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つくる人 私たちの暮らしを豊かにする「もの」を生み出す「つくる人」とのトークセッション。

Vol.8 ヂェン先生の日常着(鄭惠中ヂェン・ホェヂョン
40年前に見つけた、変わらないもの

「衣食住」とは、人の生き方を映し出す鏡のようなものである。
どのような暮らしを愛するか、日々何を口にするか、そしてどんな服を身に纏うか?
台湾生まれの服「ヂェン先生の日常着」は、これからの時代における“もの”と私たちの理想的な関係を体現する存在のように感じる。
生みの親である鄭惠中さんの、揺るぎない哲学の背景に迫った。

写真:HAL KUZUYA 文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA) 協力:青木由香 モデル・ダンサー:⼭崎眞結、仁⽥晶凱


Profile
鄭惠中ヂェン・ホェヂョン
1956年台湾生まれ。台湾の先住民族の豊かな文化に触れたことを機に、約40年前より天然繊維を使った服作りをはじめる。65歳を迎える今は、服作りのみならず、ライフワークとして台湾文化を持続発展させていくための活動も積極的に行っている。


 夏が近づくと、ヂェン先生の服が恋しくなる。

惠中布衣ホェヂョンブーイ 」の名で、台湾の茶人や書家、舞踏家など伝統芸能に携わる文化人に長く愛されてきた服。眺めているだけで気分が高揚するカラフルな色あいと、シンプルなデザイン。一度袖を通したらやみつきになる着心地の良さで知られる服は、台湾の服飾デザイナー・鄭惠中さんの手になるものだ。日本では、「ヂェン先生の日常着」と呼ばれている。

 ここ10年近くにわたり、あらゆるジャンルにおいて“日常”という言葉が一つの重要なキーワードになり、ファッションの分野においてはリラックスムードを纏う日常着が一つのジャンルとして定着した。CLASKA Gallery & Shop “DO”で、ヂェン先生の日常着を扱いはじめたのは約10年前。今ではロングセラー商品の一つとして、さまざまな世代の方に愛されている。

 驚くべきは、ほぼすべての商品が、今から40年前にデザインされたものであるということ。サイズ展開こそあるが、色もかたちも「これは女性用、男性用」という区別はない自由な服。日常という言葉がトレンドとして語られる遥か以前に生まれた、“日常着の原点”とも呼べる服だ。

 時代を超えて私たちを魅了するヂェン先生の日常着の秘密を、改めて探っていこうと思う。

時を超えて愛されるもの

「私がつくる服は、くつろぎ、自由な、そして欲張らない。平和な服です」

 天然素材の綿麻を使った、単色でシンプルなデザイン。台湾では日常着としてはもちろん、仕事服そして式服としても長らく愛されてきた。
 鄭さんの服は、綿と麻の混紡でつくられているものがほとんどだ。この“混紡である”ということには理由がある。

 台湾、日本を含むアジア諸国では、特に夏の暑い時期には見た目にも清涼感をもたらす麻素材の衣服が重宝される。ただ、着心地や手入れの面でいうと麻100%の服は少しゴワゴワするし、皺のつきやすさも少し気になる。綿をベースに麻を加えることで、より着心地のいい服になるのだという。

「綿、麻という素材は、約100年前から私たちの生活の中で伝統的に使われてきました。しかし化学繊維が発明されてから少しずつ衰退し、忘れられつつあった。綿と麻の混紡で布をつくることは服づくりの過程における重要なデザインの一つであり、私にとっては一つの“文化再生”でもあったのです」

 冒頭で触れた通り、今私たちが手に取ることができるヂェン先生の日常着は、まもなく65歳を迎えようとしている鄭さんが20代半ばでデザインしたものだ。当時どんなことを思いながらデザインをしたのでしょう? と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「この40年で、社会は常に変化し続け、人も物事も同じように変化してきましたが、私の服はずっと変わっていません。40年前に“変わらないもの”を探し、見つけたのです」

 20代の鄭さんは紡績技術系の専門学校を卒業し、その後兵役を経て紡績業を営む会社に入社した。当時はすでに化学繊維全盛の時代。自身が関わった現場で見た景色が、その後に歩む道を決定づける大きなきっかけになったという。

「規格化された工場で生まれる大量の服。24時間休まず働く機械の中で、20歳そこそこの私が3交代のシフト制で働く10代の女性従業員を管理していました。思い描いていた夢とは真逆とも言える現実を目の当たりにして、“衣服とはなんだ? 服をつくることが、どうしてこんなにも苦痛なのか?”そんな疑問と向き合う日々でした」

 このような労働の背景にある「流行産業」とは、資本家が利益を最大化するためにできたもの。ならば自分は、「非流行産業」の服をつくろう。
 鄭さんは、会社を辞めて起業することを決めた。綿麻素材の天然で自然な服。社会の主流に寄り添わない服。そしてその服を生み出すのは、“健康的な労働”でありたい。そんな思いを胸に生み出した服、そして生産方法のあり方は、今現在でも変わっていない。

健康的な労働が生み出す平和な服

 その制作工程は、実にシンプルだ。

 台北市郊外のアトリエの近所にある工場で布を織り、同じく徒歩圏内のエリアで暮らす女性たちにお針子として縫ってもらう。女性たちが自身の暮らしを大切にできるよう、必要に応じてミシンを買い与え、仕事は自宅で行ってもらうそうだ。そうして出来上がった服は女性たちによって徒歩で納品され、それを染場で染めて出来上がりとなる。

 鄭さんの服の大きな特徴でもある「色」は一見すると草木染めに思えるが、実は化学染料を使って染められている。化学染料と聞くとケミカルな印象を受けるかもしれないが、環境にも人体にも無害なものを徹底的に調べ抜いて選んでいる。仕上がりが植物の状態や気候に左右される草木染めよりも、価格も供給量も安定しているということも化学染料を選択した大きな理由だという。

 文字通り「無数」ともいえるカラーバリエーションが存在するのは、ひとつの染料を色素がなくなるまでとことん使い倒すから。もう染められない、というほどの薄さになってから、はじめて染液を処分するのだという。
 たとえば赤であれば、最初に赤100%の染液で染めた布は濃い赤になり、回を重ねるごとに薄くなっていく。つまり、同じ赤でも“まったく同じ色のもの”はなかなか出来ない。そんなところも、鄭さんの服ならではの楽しさだ。

 お針子さんのことに話を戻そう。

 彼女たちが縫うのは、一人につき一種類の服だけ。だから、数をこなせばこなずほど腕が上がっていく。
 そして、つくる数に関するノルマはない。気分が乗らず納品数が少ない時も、鄭さんは決して急かさない。逆に、ストックがたくさんあるかたちが大量に納品されても、すべて買い取る。
 服の姿かたちだけではなく、同じ社会に生きる者同士お互いが無理せず気持ちよく継続して働ける仕組みを、40年前の鄭さんはしっかりとデザインしていた。

 冒頭で紹介した、「私がつくる服は、くつろぎ、自由な、そして欲張らない。平和な服です」という言葉。この「平和な服」という言葉に、鄭さんのものづくりの哲学が詰まっているように思える。

ヂェン先生がつくったもの

 鄭さんのものづくりにおいて、“社会”は大切なキーワードの一つだ。

「私の仕事は、身体に必要とされる服、そして穏やかな生活と地域をつくること。実は40代以降の私は、服をつくることよりも台湾の文化を記録していくことに時間と労力を費やしています。自分がつくった服を通して人や社会と繋がり、社会福祉や異業種の勉強をすることがライフワークになっているのです」

 鄭さん曰く、商業的な行為の目的は“利己”か“利他”のいずれかにわけられる。得たものをすべて自分のものにするのが利己であり、大衆社会の利益のため手に入れたものはそのまますべて人に与えるという考え方が利他。利他は自身の利益だけではなく新たな世界、あるいは社会を生み出す。

「世でいうところの“デザイン”そして企業という組織は、ほぼ利己の方向へ向かっているのではないでしょうか。そもそも“デザイン”というのは主観的なもの。そういう意味で、私は自分がデザイナーだとは思っていません。“いいデザイン”というものが存在するならば、それは地域全体の創生など、ものを超えた発展につながるものだと考えます」

 「つくる」という行為において、鄭さんが一番大切にしていることはなんなのだろう。

「私の人生の基準であり、仕事をする上でもっとも重視している基準として、ブッダが悟った命の法則と生活方式『自然、中道ちゅうどう、入世』というものがあります。これを私自身がやっていることに当てはめるならば、“自然”は天然繊維を使い自然の法則に沿った環境に優しいつくりかたをするということ、“中道”は高級なものあるいは極端に安いものを追求するのではなく、大衆に受けれられる中庸を目指すこと、そして“入世”は世の中の多くの人にとって無理せず購入できる価格にする、ということになります。」

世の中はギブアンドテイクで成り立っている

 さらに「今後の展望や夢はありますか」と尋ねると、計画も展望もないですね、という言葉が返ってきた。

「先ほどお話しした、“身体に必要とされる服をつくり続け、穏やかな生活と地域をつくる”こと。この二つについて考え続け実行する以外に、課題はありません。世の中は、命の奉と納(ギブアンドテイク)で成り立っています。“吸って、吐く”という呼吸の仕組みは、経済や文化、政治、宗教などあらゆる分野においても同じ。ただ取るだけでは、得られるものはない。無償あるいは安価で何かを手に入れたとしても、同時に目には見えないものを失っているはずです。だから私は、自分のつくった服を通じて新たな世界を生み出すことに力を注ぎたいと思っています」

 鄭さんは「人生にも四季がある」という。
 春に種を蒔き、夏に耕し、秋に収穫する。そして冬に入ったら、新たな課題が生まれる。それは“放下ほうげ する”ということ。若者たちが独り立ちするために力を貸すこと。彼らが表現できる場を設け、自信をつけて能力を磨いてもらうことで地域社会への良き影響につなげること。鄭さんは今、放下の時間を生きている。

改めて鄭さんに、「どんな思いを込めて服をつくって行きたいですか?」と聞いてみる。

「出しゃばらない、比べない、争わない、人をいじめない。太っていようが痩せていようがどんな体型をしていても、人にはそれぞれ独自の個性がある。これは、衣服という物が持つべき平等感であり、私自身が求めているものでもあります」

 ヂェン先生の服を纏うと、身体が喜ぶ。心地よく、ありのままの自分で居られる。シンプルの極致とも言える服が持つ強さと普遍性の秘密は、鄭さんが40年前に見つけた「変わらない」ものの中にあった。

写真提供:惠中布衣

<ヂェン先生のアトリエ>

惠中布衣服工作室ホェヂョンブーイゴンツゥオーシィ
住所:新北市中和区中山路三段179巷15號
Tel:02-2225-3839
営業時間:09:00~18:00 定休日:土曜・日曜


<モデルが着用した商品>

CLASKA ONLINE SHOPでは、「ヂェン先生の日常着」の定番カラーを販売中。合わせて、今回の記事の中でモデルが着用した商品を中心とした定番外カラーの商品をこちらのページで販売いたします。

トップス:「カットソー ショート/グリーン」  ボトムス:「キュロットワイドパンツ 厚地/ピンク」

トップス:「ドルマンスリーブカットソー/レモンイエロー」  ボトムス:「ロングスカート 薄地/イエロー」

トップス:「カットソー ロング/アイボリー」  ボトムス:「バルーンパンツ/こげ茶」

ワンピース:「ひざ下丈ワンピース/水色」  ボトムス:「プリーツパンツ/ネイビー」  ショール:「ボリュームショール/ネイビー」

コート:「コート 厚地/ブルー」  ボトムス:「ワイドパンツ 薄地/ブラックM」

トップス:「カットソー ショート/レッド」  ボトムス:「ロングスカート 薄地/イエロー」  ベスト:「ロングベスト/ブラック」

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2020/06/27

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