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令和・かぞくの肖像 これは、これまでの時代、これからの時代における「社会×家族」の物語。

蛭海ひるみ家の場合 Vol.1
いないけど、いる。いるけど、いない

東京で暮らす4組の家族を、半年ごとに取材。
さまざまな「かぞく」のかたちと、
それぞれの家族の成長と変化を見つめる。

写真:笠井爾示 文:大平一枝 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

家族データ
蛭海たづ子さん(50歳・母・交響楽団員)
しゅん君(長男・高3)
せいさん(長女・高1)
ようさん(次女・中2)

取材日
2019年7月

家族プロフィール
ヴィオラ奏者のたづ子さんは、音楽機材のスタッフである5歳上の涼さんと32歳で結婚。3児をもうけたが、2012年涼さんの大腸がんが発覚。最後は自宅での緩和ケアを選び、妻に看取られ2017年10月永眠した。


 私達が取材で自宅にあがると、長男の舜君がリビングで「こんにちは」と明るく出迎えてくれた。写真家の笠井爾示さんが「さっそく、中庭で家族写真を撮りましょう」と、みんなでぞろぞろ玄関へ。と、舜君は奥からさっと客の靴を出す。高校3年。なんて気持ちのいい青年だろうと感心していると、あとから母のたづ子さんがひとりごちる。

「夫のDNAを受け継いでるみたいで、あの子、外ヅラがいいんです。さっきまで部屋で寝ていて、私がいくら声をかけても全然返事しなかったんですよ」
 そうそう、それがふつうの18歳だ。

 その夫ががんで天に召されて2年になろうとしている。夫婦ともに酒と食べることが大好きで、彼の強い希望で、最後まで一切、食事の節制をしなかった。亡くなる10日前もすし屋で、たづ子さんと3合ずつ酒を飲んだほどである。

「亡くなったあと、整理していたらショートピースがワンカートン出てきたのには呆れました。この期に及んでまだそれだけ吸おうと思っていたのかと。もっと笑っちゃうのは、お葬式後にAmazonから電話がかかってきて。“ご主人さまが3週間前にアマゾンプライムに入会されています”だって」

 からりとした口調でジョークを飛ばす。
 思春期の子どもが3人いる。泣いてなどいられないと、踏ん張って明るく振る舞っているように見えた。きっと彼女はそんなふうに見られたくないだろうけれど。

 取材後、彼女から時折届くメールに、こんな言葉があった。
『息子には 彼女がいて、夏休み中よく連れて来てました。でもそんなことも、進学のことも、どうアドバイスしたらいいかわかりません。おとーサンがこの世にいたら、家族が締まるのに。バカタレ、死にやがって。

今日は 涼さんの誕生日です。
子どもたちは まだ帰って来ないので、ひとりでビール飲んでます』

 彼女の中に夫はこんなにも大きく存在しているのに、この部屋のどこにもいない。強がりで頑張り屋の彼女をひとりにするなんて、会ったこともない私が言うのはあれだけど、本当にバカタレだ。


変な子

 写真からも伝わるが、実際話すと、子どもたちは難しい年齢にも関わらず、3人とも素直でのびのびとしていた。子育てのコツを尋ねると、「犬と同じ」と意外な答えが。

「昔、犬を飼っていて一生懸命しつけたんです。それで気づいたのが、大きな声で長々叱ってもだめ。猛烈に低い声で短く言うと、犬はグッとくる。また、褒めるときは高い声にすると嬉しがる。子どもも同じかなと思って、褒めるときはテンション上げて高い声で。叱るときは低く短めにしています」

 夫と付き合い出したのも、かの犬がきっかけである。彼は動物好きで、家に遊びに来るとすぐ、犬と信頼関係を築いて驚かされた。たづ子さんはすっかりそこに魅了されてしまったらしい。
とはいえ、結婚すると喧嘩が日常茶飯事に。
「“だからお前は演奏が平凡になっちゃうんだよ”と、上から目線でダメ出しをしたり、なにしろ口が悪いの。おまけに美意識が高くてナルシスト。檀太郎や向田邦子の料理本が好きで、元カノは料理がうまかったなんていうから、こっちも必死で料理を勉強しました」

 一点物のオーダーの椅子。焼き物。古本。手作りの棚。夫が子どもの頃に読んだ絵本。古くていいものを長く大事にする彼を近くに感じたくて、なにもかもそのままにしている。
「いなくなった今も、彼から暮らしの楽しみ方とか、人としての振る舞い方など、気付かされることが多いんです。これからも気づきは増えると思う。いつまでも悲しくしてると、そういうことって気づけないんですよね」

 4人で撮ったマンションの中庭には、ひょうきんな表情をした動物の古いオブジェがあった。それを「お父さんは変な子って言って、気に入っていたよね」と青さん。そうだったねえと笑う母。
 私は、とんちんかんな質問をした。

たづ子さん、その明るさはどこからくるのでしょう

「私が明るくのびのび、生き生きしていたら、人は“この人の旦那さんはどんな人かしら?”って思うかもしれない。そう思ってもらうことが彼への恩返しだと思っています」

 悲しみにくれ、へこんでやつれていたら、彼はきっと喜ばない。だが、家族は素の母の姿を知っていた。
 舜君がぼそっと教えてくれた。
「僕が夜遅く飲食店のバイトから帰る時は、静かに家に入るんです。すると、電気もつけず、デスクスタンドひとつで母がうつむいていることがある。手先を見ると携帯もいじっていなくて、じっとしている。寂しいんだなって思います」

 喪失だけじゃない。逝った人のDNAを受け継いだ家族が、ちゃんとここにいる。
いるもの、いないもの。存在を抱きしめながらたづ子さんの毎日は続いてゆく。

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2019/11/01

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