しく心に響いた。

Vol.2へ続く

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2020/01/07

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