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令和・かぞくの肖像 これは、これまでの時代、これからの時代における「社会×家族」の物語。

蛭海ひるみ家の場合 Vol.4
夫が逝って3年。変わること変わらないこと。
彼女の心の内

東京で暮らす4組の家族を、定期的に取材。
さまざまな「かぞく」のかたちと、
それぞれの家族の成長と変化を見つめる。

写真:笠井爾示 文:大平一枝 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

かぞくデータ
蛭海たづ子さん(51歳・母・交響楽団員)
しゅん君(長男・専門学校1年)
せいさん(長女・高2)
ようさん(次女・中3)

取材日
Vol.1 「いないけど、いる。いるけど、いない」/2019年7月
Vol.2 「欲のある母と、欲のない子どもたち」/2020年1月
Vol.3 「コロナで没む人、上がる人」/2020年7月
Vol.4 2020年12月

かぞくプロフィール
ヴィオラ奏者のたづ子さんは、音楽機材のスタッフだった5歳上の涼さんと32歳で結婚。3児をもうけたが、2012年涼さんの大腸がんが発覚。最後は自宅での緩和ケアを選び、2017年10月永眠した。


 はじめての取材から1年半、今回で4回目になる。
 たづ子さんは不意に、「取材を受けてきて、最近感じていることをお話していいですか」と切り出した。
 3人の子どもたちのインタビューが終わり、次々とバイトや塾で退席。ふたりきりになった瞬間だった。

 長いまつげの奥の瞳が、静かで澄んだ色をしている。なにか心の奥を吐露したそうな様子が伝わってきた。

「取材を受けると、私はとてもいい母親で美談のように感じてしまいます。けど本当の私はそうじゃない。10月で夫が亡くなってちょうど丸3年になりました。まだ恋愛をする気にはなれませんが、男女問わずいろんな人と語り合ったり、飲んだり、ご飯を食べたりをどんどん楽しみたいですし、つねに自分を整えて、身ぎれいにしていたいとは思うのです。でも、時々それはどうなんだろうと省みてよくわからなくなっちゃうこともあるんですよね」

 それは女心として、しごくまっとうで自然な心のかたちではないかと思った。どんどん飲みに行ったり、いろんな人とお友達になるのは何も悪いことはないのでは、と私は答えた。

「ええ、でも母親が飲み歩くってどうなんでしょうね……」

 いつかのドラマでこのようなセリフを聞いたことがある。
—— 遺族だからって、ずっと暗く悲しい顔をしていなきゃいけないってことはない。人間なんだから、酒を飲むし、友達と騒ぐし、テレビ見て大笑いだってする。

 安直にたづ子さんと並べて書くのは違うかもしれないが、家族を喪失した人の、他人には想像もつかない種類のとまどいやためらいが重なり、考えさせられた。

 映画やドラマで見かける“死を乗り越える”なんていう生き方をできる人は、どれだけいるんだろう。そんなかんたんなものではあるまい。
 ただ、彼女の中で、丸3年を経て、なにかが少し変わろうとしていることはわかった。


ときめきの片付け

 5ヶ月ぶりに訪れた蛭海邸は家具が減り、ずいぶんとスッキリしていた。次女の瑛さんとキッチンを中心に片付けをしたそうだ。

「たまたまキッチンシンクに不具合があり、修理をすることになったので、その機会に部屋の整理もはじめたのです。夫の私物を亡くなった時のままにしておいたのが、時の経過とともに汚れたり劣化してちょっと残念な感じになっていたので。どうせ保存するなら、きれいにしまっておきたいなと」

 夫の吸いかけの煙草の箱やメガネはリビングに。メガネ拭きもまるで今使ったばかりのように傍らに置いていた。靴は下駄箱に、コートは玄関に。筆箱、バッグ、下着、布団も生きていた頃のまま。

「夫は片付けが好きな人。よく、枯れた植物をそのままにしていると怒ってました。なんでもこまめなケアで長く大事にして、それでも使えなくなったら処分する。“ものには命がある、これは霊が宿ってないよ”って言いながらね」
 その言葉を思い出し、埃が積もってなんとなく「負のオーラ」(たづ子さん)を放ちはじめた遺品をきれいに手入れし、しまうことにした。

「今風に言うなら、“ときめかないもの”は思いきって処分しようと。きっと、そうしたほうが彼も好きだろうと思うのです。そんなわけでまだまだ片付けている最中です」
 たづ子さんはさっぱりした口調で笑った。

 舜君はコロナが落ち着いたら、ワーキングホリデーで渡豪したいのだという。青さんはユースの女子サッカーで、夏から秋にかけて思うように活躍できずに悶々したこともあったが、今は少し浮上し、週6日間通い、自主トレも続けている。瑛さんは受験のため12月でサッカーのジュニアクラブを引退。家事を手伝いながら受験塾に通い、成績が上向いている。

 それぞれのスピードで、3人ともゆっくりでも確実に成長している。そう言うと、たづ子さんは、この日一度だけ瞳を翳らせた。
「3人の成長をひとりで見届けるのは残念。ああ一緒に見たいなあーって、思うんですよね」

 母でも妻でもない、女としての時間をゆたかにしていったらいい、広々片付いた部屋で、彼女がますます人として輝き続けることを彼は願っているにちがいありませんよと安易に言いかけていた私は、言葉をのんだ。
 心の中の涼さんは消えない。時に、どんどん大きくなることさえある。次に訪ねた時、どれくらい部屋が片付いているだろうか ——

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2021/01/08

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