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つくる人 私たちの暮らしを豊かにする「もの」を生み出す「つくる人」とのトークセッション。

Vol.5 松澤紀美子
強く、柔く、捉われず。

バッグにポーチ、コースター、エプロン、そして時々お菓子。
東京・早稲田にあるアトリエで、
布仕事を主としたものづくりをする松澤紀美子さん。
尽きることのない“つくること”への探求心が生み出す数々の製品は
手にする人の生活を優しく包み込み、“もの”を所有する悦びを教えてくれる。

写真:HAL KUZUYA 聞き手・文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
松澤紀美子(まつざわ・きみこ)
岡山県生まれ。27歳で上京し、麻布十番の料理店「暗闇坂 宮下」に勤務したのち独立。2003年、麻布にお菓子と古道具の店「petit cul(プティ・キュ)」を開く。2年後に同店をたたみ、2005年より夫の澄敬一と共に早稲田のアトリエでものづくりを続ける。2ヶ月に一度に開催するオープンアトリエで、自身が制作した布製品を受注販売している。
Instagram:@kimiko_matsuzawa

肩書きのない、「つくる人」

このあたりは、もともと印刷や製本の工場が立ち並ぶエリアだったそうですね。こちらの仕事場も、ぼんやり歩いていると通り過ぎてしまいそうなくらい周りの建物に馴染んでいて。

松澤さん(※以下、敬省略):
そうでしょう。はじめて来てくださった方には結構な割合で、「すみません……どこが入り口ですか?」と、電話をいただきますから(笑)。この建物は、もともとは紙の裁断工場だったんです。

かつて麻布で営まれていたお菓子と古道具の店「petit cul(プティ・キュ)」を閉められて、ここに移ってきたのはいつですか?

松澤:
2004年の4月です。しばらく使われていなくてボロボロだった建物を、澄(夫である美術家の澄敬一さん)と3か月くらいかけて改築して。「ここには3年くらいかなぁ」なんて思っていたんですけど、気がついたら今年で16年目になりますね。

1階の大部分は澄敬一さんと共に営む古道具屋で、奥の方にある一部の場所が松澤さんの仕事場になっています。2階がお二人の住まいになっているということで、暮らしと仕事が同じ空間にあるんですね。

松澤:
お菓子も布製品も、自分の生活の中で自分自身のためにつくっていたものが、ひょんなことから「仕事」になった感じなんです。そういうこともあって、暮らしと仕事を切り離して考えたことがないんですよね。むしろ、一緒じゃないと、と思っているくらい。

松澤さんとは、2008年に「CLASKA Gallery & Shop “DO”」がスタートした当初から、期間限定店舗を開いていただいたり、企画展を開催させていただいたり、革のバッグを協同してつくらせていただいたりと、長年にわたってさまざまな取り組みでご一緒させていただいています。不定期での入荷にはなりますが、松澤さんの定番品である「コースター」もドー本店とCLASKA ONLINE SHOPでのみ扱わせていただいていますね。

松澤:
すみません……コースター、最近納品できていなくて(笑)。自分がつくったものをここ以外で置いていただいているのはドーだけなんです。遠方の方には申し訳ないのですが、基本、今はオープンアトリエでしか実際の商品を手にとっていただく機会がなくて。すべて一人でやっているので、なかなか量がつくれないんですね。今は、お客さまに注文していただいたものをコツコツつくりながら、その合間で2年に一度奈良の「くるみの木」で開催させていただいている展示販売会に出品するためのものをつくるという日々です。

今回お話を伺うにあたり、改めてこれまでの松澤さんの歩みを振り返ってみたのですが……異色の経歴というか、とても興味深い働き方をされているなぁと。愛知から上京後にまずは料理店で働かれて、独立後にお菓子と古道具の店を営み、そして現在は布製品の制作と販売を主とされて。布製品を本格につくりはじめたのは、こちらの場所に移ってからですか?

松澤:
そうですね。もともと小さな頃から裁縫が好きで、麻布で店をやっていた頃から頭の中にあった、自分で使うためのトートバッグや生活まわりの物を、早稲田に移ってからつくりはじめたんです。それをたまたま常連だったお客さまがご覧になって、「すごく良いね。私の分もつくってよ」と言ってくださったことがきっかけなんです。その方のためにつくったバッグは持ち手に芯を入れてつくる「トート」というシリーズで、その後いろいろなかたちに発展していきました。

それから15年以上経って、松澤さんにとってものづくりの原点でもあるお菓子に加えて、バッグ、ポーチ、ハンカチ、コースター、エプロンなどさまざまな布製品をつくられていますね。個人的な話になるのですが、私がはじめて買った松澤さんの布製品は円形のコースターでした。かれこれ6年以上使い続けているのですが、使えば使うほど、洗えば洗うほど丈夫になっていく印象で。最初に商品を見た時は、「かわいいな」くらいの軽い気持ちで買ったんですけど、実際に使ってみたら実に丈夫で骨太で、女性的というよりはむしろ男性的な印象すらあって。

松澤:
あはは(笑)。

これをつくっている松澤さんって、どんな方なんだろう? と、とても興味がわきました。根本的な質問になりますが……松澤さんの“肩書き”は何なのでしょうか。以前拝見した雑誌の記事には「布作家」という記載がありましたが。

松澤:
ああ、あの時は取材してくださった編集者の方が「布作家はどうですか?」と提案してくださって。やはりものづくりをしている以上、何かわかりやすい肩書きをつける必要があるんだと思います。たとえば、名刺をつくる時とかね。でも、私個人の肩書きもそうなんですけど、澄と一緒にやっているこの場所にも16年間名前をつけていないんです。布仕事をしつつ、お菓子もつくるし、ショップのオーナーでもあるので……。肩書きを持たずにどこまでやっていけるか実験してみよう、という思いでやっています。

“わたしのつくりかた”を、必ず入れる

松澤さんの仕事を語る上で、生活の場でもあり仕事場でもあり、そして店でもあるこの場所はとても重要になってくると思うのですが、最初に足を踏み入れた時に思ったのは、「なんて静かなんだろう」ということでした。ここにはたくさんの古道具が並んでいるわけですが、“古いもの”特有の香りが一切しなくて、むしろ空気が澄んでいる気がします。松澤さんがつくる布製品が纏う空気にも共通するのですが、なんていうんでしょう……「無」だなぁ、と。

松澤:
澄は、古いものを手に入れると、とことん洗いをかけるんですね。汚れなどはもちろんですが、そのものが持つ「味」のようなものまですべて消し去ってしまいます。私自身にも、そういう一面があると思っていて。原色の布は使わないし、自分の手の跡は極力残したくないので、ロゴマークや装飾も施さない。ものとしては全然違うものだけど、「無にする」とか「消す」とか、そういう感覚は共通しているところがあるかもしれませんね。

そういう感覚は、いつ頃からお持ちだったんですか?

松澤:
ロゴが主張するようなデザインのブランド製品が身の回りに全くなかったわけではないんです。20代の頃、そういうものを持った時期もありましたし。でも当時を振り返ってみると、「わかりやすいもの」を持つことに安心していたのかなぁ、と。世の中の大多数が「良い」としているものを持っていることへの安心感というか。

わかる気がします。

松澤:
「自分はこういう方向性で生きていきたい」というようなことが固まってきたら、そういう感覚にとらわれなくても済むようになって。装飾やロゴが表から見えることが安心感につながるということは自分自身の経験からもわかっているんですけど、私はアノニマスな魅力を持つものをつくりたいという気持ちがありますね。主役を張るものをつくるというよりは、たとえば柄もののワンピースに合わせた時に息抜きになるような、そういう役割のもの。……でもね、先ほど「静けさ」という言葉で表現してくださったけど、実は水面下ではものすごーくバタバタしてるんですよ(笑)。

というと?

松澤:
一度つくったらそれで終わりではなくて、それをたたき台にして、「ここをこうしたらもっと持ちやすくなるんじゃないか」とか、「置いた時にクタッとならない為にはどうしたらいいかな?」とか「ここをもう少しうまく処理すれば、ほつれにくくなるんじゃないか」とか……延々と考えているんです。自分で使ってみて感じたことを、つくるものにその都度反映させていくから、同じデザインのものでも、つくった時期によっては内側の細かい部分のつくりが全然違うんです。外から見たら、ほぼわからないんですけどね(笑)。

なるほど。

松澤:
たとえば洗濯物を干す時とか、私たちって日常生活で何気なく行っている動作や工程に関して、常により良い方法を模索していると思うんです。「こういう風に干せば、より早く乾くんじゃないか?」とか。それと同じような感じで、常に頭の中が仕事のことでフル回転しているんです。もう、忙しくて(笑)。

「ここまで考えたら終わり!」というものでもないでしょうから、半ば永久的な作業ということですよね。

松澤:
そう。どこで「よし」とするかで、いつも悩みます。同時に、これは一番の悩みといってもいいかもしれないけれど、“いずれ消耗していくものをつくっていること”にすごく葛藤があるんですよ。私がつくっているのはオブジェのように眺めて楽しむものではなく生活の中で使うものなので、どうしても劣化は避けられない。つくる立場としてはなるべく長持ちして欲しいから、先ほどお話したようにあれこれ手を施すのですが、そうすると、その手間と時間を価格に反映させなければなりません。商品であり、かつ消耗していくものに、果たしてどれだけの手間と時間をかけるべきなのか……。

趣味で自分が使うための物をつくるのであれば、生じない葛藤ですよね。実際、「もっとやりたいけど、この辺で止めておこう」ということもあるんですか?

松澤:
ありますよ。そういうかたちで自分自身に折り合いをつける作業っていうのは、なかなかしんどいものです。手間をかけずに簡単につくる方法はいくらでもあるんですけどね。でも、これは自分の中での“決め事”なのですが、「松澤紀美子」という名のもとで製品になっているものに関しては、布製品でもお菓子でも必ず“自分ならではのつくり方”が入っているべきだと考えているんです。それが、どんなに目立たなくて細やかなものでも。だから、ある程度自分自身が納得するまで……と思うと、どんどん手間がかかるものになってしまうんですよ。もうねぇ、常に自問自答してる。戦ってるんですよ(笑)。

出来上がったものは実に凛としていて、そんな素振りは決して見せないのですが(笑)。でも、今のお話を聞いて、自分がコースターに対して感じた感覚について合点がいきました。使ってみたらわかるんですよね。松澤さんが、どれだけ試行錯誤して、心をくだいてつくったものかが。

“コンプレックス”は、つくる力になる

先ほど、子どもの頃から洋裁が好きで……というお話がありましたが、お母さまの影響が大きかったのでしょうか。

松澤:
母の影響は凄く大きいですね。私の母は、いわゆる“仕事も家事もちゃんとやる”といったタイプの人なんですけど、特に手取り足とり教えてもらったわけではないんです。洋裁だけじゃなくて、料理もお菓子づくりも、母のやる様子を見ながら覚えました。母は現代作家のうつわが好きなのですが、日々の食卓でそれらに触れていたことがきっかけで、「もの」への興味が生まれた気もします。

ハイカラなお母さまなんですね。

松澤:
「洋服の組み合わせを考える時は色を3色以上使わないほうがいいのよ。そうすると、まとまりが良くなる」とかね。柄物の洋服を手づくりしてくれることもあったけれど、「これを着る時は、その他のものは無地にしなさいね」とか。いろいろ教えてくれました。

そういうお母さまとの関係性から育んできた“生活に紐づくものづくり”が、ある時を境に仕事に変わったと。つまり、独学であるということですよね。

松澤:
はい。独学って、一瞬聞こえが良いようだけど、つまりは“基礎がない”ということでもあるわけです。でも基礎がないなりに、一生懸命工程を考える作業が私にとってはすごく楽しいから、そういう面も自分らしいものづくりの在り方として受け止めているんです。それこそ、誰かに習った経験といったら学生時代の家庭科の授業だけですから(笑)。

そういうことですよね。

松澤:
だから、出来上がったものに私の手の跡が残らないように心がけているんです。“手芸”に見えないようにね。それもあって、持ち手とかボタン付け以外は極力ミシンを使っています。手って、微調整も効くし、人間の身体の中で最も便利な道具だと思うんですけどね。でもあえて、工業的な面を前面に出したいと思って。

その心は何なのでしょう?

松澤:
……コンプレックスだと思います。“習ってない”っていう。そこをカバーする気持ちで、水面下で一生懸命漕いで、自問自答して。そこに自分らしさと自信を見出しつつも、同時に自信がない部分もあるんです。だから「自分の手の跡」を消そうとしているのかもしれません。でも、自信の無さやコンプレックスって向上心に繋がるし、決して悪くないんですよね。
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“魅力的なもの”ではなく

少し話が戻りますけど、お母さま以外で、誰か影響を受けた人やものってありますか?

松澤:
夫の澄敬一です。影響を受けたし、これからも受け続けるだろうと思っています。おこがましいんですけど、自分の仕事のスタンスと似ているなと感じる部分があって。

具体的にどういう部分が?

松澤:
私は、仕事をする上での「決め事」をいくつかつくっているんですけど……。先ほどお話した「必ず自分ならではのつくり方を入れる」というのもそのうちの一つなのですが、それ以外にも「自分はこれはやらない」という制限をつくっているんです。「これ」というのは、たとえば「絶対に誰かの真似をしない」とか、「自分じゃなくてもできることはしない」といったことなんですけど。そういう制限があると、その範囲内でいろいろ工夫するし、自分がつくるものの濃度が上がっていく気がするんですね。「いいもの」ができる気がする。澄敬一のつくり出す作品や姿勢を見ていると、自分のスタンスに近い気がするんです。

松澤さんにとっての「いいもの」って、どういうものなのでしょう?

松澤:
所有したり、使ったりしたときに、気持ちが豊かになったり幸せになるもの、でしょうか。「魅力的なもの」ではなく「いいもの」でありたいと思っています。人によって価値観が違うので一概には言えないけれど、「魅力的」という言葉には、なんていうんでしょう……瞬発力が感じられませんか? 身体がおもわず反応しちゃう感じというか。

ひとめぼれ、みたいなものでしょうか。

松澤:
そうそう。ばっと毛穴が開く感じ?(笑)。その一方で「いいもの」というのは、少し時間軸が違うというか、じわじわくる感じ。そういうものをつくりたいですね。使ってくださる方の生活に、ゆっくりと静かに馴染んで「ああ、いいなぁ」としみじみ思っていただけるような。

今回いろいろとお話を伺って、松澤さんが肩書きを持たずにものづくりをしているということについて、改めて考えさせられました。松澤さんは「かたちあるもの」をつくっているんですけど、使い手である私たちがそれらにお金を払う対価として得られるものは「もの」だけじゃなくて、ものと向き合う時間であったり、目には見えないけれど地層のように積み重なった松澤さんの想いだったり……かたちの無いものなんだなぁと。そう考えはじめたら、ますます松澤さんの肩書きがわからなくなりました(笑)。

松澤:
あはは(笑)。

もともと、現在のようなかたちを目指していたわけではないんですものね。

松澤:
そうですね。でも、必然だったのかなとも思います。私、周りにすごく恵まれているんですよ。自分で自分のことを客観視したり評価することって難しいじゃないですか。でも幸せなことに、私の周りには「こういうことが出来るの? これだけでやっていけるよ」と、背中を押してくれる人が定期的に現れるんです。料理店をやめて自分の店をはじめた時もそうだし、趣味でつくっていたお菓子を“商品として”つくることになったのもそう。布製品だって、そう。

そういう声を、素直に受け入れて真摯に実行する、という松澤さんの力もあってこそですよね。

松澤:
きっと単純なのよね(笑)。信じるというか……自分を受け入れるしかないので。多分、一生こうやってものづくりしていくんだろうなと思います。「わかりやすいもの」や、「安心するもの」に負けて、自分なりのものづくりを続けていくことが難しくなるかもしれないけど、そうしたら……それはそれかな、くらいの気持ちで仕事に向き合っています。

<松澤紀美子さんの布製品の購入方法>

2ヵ月に1度のオープンアトリエで購入・注文ができる松澤さんの布製品。コースターなど、一部の商品はその場で購入することができる。アトリエには制作可能な商品のサンプルが並んでおり、それを元に使用する布や持ち手の長さなどについて松澤さんと相談するかたち。オープンアトリエの開催日程については、松澤さんの Instagram:@kimiko_matsuzawa で告知を行っている。以下に紹介するものは、アトリエで販売・受注をしているものの一部。

「コースター」
松澤さん曰く、「コップのための座布団のようなもの」。中に、厚みのある布を芯材として入れて縫っている。生地の色や風合いもさまざま。

「ポーチ」
最近誕生したばかりの新作。一番大きなものは長財布、その中に、別につくられたカード入れ、小銭入れを収納して使うというスタイル。

「ペタルトート」
チューリップの花びらの美しさとその構造にヒントを得て考案したバッグ。ペタルは「花びら」という意味。使用する生地の色合いで印象もガラッと変わりそうな、エレガントな佇まい。


<松澤紀美子さんと CLASKA Gallery & Shop “DO” がつくったバッグ>

©CLASKA ONLINE SHOP

松澤紀美子さんのポシェット」(左)
松澤紀美子さんの MARU ポシェット」(左)
松澤さんの布の鞄をモデルに、革でつくったポシェット。松澤さんの鞄の寸法や工夫を踏襲しながら、革であることに合わせてあらためて松澤さんと一緒に構造・ディテールの検証と調整を行い、実現した。CLASKA ONLINE SHOP および CLASKA Gallery & Shop “DO” 各店で販売中。

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2020/03/25

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