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令和・かぞくの肖像 これは、これまでの時代、これからの時代における「社会×家族」の物語。

蛭海ひるみ家の場合 Vol.6
あの人の蒔いた種

東京で暮らす4組の家族を、定期的に取材。
さまざまな「かぞく」のかたちと、
それぞれの家族の成長と変化を見つめる。

写真:笠井爾示 文:大平一枝 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

かぞくデータ
蛭海たづ子さん(52歳・母・交響楽団員)
しゅん君(長男・20歳・アルバイト)
せいさん(長女・高3)
ようさん(次女・高1)

取材日
Vol.1 「いないけど、いる。いるけど、いない」/2019年7月
Vol.2 「欲のある母と、欲のない子どもたち」/2020年1月
Vol.3 「コロナで没む人、上がる人」/2020年7月
Vol.4 「夫が逝って3年。変わること変わらないこと。彼女の心の内」/2020年12月
Vol.5 「いつも誰かが悩んでいる3人きょうだい。今日は誰が?」/2021年4月
Vol.6 2021年8月

かぞくプロフィール
ヴィオラ奏者のたづ子さんは、音楽機材のスタッフだった5歳上の涼さんと32歳で結婚。3児をもうけたが、2012年涼さんの大腸がんが発覚。最後は自宅での緩和ケアを選び、2017年10月永眠した。


 交響楽団奏者のたづ子さんは今夏も公演活動に忙しかった。クラシックは観客が声を出すことがないので、コロナの影響が他ジャンルの音楽ほど大きくないらしい。

「先日、同じ楽団の後輩たちから弦楽四重奏コンサートへの出演を誘われまして。せっかく誘われたからにはもっとスキルアップしなくてはと、毎日スタジオを借りて自主練して、何ヶ月かかけて体作りもしました。若い人たちとの共演は学ぶことばかりでした」

30代3人に50代の彼女ひとり。「先輩ヅラをするのはいや」とのことで、「むしろ自分が一番下と思って」練習に取り組んだ。

「経験値が上がると、むしろこういう音を出したいという要求も高くなってきりがないんです。演奏の練習だけでなく、この音を出すにはどこに筋肉をつければいいか? 力まずに深い音を出すには? 必要な筋肉をつける体づくりも大事になります」

 そのためランニング、バレエも欠かさない。もちろんカルテットのコンサートが終わった今も継続中だ。
 そんなたづ子さんは、子どもたちに対して内心「もっとガツガツしてほしい」ともどかしく思っている。とくに大学受験を控えた青さんが、積極的にオーブンキャンパスの予約や募集要項を取りよせようとしないので心配をしていた。
 しかし、最近気づいた。
「あれどうなった?」と聞くと、青さんは歌を口ずさみだす。3回繰り返された時、あそうかと思った。
「返事をしたくないという合図、逃げ道なんですね。彼女は夫に似ている。彼もガツガツしたことが嫌いだった。言い過ぎると傷つくところも。彼に似ていると思えば、多少動きが鈍くても、きっと彼女なりの考えがあるだろう。ま、いっか。彼女のペースでやるだろうから、信じて待とうと」

 4年前にがんで亡くなった涼さんは、職場の障害者授産施設でも「俺はこういう事ができる」というアピールを一切しない人だった。そのかわり、カフェやレストラン事業、庭、農作業などの得意分野を、努力と行動で時間をかけてアイデアを構築、実践。じわじわ信頼を勝ち取る。
「彼が青に播いた種ならば信じて待とうと。育児の、信じて待つってホント難しいんですけどね。私はつい先を急いで、あれこれ自分から求めるタイプなので」


「毎日不安と葛藤しかない」

 コロナでリモート授業になった英語専門学校を半年で辞めて以来、アルバイトを続けている舜さんに関しては、もう少し引いて別の“ガツガツ”を期待している。
「専門学校の学費も自分の力で返してほしいですしね。新しいことをやりたいなら頭金は自分で貯めるべきで。それくらいのやる気は見せてほしいし、本人もわかっているようなので、私からは何も言いませんけども」

 舜君は、バイトをしていた飲食店がコロナ禍で休業になったため、日払いの肉体労働でつないでいる。彼に、今不安や葛藤はあるかと尋ねたら、こんな答えが返ってきた。
「正直、不安と葛藤しかないです。今の状況はほぼニート。とくに今はバイト先が休業していて日雇いでお金を稼いでいる状態なので。つねに不安です」

 彼は6月、3日間泊まり込みで同年代の人と将来ややりたいことについて語り合うワークショップに参加した。そこで大きく心を動かされたという。
「目標に向かって頑張っている人ばかりで。参加する中で、僕もずっとやりたかった海外留学を実行に移したいとはっきり目標が固まった。でも何をどう具体化すればいいのか……。留学先を決めたり、旅行会社と話し合ったりしていますが、お金の無さから今はこう着状態になっています」

 動きたい、行動したい気持ちがあるが先立つものがない。渡航はコロナ禍で制約も多い。前に進みたくても進めない20歳のジレンマが手にとるように伝わってきた。同時に、母にこれ以上迷惑をかけまい、資金は自分でなんとかするという強い意志も。

 舜くんがいないところで、たづ子さんは語っていた。
「社会に出るのが1年2年遅くなったところで、たいしたことないですもんね」。
不安と戦いながら這い上がるのをじっと待つしかないと腹をくくった母の表情だった。

 たづ子さんは少しでもいい音を出すために、体をつくるところからとりくんでいる。少なくともコロナ禍の1年半は毎日運動も自主練も欠かしていない。見えないところで長い時間をかけて自分を磨くのは、涼さんと一緒だ。

 努力しながら上達を待つ。子どもが育つのを待つ。自立を待つ。本人は気づいていないようだが、案外、似た者夫婦という気がする。だから、4ヶ月に一度しか通っていない身で言うのもなんだが、この家の子たちがそれぞれもがいていても、いずれなんとかなる気がしてならない。待ち上手なふたりに育てられたので。


「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真
「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真
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2021/09/03

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