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つくる人 私たちの暮らしを豊かにする「もの」を生み出す「つくる人」とのトークセッション。

Vol.12 安藤夏樹(編集者)
あるものから無いものをつくる

出版社勤務を経て、4年前に「プレコグ・スタヂオ」をたち上げた安藤夏樹さん。
編集者としてさまざまな媒体に携わりながら、
木彫り熊の魅力を伝える書籍『熊彫図鑑』を発刊。大きな話題を呼んでいる。
生粋の"モノ好き”である編集者が編み出すのは、私たちがまだ見ぬ豊かな世界。

写真:HAL KUZUYA 文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
安藤夏樹(あんどう・なつき)

編集者。日経ホーム出版社、日経BPを経て、2016年「プレコグ・スタヂオ」を設立。時計を中心とした記事を編集・執筆しながら、書籍の発行も行っている。
http://precog-studio.com/
Instagram:@tokyo903@a.natsuking@precog_watch

編集者への道

昨年CLASKA Gallery & Shop “DO” 本店で開催した木彫り熊展「東京で、熊さんかい?」では大変お世話になりました。今年も第2弾となる「もっと東京で、熊さんかい?」を開催させていただけて嬉しかったです。

安藤:
こちらこそ。

木彫り熊のことはもちろんなのですが、今回は編集者である安藤さん個人のことや他のお仕事についてもお伺い出来たらと思っています。先ほどから事務所の中に置いてあるものが気になってしょうがないのですが……魅力的なものがたくさんありますね。まるでギャラリーのように素敵な場所で。

安藤:
ここには「僕が関心を持っているのはこういうものです」っていうものが置いてあるんです。まあ……“趣味の部屋”みたいな感じですかね。はじめて仕事をご一緒する方には、まずここに来ていただくことが多いんですよ。自己紹介をするような意味合いもあって。

先ほど申し上げたように我々CLASKAにとっては安藤さんといえば木彫り熊、なのですが、主宰されている「プレコグ・スタヂオ」としては時計関連の仕事や企業ものの印刷物の仕事がメインだそうですね。

安藤:
そうですね。仕事の7割強くらいは時計関係なんですよ。

てっきり、木彫り熊がメインかと(笑)。

安藤:
木彫り熊は仕事といっていいのか……半ばライフワークのような感じになっていますね。実は時計もね、最初は個人的な趣味からはじまって気がつけば仕事になってしまったんですけど。

今回インタビューをさせていただくにあたって、安藤さんについて書かれている記事がないか色々探したのですが、ほとんど見つからなかったんですよ。

安藤:
まあないでしょうね(笑)。編集者ってそういうものですから。

4年前まで出版社に勤務されていたそうですが、編集者としてのキャリアはどのような経緯でスタートしたんですか?

安藤:
大学卒業後、「日経ホーム出版社(現在の日経BP)」に新卒入社しました。最初の3年くらいは広告営業をやっていたんです。

編集部配属ではなかったのですね。敢えて広告営業を志望されたのでしょうか。

安藤:
そもそも出版社を目指すきちんとした理由が無かったというか。就職活動の時期に高校の同級生が「出版社を受けるから」ということでうちに泊まりにきて、彼の話を聞いて「出版社もいいな」と思ったのがきっかけなんです。他の出版社も受けたのですが、気の迷いというか、なぜか日経ホーム出版社だけ広告部志望にして。僕はなんだかんだ置かれた場所で楽しめるタイプですし、出版に関わるビジネスは一通り知りたいという思いもあったので広告営業でも問題ありませんでした。でも3年程経った頃に、そろそろ制作をちゃんとやりたいなという気持ちになってきたので異動希望を出したんですね。ところが全く相手にされなかったんです。絶対にありえない、と。

なるほど。

安藤:
営業と編集がはっきり分かれていて、営業が編集に異動することもなければその逆もないという会社だったんですよ。じゃあ辞めようかなと思って上司に話をしたら、なんだか急に歯車がカチっと動き出して。結局親会社のトップにまで話がいって、結果編集部に異動になったんです。上司に「こういう異動は最初で最後だと思うから」って言われて。

前代未聞の人事だったんですね。まるでドラマ「半沢直樹」のような。

安藤:
そうそう(笑)。

それにしても、出版社への就職や編集者を目指す方って「こんな雑誌や本がつくりたい!」といった明確な動機があるイメージがありますが、そうではなかったんですね。

安藤:
そう……ですね。大学は商学部で、雑誌は読んでいましたけど特に読書家というわけではありませんでした。でも、就職活動の時に「社長を目指す生き方か、そうじゃないか」ということは決めた気がしますね。会社の中で偉くなっていくことを目指す生き方なのか、やりたいことをやって自分ならではのスキルを身に着けていく生き方なのか。

編集者の仕事は“選ぶ”こと

編集部への異動後は、どのような媒体を担当されたのでしょうか。

安藤:
広告営業で証券会社を担当していたこともあり、最初は『日経マネー』編集部に。3~4年所属した後に『日経おとなのOFF』に異動しました。

金融誌からカルチャー誌へ。全然違うジャンルですね。

安藤:
そうですね。『日経おとなのOFF』に異動後は、週末になると“日本で一番”と当時言われていた宿やレストランに個人的に泊まりに行ったり食べに行ったりしてました。京都の俵屋とか。「最高峰を体験しておけば、どこにも緊張せずに取材にいけるだろう」とか適当なこと言って。当時はまだ20代ですから、当然お金もない。貯金はたくだけじゃ足りなくて、コレクションの時計を売ったりしました。

安藤さんが得意とした分野はあったんですか。

安藤:
異動してしばらくしてから美術系の企画を担当するようになったのですが、はじめて仏像の取材をした時にものすごい衝撃を受けて。仏像って面白いんですよ。まるでキャラクターのように色々な種類の仏像がいて、それぞれに役割があって、ポーズにもちゃんとした意味があったりとか。何本か仏像特集をつくりましたけど、それとは別に『美仏巡礼』というムックをつくったり、写真家の三好和義さんと一緒に『極楽園』という仏像の写真集をつくったりしました。

三好和義さんといえば、“楽園写真家”として知られていますね。

安藤:
「仏像は心の楽園です」ということでお願いしたんです(笑)。みうらじゅんさんともよくご一緒させていただきましたね。当時、仏像の特集や連載ばかりつくっていました。

定期媒体に関わりながら、自分がつくりたい本もつくる。かなり忙しい日々だったと想像しますが、とても充実していたのではないでしょうか。

安藤:
そうですね。でも実はあることがきっかけで、子会社の「日経BPコンサルティング」に異動することになったんですよ。その時にいよいよ辞めようと思ったのですが、配属になった部署の上司がかつてお世話になった編集長だったということもあり、少し続けてみようと。

どんな仕事を担当されたんですか。

安藤:
『MOMENTUM(モメンタム)』というラグジュアリー雑誌の編集長をしていました。その他にも企業会員誌の編集長なども兼ねていたのでなんだかんだ離れられず、結局10年くらい在籍しましたね。独立後も、時計ブランド「グランドセイコー」さんの会員誌や『MOMENTUM』に関しては、プレコグ・スタヂオとしてそのまま続けさせてもらうことになりました(『MOMENTUM』は2018年に休刊)。

そもそもの話になるのですが、「編集者」という仕事って世間から見ると少々漠然としているところがある気がしています。ファッション雑誌のような華やかな世界を想像する人もいれば、作家と二人三脚でじっくり本をつくる姿を想像する人もいると思うのですが、安藤さんの言葉で「編集者」という仕事を説明するとしたら、どのような感じになりますか?

安藤:
僕の中では編集者の仕事は「選ぶこと」だと思っています。写真家はクリエイターだし、文章を書く作家やライターもクリエイターだと思うんですけど、編集者はクリエイターではない。“選ぶ”のが仕事なんじゃないでしょうか。どういう企画で何を紹介するのか、それを誰に撮ってもらって誰に書いてもらうのか、とかね。

出版社で編集者として働いた後に独立して、ライターになる方って多いじゃないですか。でもライターと編集者ってまったく違う仕事ですよね。

安藤:
そうなんですよね。プレコグ・スタヂオは妻と二人で立ち上げたのですが、妻はもともと同じ会社に所属していて、僕より何年も前にフリーライターとして独立したんです。やっぱり妻の方が、書くことにこだわりがあるんですよ。

でも安藤さんは、原稿もかなりお上手ですよね。

安藤:
うん、わりと上手なんですよ(笑)。それはなぜかというと、日経BPって僕がいた頃はスタッフライティングが基本だったんです。だから書くこと自体に抵抗はないのですが、自分には書くことよりも編集する方が向いている気がするんですよね。かつて妻に『MOMENTUM』で写真家・アラーキーさんのインタビュー記事を書いてもらったことがあるのですが、それを読んで僕は書くのをやめようと思いました。僕も正直原稿を書くことに関しては自信があったほうなのですが、僕が書くよりも妻が書いた方がいいなと実感したんです。

「好き」という気持ちが動かすもの

いよいよ木彫り熊の話を伺いたいと思うのですが、去年CLASKAで開催していただいた企画展で「好き」という気持ちの強さというか、エネルギーを目の当たりにした気がしました。我々に声を掛けてくださったのはどういう経緯からだったんですか?

安藤:
それはやっぱり、CLASKA Gallery & Shop”DO” のディレクターである大熊健郎さんの苗字が“大きい熊”だからですよ(笑)。

そうでしたか(笑)。

安藤:
いや、大熊さんはね、木彫りの熊に関心を示してくれるんじゃないかなって思ったんですよ。最初に提案した時は「へぇ」という感じだったんですけど、その後たまたま名古屋で店を営んでいる共通の友人と大熊さんとの間で僕の話が出たらしくて。その店は木彫り熊を扱っているんですけど、それを見て「安藤さんが言ってた熊って、こういう熊なんだ」と。で、その後お会いした時に「何かイベントやりませんか」と言ってくださって。あ、やっと動いたって思いました(笑)。

企画展は想像以上の盛り上がりでした。私の実家にも両親が北海道の親戚からもらったという木彫り熊があるのですが、まさかこんなに色々な種類があると思わなかったし、何より“興味を持っている人がこんなに沢山いるんだ!”とカルチャーショックを受けました。人が熱狂する新たなジャンルが生まれる瞬間を目撃したような感覚でしたね。

安藤:
僕としては仏像の特集や本をつくっている時の気持ちに似ているところもあったのですが、仏像と木彫り熊とで決定的に違うところが一つあって。仏像は既に研究者もたくさんいたけど、木彫り熊のことを見ている人は当時少なかったんです。ビジネスっぽく言うならば、木彫り熊はまさに「ブルー・オーシャン」(競合相手のいない領域)でした。

展示会場ではプレコグ・スタヂオが制作・発行した書籍『熊彫図鑑』も販売されましたね。北海道の木彫り熊は徳川家がスイスの木彫り熊を八雲町に持ち込んだことがきっかけで生まれた、といった歴史背景も興味深かったのですが、個人的には収録されている熊彫作家の方やそのご家族の証言がとても素敵で感動しました。

安藤:
いやぁ、そうなんですよね。僕と木彫り熊の縁は、八雲でつくられたという木彫り熊をとある古道具店で見つけたことがきっかけでした。「現地に行けば他の作品も買えるんじゃないか」という下心で八雲へ足を運んだのですが、買える場所はありませんでした。でも、滞在したわずか3日間の間に木彫り熊に関連する方をいろいろと紹介していただけて。八雲には木彫り熊の歴史を伝えるすばらしい資料館があるのですが、熊を彫っていた人の話は当時はあまり残っていませんでした。熊彫作家のことを直接知るわずかな人たちが亡くなってしまったら記録も残らず忘れ去られてしまうんじゃないか……だったら話だけでも聞いておこうと思い、インタビューをはじめたんです。そうしたら想像以上に話が面白かった。それで本をつくろうと思ったんです。

収録されている話を読むと、なんというか、興奮しますよね。まさか一個人にこんな歴史が! って。エンターテインメントって提供する側と体験する側、役割がはっきり分かれているものだと思っていたんですけどそんなことはなくて、もしかしたら誰でも映画化級のエピソードを抱えているものなのかもしれないな、と思ったりしました。

安藤:
よく「一人一本は小説をかける」って言われますよね。それって、“自分のことを書けば他の人が読んだ時にそれなりに面白いよ”っていうことなんですけど、なかなか自分のことを書く機会はない。それを僕らは書かせてもらった。そして『熊彫図鑑』のようなものができた、という感じでしょうか。

“売れない本”をつくっていく

『熊彫図鑑』のあとがきで、“本というかたちにすることで、動きだすことがある”というようなことを書かれていましたが、まさにそれは編集者だからできる仕事だなと思いました。編集者にもさまざまなスタイルがあって、得意とするジャンルや本のつくりかたも人によって異なると思うのですが、ご自身の個性や特技ってどう分析されていますか。

安藤:
特技と言えるかどうかはわからないですけど、時計を筆頭に、僕はものを集める傾向があるんですね。全体像を把握することで、“これまで体系化されていないものを体系化したい”という思いはあります。『熊彫図鑑』の出版でそれが叶ったわけなんですけれど。

プレコグ・スタヂオが出版する本のテーマというか、「こういうものをつくっていきたい」という具体的な思いはありますか?

安藤:
独立する前から、「売れない本をつくる出版社にしたい」という話を色々な人にしていましたね。

売れない本、ですか。

安藤:
本当に売れなかったら困るんですけどね(笑)。「今の出版業界の中では“売れない”と思われているもの」という言い方がわかりやすいかな。僕がこれまでつくってきた中でいうと、写真集って本当に売るのが難しい。たとえば、日経BP時代につくった写真集の価格は3800円だったんですけど、何人もの人に「高い」と言われました。

『熊彫図鑑』はさらに高くて、6000円(税別)ですよね。

安藤:
はい。でもね、一般流通版は1300冊刷って在庫が残り150冊くらいなんですよ。

すごいですね。

安藤:
この本は装丁も割りと頑張っていて、ハードカバーで糸かがり綴じ(本の巻頭から巻末までを1本の糸で縫い合わせていく方法)。糊で綴じる方がコスト的には安いんですけど、束見本を両方つくってもらって1週間くらい毎日開いたり閉じたりしていたら、やっぱり糊の方は微妙な歪みがでてきたんです。だから、値段は上がってしまうけれど糸かがり綴じにしました。「木彫り熊」というテーマでこの体裁とボリュームの本をつくるという選択肢は、普通の出版社ではまずないと思います。木彫り熊で6000円の本なんて売れるかよ、って(笑)。

企業としての判断になると、どうしても守りに入ってしまいますよね。

安藤:
確かに高額だと思うのですが、この本はある意味で“コレクターズブック”でもあると思うんです。コレクターズブックって一般的に高価格なものが多いけれど、ものを集めている人からするとその資料がないことにははじまらないわけですよ。

本の売り方に関しても、あるルールを決めてらっしゃるそうですね。

安藤:
これからどうなるかわからないんですけど、現時点ではAmazon等の大型ネット書店では販売していません。あと、取次(出版社と書店の間を繋ぐ流通業者)を通さずに「ここならば大切に売ってくれるだろう」という場所に、僕たちが直接卸させていただいています。

それはなぜですか?

安藤:
取次を通せば書店に広く配本されるかもしれませんけど、この本とマッチしない書店にも置かれることで、売り物にならない状態で返本されてくる可能性もあるわけです。せっかくつくったものがそういう運命を辿るのは悲しいじゃないですか。やっぱり「売りたい」と思ってくれる店員さんが大切に売ってくれるほうが本にとっても幸せだし、純粋に売れるだろうなって思います。実際に『熊彫図鑑』は昨年のCLASKAの企画展で200冊くらい売れましたから。大型ネット書店で販売しないことに関しては……“本を買う喜び”ってあるじゃないですか。本に限らずですけど、何か欲しいものに出会っても「後でネットで買えばいいや」って思っちゃうでしょ。それはそれで便利だから良いことだし僕もよくネットショップは利用しますけど、全部のものがそうである必要はないですよね。

確かにそうですね。

安藤:
「出会った時に買わなかったら、もしかしたらもう買えないかもしれない」という緊張感の中でものを買う行為って大切だと思います。書店で衝動的に本を買って帰り道の喫茶店で一気に読む、みたいなことが少なくなりましたよね。本そのものと同時に“本を消費する楽しさ”もつくっていけたらいいな、と考えています。

残り150冊くらいとのことでしたが、完売したら増刷するんですか?

安藤:
よく聞かれるんですけど、すぐに増刷するつもりはありません。本が完成してからも取材は続けていて、新事実や修正したいところもあったりするからしたい気持ちもゼロではないんですけどね。

そうなんですね。

安藤:
これは作家の赤瀬川源平さんが僕に教えてくださったことなのですが、「ものは中古になった時にはじめて本当の価値にさらされる」とおっしゃるんですよ。価値がないものはタダ同然になるし価値のあるものはプレミアがつく、と。

ああ、わかる気がします。

安藤:
新品のものに値段をつける時って“足し算”なんですよ。宣伝費や制作費、人件費などを足していって販売額をはじき出す。でも中古になったら、“価値”だけが価格を決める理由になるわけです。そうなった時にも、ちゃんと評価されるものをつくりたいなという気持ちはありますね。そういう背景もあって、この本をすぐに増刷をしようとは思わないんです。

あるものから無いものをつくる

枠にとらわれず、とても伸び伸びとお仕事をされている印象なのですが、同時に並大抵の覚悟じゃできないことなんだろうな、とも思います。

安藤:
いやいや、そんな覚悟は必要ないですよ。

やっぱり「木彫り熊をテーマに6000円の本をつくる」というのは相当なチャレンジだったんじゃないか、と。

安藤:
心の底では、木彫り熊がそんなにニッチなものだと思っていなかったんですよ。だって大体実家にあったりして、みんな知ってるでしょう(笑)。

でも、知っているようで全然わかっていませんでした。

安藤:
そうなんですよね。「こんなに沢山の人が存在を認知しているのに、“実際のところ”は誰も知らないものって他にないんじゃないか?」ということに気が付いた時、僕は震えましたよ。これは編集者として逃してはいけないチャンスだなって。でも本をつくるとなると、そこにマーケットがあるかどうかも非常に大切になってくるわけです。売れなきゃしょうがないですから。「かわいいなぁ」とか「こんな世界があるんだ!」という風に受け止めてもらえたらいいけれど、「ああ、あの鮭を咥えてるやつでしょ」と思考を停止されちゃったら広がりようがない。

確かにそうですね。

安藤:
Instagramでの情報発信は「木彫り熊のことを知ってもらって、廃棄される熊を少しでも減らしたい」という思いではじめたのですが、もう一つ「木彫り熊ファン」を増やすことで本を買ってもらえる土壌がつくれたらという思いもありました。本を出す前に「木彫り熊にはこんなに種類があるんだよ」ということを世の中に知ってもらうことができたのは大きかったと思います。インスタが無かったら、こんなに本は売れなかったんじゃないかな。

蓋を開けてみたら、ちゃんとマーケットができていましたね。

安藤:
そうだ、これは偉大なる先人である鹿島茂さんに教えていただいたことなんですけど……。

鹿島さんといえば、文学者であると同時に古書などの熱心な“収集家”としても知られている方ですね。

安藤:
はい。僕など足元にも及ばない、収集界の偉人です(笑)。その鹿島さんがおっしゃった言葉でなるほどと思ったのが、「コレクターとは何か。それは、あるものから無いものをつくる人のことだ」と。

なるほど。

安藤:
既にあるものを集めて調べて体系化することによって、新しいジャンルを社会に提示する。これがコレクターの仕事だ、とおっしゃるんです。それを聞いた時、「なんて素晴らしいことだろう!」と思いました。木彫り熊のこともみんな知っているようだけど、マーケットとしては存在していなかった。でも、本をつくったり展示をしたことで、そこに新しいジャンルが生まれた。鹿島さんがおっしゃったことを実証する実験ができたな、って思っていますね。

現在進行形で進んでいるプロジェクトはあるんですか?

安藤:
直近でやっているのは、陶芸家の黒田泰蔵さんの書籍と、写真家の鬼海弘雄さんの写真集です。

『熊彫図鑑』同様、コレクターズブックなのでしょうか。

安藤:
そうですね。黒田さんの本、すごく面白いものになりますよ。黒田さんの作品って白磁ですごくシンプルな印象があるでしょう?

そうですね。ストイックなイメージがあります。

安藤:
ですよね。でも黒田さんって、実は手塚治虫の古いマンガとかエルビスプレスリーの古いレコードとかをたくさんお持ちなんですよ。

えっ、そうなんですか?

安藤:
100年前のサーカスのおもちゃとか熊のぬいぐるみとか、可愛いものもたくさん持っています。意外でしょう? 「コレクター」って色々なタイプの人がいて、お金にまかせてなんでも買う人っているじゃないですか。個人的にそれはあまり面白くないなと思っていて、お金のあるなし関係なく“その人の趣味”が反映されたコレクションが好きなんですよね。今回の本は、黒田さんが集めたりそばに置いているものが、あの白磁をつくり上げたんじゃないか、という視点でつくらせていただいてます。

面白い! てっきり作品集のようなものかと思っていました。

安藤:
白磁のことはほとんど紹介しないんです(笑)。陶芸家って陶片で昔のものを調べるじゃないですか。言ってみれば陶片みたいな本ですよね。「黒田さんの白磁の中に含まれているのは、こういうものだった」っていう。

黒田さんの反応はいかがでしたか?

安藤:
「今までそこに関心を持ってくれた人はいなかった」とおっしゃってくださいました。僕は、黒田さんが集めてきたものって“有名・無名”あるいは“高い・安い”で語れるものではなくて 、“黒田さんはこういう人だ”ということを表すものだと思っているんですね。それを表現するための本をつくりたい、ということを伝えたらすごく喜んでくださって。

写真家の鬼海弘雄さんは、つい最近お亡くなりになってしまいましたね。

安藤:
はい。とても残念です。ご病気が発覚する少し前から写真集をつくらせていただきたいというご相談をしていたんです。少しずつ具体的な話を進める中で、鬼海さんが体調を崩されて。コロナもあって直接お会いすることが難しくなってしまったのですが、どういう内容にするかということを時間をかけて意見を交わしてきました。ですから、鬼海さんはお亡くなりになってしまったけれど今でも一緒に本づくりをしている感覚です。

どのような内容の本になるのでしょう?

安藤:
鬼海さんは約40年間にわたって浅草の浅草寺の同じ場所で道行く人のポートレイトをずっと撮影されてきて既に何冊か本になっているのですが、未公開分も含めて一冊にまとめたいと思っています。約1000人分、40年間にわたる“浅草コレクション”として。

ものすごいページ数になりそうですね。

安藤:
今のイメージのままで行けば1000ページ近くになりそうです。実はこの本の構想を周りの人にした時に「それはやめたほうがいい」という方も何人かいました。写真集を売るのは簡単ではありませんから。でも、なにより自分自身が一番欲しいと思っているんですから仕方がないですよね(笑)。まぁ、印刷代だけでかなりの金額で見積があがってきた時には一瞬怯みましたけど(笑)。それは冗談として、とにかく鬼海さんが数あるオファーの中から僕を選んでくださったことは光栄ですし、絶対にいい本にしたいと思っています。

存在することに大きな意義がある本になりそうですね。

安藤:
鬼海さんはワールドワイドな作家であり、既に評価は高いけれど、もっと評価されていい方だと思います。今つくっている本は高価なものになるし決して広く一般に売るものではないけれど、世界中の写真集コレクターが「これは持ってなきゃだめだよね」というものになったらいいなと思います。鬼海さんとも「本が出来たら一緒に海外に売りに行きましょうね」という話をしていたんです。本の内容もですが、本という“もの”をつくることではじまる未来の話も沢山しましたね。

どちらの本も、世の中の反応が楽しみですね。

安藤:
そうですね。嬉しいのが、黒田さんもそうですし亡くなられた鬼海さんも「本をつくる」ということが活力につながった。鬼海さんは生前、1日に2回も3回も電話をくださって嬉しそうに本の話をされて。インターネット全盛の今、本が過去のものとして語られることも多い中で、“本をつくる”ことで活力が湧いているお二人の様子を見て純粋に「すごく良いなぁ」と。本に出来ることってまだまだ色々あるんだなと改めて思いました。

先ほどお話された、「新たなジャンルをつくる」ということも含めて。

安藤:
僕の中では小さな実験をいくつもやっていて、たとえば『熊彫図鑑』の表紙には八雲の街に行かないと買えないグレーバージョンがあるんです。ピンクとグレーの2種類をつくったのは、「本を買うためだけに八雲に行く人がいるだろうか」という実験をするためなんですよ。プレコグ・スタヂオとしてご飯を食べていくための仕事は仕事でしっかりやって、出版業の方は小さな実験を繰り返す。言い方はカジュアルになっちゃいますけど“壮大なる文化的遊び”みたいな……。壮大じゃないのかもしれないけど、僕の中では壮大なんです。

“豊かさ”とは何か

この連載は「つくる人」というタイトルなんですけど、安藤さんが「つくっているもの」ってなんだと思いますか? 

安藤:
“新しいジャンル”とか言いきれたらカッコいいですけどね。正直、そこまでのものはつくってないと思うんですよ。でも、「僕にしかつくれないもの」をつくることを目指したいとは考えます。たまたま今の僕らに出来ることは出版に関することが多いんですけど、今後はもっと立体的なこともやってみたいなって思いますね。木彫り熊の展覧会やイベントは既にやっていますけど、ギャラリースペースをつくってそこで何かを提案したり、ホテルとか空間づくりもしてみたいなぁ。本だけにこだわっているわけではないんです。

プレコグ・スタヂオとしての、今後の事業計画はあるのでしょうか。

安藤:
僕、夢が持てないんです(笑)。「将来〇〇になりたい」って思ったことが一度もないんですよ。たとえば木彫り熊の取材をはじめた後に「本をつくりたいな」と思えたように、ある種実現できそうな世界で夢を持つことはできるんですけど、10年後こうなっていたいとか、こういう仕事をこういうタイミングでやりたいっていうことを想像できないんです。

そうなんですね。

安藤:
流れに身を任せているところは確実にありますね。思えばこれまでの人生において「決断」した記憶って本当に少ないんですよ。小さな決断は常にしているけど、人生を変えるような決断って、会社を辞めた時くらいかもしれない。自分の周りにある可能性の中から最善を選んできた、っていう感じですね。うちの妻とか、うらやましいんですよ。「将来トランペッターになる」と言って最近教室に通いはじめて(笑)。僕だったら、今から音楽家にはなれないだろうって諦めちゃう。

現実的なんですね。

安藤:
めちゃくちゃ現実的ですね。でももしかしたら、それが編集者なんじゃないかな。常に落としどころを考えているところがあるかもしれない。

相反するようですが、受け手としては安藤さんが発信することに夢やロマンを感じています。それにしても……編集長をされていた雑誌『MOMENTUM』はラグジュアリー誌で、時計もその系譜だとして、そこからの木彫り熊、という守備範囲の広さがとても面白いなと思います。

安藤:
ラグジュアリーの世界で僕のことを知った人は、「安藤さんがなんか変なことやっている」という印象かもしれませんし、逆もそうですよね(笑)。でも「ラグジュアリーって何?」っていう話なんですよ。人気高級ブランドの物を持っていたらラグジュアリーなわけではなくて、特別感のある消費行動ができればラグジュアリー(贅沢)、つまり“豊か”だと言えるんじゃないかな。

言ってみれば、『熊彫図鑑』は相当ラグジュアリーですよね。

安藤:
今つくっている鬼海さんの写真集や黒田さんの本だって、相当ラグジュアリーだと思いますよ。これからも、手にした人が豊かな気持ちになれるような本をつくり続けたいですね。本の価値がどんどん弱まっているように見える現代においても、“本”というものに出来ることはまだあるはず。その可能性を信じて追求することが僕らの本づくりのひとつの原動力というか、つくる理由だなと思いますね。

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2020/12/19

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