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令和・かぞくの肖像 これは、これまでの時代、これからの時代における「社会×家族」の物語。

サルボ家の場合 vol.7
どんな老い方や人生の閉じ方をしたいかを前向きに考える

東京で暮らす4組の家族を、定期的に取材。
さまざまな「かぞく」のかたちと、
それぞれの家族の成長と変化を見つめる。

写真:笠井爾示 文:大平一枝 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

かぞくデータ
サルボ恭子さん(50歳・料理研究家)
サルボ・セルジュさん(夫・53歳・フランス語教師)
サルボ・ミカエルさん(長男・26歳・会社員)
サルボ・レイラさん(長女・24歳・准社員、塾講師)

取材日
Vol.1 「家族だけど母じゃないという時間がもたらしたもの」/2019年11月
Vol.2 「人はすべてをわかりあえないと知っている人の強さ」/2020年5月
Vol.3 「3人の親と、サプライズのバタークリームケーキ」/2020年10月
Vol.4 「来日27年。彼が日本で学んだものは」/2021年2月
Vol.5 「彼女はまたがんになるかもしれない。でももう僕は大丈夫」/2021年6月
Vol.6 「3人の親がいてよかった。26歳の回想」/2021年11月
Vol.7 2022年3月

かぞくプロフィール
フランス語教師、セルジュさんと32歳で結婚。前妻の二子、ミカエルさん(当時小3)、レイラさん(小1)と家族に。成人した子どもたちはそれぞれ自立。恭子さんは料理家14年目。昨年より実家の両親を呼び寄せ、二世帯住宅で暮らしはじめた。

Facebook:サルボ恭子 official
Instagram:@kyokosalbot


「料理の仕事をしているのに、なんで二度も舌のがんなんだろう」
 昨年6月、サルボ恭子さんが取材でつぶやいた言葉が忘れられない。幸い発見が早く、ステージはゼロで5日間の入院で済んだ。
 もちろんそれで終わりではなく定期検診が毎月あり、3カ月に1回はCTスキャンをとって再発の有無をチェックする。

「検診日をスマホのアラームにセットしていて、それが鳴ると“ああ、1カ月生かされたなあ”と実感します。それ以外の日は病気のことをけっこう忘れてるの」  

 検診のたび、他人には想像もできないような不安や恐怖を抱くに違いないが、彼女は病気のことを話す時、自分を頭上から俯瞰しているような独特の客観的なトーンになる。
 それは2年前から故郷の両親を呼び寄せ介護をしている経験とも関係していそうだ。父は胃がん、母は長くリウマチを患っている。

「親を看ていると、自然に自分の老後も考える。誰も老いを防げませんし、死に方も選べない。生きていることは死に向かうことでもある。だから自分はどんな老い方や人生の閉じ方をしたいか、よく考えるようになりました」

 呼応するように、モノへのこだわりもなくなってきた。最近は料理道具のコレクションも整理。サイトで販売し、すぐにソールドアウトとなった。
「あまり持ちたくないし、整理したいという気持ちは強くなりましたね。それから、これまでは育児に仕事にとフル回転で頑張ってきたけれど、自分の体の養生を気にするようになりました。あまり頑張りすぎないようにしなきゃなって」

 昔から、夫のセルジュさんによく言われた。
「恭子は夫婦よりも仕事ファーストに見える」
 もっと僕の方を向いて。ふたりの時間を大切にしようというフランス人らしい愛のこもった警告である。  

 彼女は言う。
「でも“頑張りすぎない”って、好きなことを仕事にしていると難しいんですよねぇ」


台所で待つのが仕事

 両親との同居、病気、子どもたちの独立、先日はセルジュさんの母が天に旅立った。この2年はいろいろあったが、とりわけコロナには翻弄された。
 本業の料理教室が開けなくなったからだ。

「教室は、もう完全に元と同じスタイルやリズムには戻れないと思っています。それは仕方のないことだと。以前は年に2回生徒さんたちとフランスツアーもしていましたが、今後はそうそう気軽には行けないでしょう。生徒さんの数を絞らざるを得ない。コロナが落ち着いたら元に戻ろうという発想がないところから、今後の働き方を構想しています」

 オンラインショップをもっと充実させたい。春にはイベントの予定もある。様々な仕事を模索しながら、けれどもやはり彼女のベースには料理教室がある。
「3月16日から教室を再開するのですが、募集するとあっという間に満席に。生徒の皆さんもいいかげんコロナにうんざりしてるのかなあと思いました」
(編集部注:取材は3月14日に行われた)

 これまでにも自粛期間のはざまに、不定期に開いたことがあった。学んで食べて笑って全員、幸せそうな満たされた表情で帰っていく。その時、あらためて料理を教えるという仕事の喜びややりがいを感じたそうだ。

「言葉に出さなくても、“おいしい”という表情を見るだけで救われるし、大きな快感がある。だからここまで続けてこれたんだなあって思います。私の仕事は、教室も料理本の取材や撮影も基本、台所で“待つ”のが仕事。外に出ていって人と関わりあうことがほとんどありません。でも、私の料理を食べたい習いたいと思って足を運んでくださる人がいる。それだけで、なんてありがたい時間と空間だろうと胸がいっぱいになるのです」

 料理教室は仕込みや準備に時間がかかり、恭子さん曰く「クライマックスに持っていくまでが長い」。つまり、はたから見るほど効率がいい仕事ではない。生徒の年齢も上がっていく。以前のような人数やペースではできない。
 それでもこの仕事が大好きな彼女は台所で生徒を待ち、一人ひとりに正しくもれなく、これからも食の感動を伝え続けていくのだろう。  

 なにごとにもぶれない粛々とした生き方は、“好き”を仕事にしている人の強さが下支えをしているように見える。——この感じだと、頑張りすぎないのは難しい。セルジュさんの心配事は、しばらく尽きそうにない。

サルボ恭子さん一家の取材写真
サルボ恭子さん一家の取材写真
サルボ恭子さん一家の取材写真

Vol.8へ続く

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2022/04/07

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