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令和・かぞくの肖像 これは、これまでの時代、これからの時代における「社会×家族」の物語。

中津・K家の場合 Vol.1
笑った分だけ親身になれる、ふたりの10年

東京で暮らす4組の家族を、定期的に取材。
さまざまな「かぞく」のかたちと、
それぞれの家族の成長と変化を見つめる。

写真:笠井爾示 文:大平一枝 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

家族データ
中津圭博さん(34歳・会社員)
Kさん(36歳・医師)

取材日
2019年11月

家族プロフィール
香川県出身の中津圭博さんは、高校時代に性的マイノリティを自覚。進学で上京後は学生会議や、LGBTを対象に相談支援活動を行うNPO法人の代表を務め、証券会社入社後は世界の食の不均衡をなくすNPOなど、精力的に社会的活動に参加。25歳で運用会社に転職。九州出身、医師の恋人とは同年から交際。


 ゲイの男性の知人が言った。
「なかっちゃんのカップルは、僕らの憧れというか、一つの理想形です。ゲイの恋愛は、ストレートの人の2倍の時間が流れているといったりします。とてもフラジャイルでいろんな理由で壊れやすいからです。でも、彼らは付き合って10年、一緒に暮らして6年。この歳月は、ホントにすごいことなんです」

 ただし、彼は私に、苦言を呈した。──「令和の家族の肖像」というテーマでLGBTのカップルを取り上げる事自体が、古くないですか? 

 当事者からすると、一緒に暮らすことも、結婚式を挙げることもあたりまえのことで、新しいことではない。

 また、ゲイもレズビアンも、私が会ったLGBTの人たちには、結婚というかたちから生まれる「家族」という従来のフォーマットのあり方そのものに、疑問を抱いている人が多い。彼らは言う。
 カップルや夫婦というのは、長い年月で培われた関係性の総称でしかない。結婚というかたちをとっているカップルと、とっていないカップルで違いはあるか? 自分たちの世界では式を挙げたカップルとの差はあまりない。ストレートでも同じ。結婚していない人が増えているのは、そこに疑問を抱いている人たちが多いからではないか、と。

 ではあらためて、家族とはなんだろう。はたと考え込んだ。
 少なくとも私達は、民法で規定された「家族」を追いかけたいわけではない。かといって新しいかたちを力んで提起したいわけでもない。

 ちょっとつきあった、同棲した、別れたというような簡単な尺ではなく、人と人との間を長い間かけてゆききし、紡がれた心のつながり。築かれた関係性を、おいかけたかったはずだ。

 中津圭博さんは、どんな答えを持っているだろうか。 

 ところが取材当日。
 超多忙なふたりとやっとスケジュールが合ったのが就業後の、平日19時。医師のKさんは仕事が長引き、とうとう間に合わなかった。中津さんとのメールでのやり取りで、Kさんが言うことには、「え、顔を出すの? それはちょっと……」。
 ごめんなさい、取材主旨は理解していて、お話は大丈夫です……と、平謝りの中津さん。
 本企画は年単位で考えている。Kさんの心の移ろいもそのまま、描写していきたい。いつか、写ってもいいという日が来ても来なくても、我々はふたりの時間をそのまま描いていく。


生き方を決めた日

 中津さんは、幼い頃両親が離婚し、母と祖父母に育てられた。東京の大学に進学し、サークルの一環で、日本ロシア学生会議に参加。活動に打ち込みながら、「誰かの役に立つ、なにかの架け橋になる」ことのやりがい、おもしろさに目覚め、外務省を志した。

 大学4年。
 愛情豊かに育ててくれた祖父が急逝する。中津さんはそれを機に、ゲイという世界をもう少し覗いてみようと決心した。

「祖父の死で、人間はいつ死ぬかわからない。自分自身の生きる価値を知りたい、もっと高めたいという気持ちになったのです」

 そして、同じゲイの友人と、性的マイノリティの人たちを対象にした友だちづくりイベントを行うNPOの手伝いをはじめた。
 これは、あらゆる人の多様性や人権が尊重される社会を目指した、小さな一歩である。同時に、これはすなわち自らのセクシャリティを公表することを意味した。

 ゲイ同士が知り合うには、夜のクラブやバー、出会い系サイトが中心になる。夜ではなく、酒の入っていない昼間、公共の場で、出会いの場をつくりたい、恋人を探すだけの場ではなく、友だちも増やしたいと思った。少し前まで、出会いの場の多くは“恋愛目的”で、意外にゲイの友達をつくる場がなかったからだ。

 彼は、この10年でその流れを変えた裏方のひとりである。


支えたものは、自己同一性

 プライベートでは入省試験に落ち、次に志望していた商社も決まらず、1年間の就職浪人で、自分が何をしたいのか熟考を経て、証券会社に就職をした。
 国同士の架け橋となること、少しでも故郷の家族が裕福な暮らしを営めること、両方の可能性が内包されていると考えたからだ。
 しかし、現実は違った。

「いちばんこたえたのは、顧客の70代の女性から100万円を託されたとき、上司に、それっぽっちの取り引きじゃ、売上にならないと言われたことです。そのおばあさんは僕が入社したときの最初のお客さまで、亡くなったご主人の跡を継いで小さな会社を営んでいました。彼女にとって100万円は大きい。自分が大切にしていたお客さまを無下にされたことと、女手一つで家族を養ってきた自分の母が100万円を出すような苦労と重なって見え、憤りを覚えました」

 当時、社員一人およそ月30億の金融商品を売ることを使命とされていた。

 25歳。働きながら、先進国と発展途上国における食の不均衡をなくすNPO活動に携わり、その流れで、現在の勤め先の社員と出会い、転職をした。
「小さく歴史の浅い会社ですが、投資を、本来のあり方である社会の幸福のためにも使うという目的が明確にあり、売りっぱなしの利益至上主義とは一線を画していた。ここで自分も誰かや社会の役に立ちたいと強く思いましたね」

 以来9年、同社で精力的に働き続けている。
 文字で書くと、破綻がない人生に見えるが、おそらく同じ年代の男性よりはトンネルや壁は多かったろう。香川の高校時代は、自らのセクシャリティを隠し、「絶望しかない時期」もあったと言う。

 だが、セクシャリティだけでなく、仕事や生き方を決定するときの根底に、「自分に嘘をつかない」「誰かの役に立ちたい」という思想が通底している。
 一貫した自己同一性が、彼のこれまでの日々を支えてきたように思う。
 もうひとり、彼の10年を支えてきたKさんとは、どう付き合っているんだろう。


「言ってくれてよかった」

「ふたりともお酒を飲むことと食べることが大好きで、僕は料理も好き。食事のとき、落ち着いてあれこれ話します。土曜には外でおでんを食べたり。彼には何でも話す。自分にとって港のような、家族のような存在です」

 互いにおじいちゃんおばあちゃん子で、気が合う。仕事の詳しい話をするわけではないが、ただ酒を飲み、おいしいものを囲むだけで、自然に笑顔になる。
「その笑顔の数だけ、お互いに親身になれる」と彼は言う。

 とはいえ20代の頃は、結婚したい、子どもを持ちたいと夢が膨らんだ。
「若い頃って、他の人と同じものを求めたがるんですよね。でも、夢を持ちすぎて疲れました(笑)。今は、果たして、それにどれだけ意味があるのかなって思います」

 昨年、はじめてKさんは両親に自らのセクシャリティを告白し、中津さんの存在を伝えた。
 父親の第一声は、「言ってくれてよかった」だった。驚いていた母からは、後日、Kさんに電話が来た。

「うちのマンションに空きが出たから、おじいちゃんおばあちゃんのために一室買ったの。もしもなにかあって介護が必要な時のためにね。でも、今は空いているから、よかったら使って構わないよ。いつでもふたりで遊びにおいで」

 私は思う。「結婚」や「家族」というフォーマットは、本当に、フォーマットでしかないかもしれない。「家族」とは、単なる仕組みや仕様、形式の名前なのかも、と。
 次回は二人の休日を訪ね、Kさんにも答えを聞こう。

みかんは最近Kさんの実家から、たくさんの食料品とともに二人あてに送られてきた

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2020/02/06

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