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令和・かぞくの肖像 これは、これまでの時代、これからの時代における「社会×家族」の物語。

蛭海ひるみ家の場合 Vol.5
いつも誰かが悩んでいる3人きょうだい。今日は誰が?

東京で暮らす4組の家族を、定期的に取材。
さまざまな「かぞく」のかたちと、
それぞれの家族の成長と変化を見つめる。

写真:笠井爾示 文:大平一枝 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

かぞくデータ
蛭海たづ子さん(51歳・母・交響楽団員)
しゅん君(長男・19 歳・アルバイト)
せいさん(長女・高3)
ようさん(次女・高1)

取材日
Vol.1 「いないけど、いる。いるけど、いない」/2019年7月
Vol.2 「欲のある母と、欲のない子どもたち」/2020年1月
Vol.3 「コロナで没む人、上がる人」/2020年7月
Vol.4 「夫が逝って3年。変わること変わらないこと。彼女の心の内」/2020年12月
Vol.5 2021年4月

かぞくプロフィール
ヴィオラ奏者のたづ子さんは、音楽機材のスタッフだった5歳上の涼さんと32歳で結婚。3児をもうけたが、2012年涼さんの大腸がんが発覚。最後は自宅での緩和ケアを選び、2017年10月永眠した。


 初回の取材、1年9ヶ月前の家族写真と見比べてほしい。姉妹はローティーンからハイティーンへ、長男舜くんはまさに青年の表情に変わろうとしている。

 この連載で定点観測している4組の中でも、もっとも見た目に変化が著しい三人だ。外見だけではない。進路や心の内も目まぐるしく変化している。ご本人たちはいつも悩みやトラブルにいっぱいいっぱいだが、はたからみると考えごとの要因はいつも未来にあり、過去をくよくよ振り返りはしない。生命のみなぎるいちばん美しい季節にいるんだなあと、毎回羨ましくさえ思う。

 前回、英語の専門学校を辞めたと言っていた舜くんは、いまが一番忙しいらしい。理由を屈託なく答える。
「焼肉屋のバイトと遊びに忙しくてしゃあないです。遊びは、高校時代の地元の友達やバイトでできた新しい先輩や後輩と。家で麻雀したり、いまはコロナでお店にいけないから、ひたすらくっちゃべってます」

 専門学校の学費を「捨てた」と表現するたづ子さん。その母の前で彼は付け足す。
「お母さんに悪いとは思ってるんです。このままじゃいけないなってわかってる。英語はあきらめてないので、夏に英検をとらなきゃ。けど、忙しくて勉強の時間がとれてないんですよねー。先輩に旅行を誘われているんでバイト増やしてお金貯めなくちゃだし。……あれ、僕、優先順位間違ってますよね?」

 コロナが収まったら、オーストラリアへのワーキングホリデーに行くという。舜くん、まだまだ模索の途中。だが、一時期の暗さはない。中退したことで暗闇から抜け出た喜びにいまはしばし浸っているように見えた。

 いっぽう「いま最悪です」と告白したのは末っ子の瑛さんだ。ランクを落として受けた都立高校に残念ながら不合格。私立高校に入学して二週間が経つ。

「絶対受かると高をくくっていた分、ショックで。3月からずっと高校に行きたくないないっていう気持ちをひきずったままいまに至ります。私、本来明るいと思うし、人に関わるのは好きなんだけど、いま学校で話せる子が一人しかいない。その子が休んだらお弁当食べる子もいないし私死んじゃいます」

 冗談めかしているが、気持ちはひどく堕ちていて、きっとクラスではこの明るさの一割も出していないんだろう。そして、本当の自分はこうじゃないというジレンマに苛まれているのでは。
 都立校発表の日、たづ子さんはこっそり姉の青さんにLINEを送った。『だめだったみたい』

 青さんは、しばらくして妹にLINEを送った。
『ドンマイッ! 土曜日学校じゃん。やったね!』

 私立は都立と異なり土曜日も開校するところが多い。腫れ物のように接するより、茶化して元気にさせたい姉心から、あえてネガティブ案件をついた。
  「うっざーって思いました」と、述懐する瑛さんの目の端は笑っている。1カ月前のやり取りを話す姉妹を、たづ子さんは穏やかな表情で聞いている。母の役割、きょうだいの役割。誰かになにかあったとき、暗黙のうちに棲み分けがあるようだ。今回の瑛さんのフォローは、青さんが引き受けた。

「頑張って勉強してたのを知っていたので……。かわいそうだなって思って瑛の好きな俳優さんが出ている映画を一緒に見に行ったりしました」(青さん)
 作品は、菅田将暉主演の『花束みたいな恋をした』。楽しかったが、そうかんたんに気持ちが晴れない。青さんは妹のためにほかにどんなことを?
「うーん、とくには」

 じつは前回、トンネルの中にいたのは姉の青さんである。ユースの女子サッカーチームに再入会したはいいものの、前から入っていた仲間と打ち解けられない。試合でも活躍できずに悶々していた。サッカーは中学からやっていたのだが、受験を挟んで退会したことで、コミュニティと体力と技術の三つとも思うようにいかず、悩んでいた。「まずは体力をつけなきゃ」と、自主トレでランニングをはじめていた。

「いまは体力と技術がついてきて、自信ができた。だからとても楽しいです。仲間とも全員“ちゃん呼びなし”くらい仲良しになって、サッカー以外のおでかけもするようになりました」
 女の子同士の親しさからいうと、「青ちゃん」のような“ちゃん付け”はまだ遠慮がある。名前を呼び捨てで言い合うようになってはじめて、打ち解けた証となるらしい。

 青さんは大学受験を控えているが、サッカーは引退せず冬まで続けると断言する。前回は「続けられるかどうかはわからない」と弱気だった。四ヶ月でここまでブレイクスルーできるものなのかと、あらためて10代に流れる時間の濃さに舌を巻いた。

 青さんは、自分ががんばれた理由をこう分析する。
「みんなが中学から続けているユースのクラブで、高校から再入会した私は友達がいなかった。でも体力をつけて技術を磨く努力をすれば、絶対楽しくなるってわかってた。うまくなれば友だちができる。サッカーも楽しくなる。中学のサッカーやってた時期にその経験があるので」

 瑛だってきっとそうなる。言葉にはしないが姉の横顔から、無言のメッセージが伝わる。さて瑛さんがこれから頑張るのは勉強か。スポーツか。あるいはもっと別のことか。

 社会に出ると、だらだらと悩み続けることが許されなくなる。仕事は待ってくれないし、課題にはつねにすみやかな解答が求められる。すいすい乗り越えていく人がいいとされる世界が待っているので、いまはぞんぶんに悩みにひたりきってほしいと思ってしまう。

 それにしても子どもが三人いると毎回いろいろある。1年9ヶ月前、漏らしたたづ子さんの言葉が蘇る。「こんなとき、お父さんがいてくれたらな」。
 しつけに厳しく一本気だったという夫の涼さんがいたらきっと、バイトと遊びに明け暮れる舜くんは一喝されるだろう。悩み続ける末っ子には、そんなもの時間が解決してくれると笑い飛ばしたろうか。どんな言葉をかけたか、答えの出ない想像をし続ける。

 いや、いない人を憂いてもしょうがない。瑛さんには絶対的味方の3人がついている。それは私なんかより本人がいちばんわかっているだろう。
 4カ月後、トンネルを抜けていてもいなくても定点観測に伺います。若い3人に変化はあるのかないのか。それも楽しみに、また。


「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真
「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真
「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真
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「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真
「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真
「令和・かぞくの肖像」蛭海家取材写真

Vol.6へ続く

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2021/05/08

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