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つくる人 私たちの暮らしを豊かにする「もの」を生み出す「つくる人」とのトークセッション。

Vol.1 古賀充(造形作家)/前編
眺めていると、見えてくるもの

造形作家として国内外で活躍する古賀充さん。
日常生活におけるささやかな発見をかたちにした作品はタイムレスな魅力に溢れ、
この世界の美しさ、面白さを再発見させてくれる。
私たちの心をひきつけて離さない作品の秘密を探りに、
茅ヶ崎市の自宅兼アトリエを訪ねた。

写真:HAL KUZUYA 文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
古賀 充 MITSURU KOGA
1980年生まれ。造形作家。日常に潜む美しさや面白さを、さまざまな手仕事によって作品にし、国内外の展示会にて発表。作品集や絵本も制作。主な作品集に 『SEA STONE VASES』『LEAF CUTOUTS』『Driftwood Dinosaurs』『Atelier』、絵本に『ゴトガタ トラック』、『いしころ とことこ』(福音館書店)がある。
https://mitsuru-koga.com

古賀充、始動前夜

海までの距離が近くて、のんびりとした良い環境ですね。この家には、いつからお住まいなんですか?

古賀さん:
(※以下、敬省略)生まれてから小学校1年生になるまでここにいて、そのあと親の転勤でいったん離れたんですが、高校生の時に戻ってきました。それからは、ずっとここで暮らしています。

どんな少年時代を過ごされたのでしょう。

古賀:
インドアではなかったけれど、かといって外遊び大好き少年、という感じでもなかったです。覚えてるのは、折り紙が大好きだったこと。

折り紙のどういうところが好きだったんですか?

古賀:
手順を踏んでつくっていく、という行為が。「折れるようになりたい」という一心で、4~5年生くらいまでは夢中でやっていましたね。これは今の自分と共通する部分なのですが、「工程」があるものが好きなんです。大人になって作品をつくっている今も、常にディティールを意識してつくっている感覚があって。“ここの接合は、これでOK”とか、ワイヤーを曲げる時に“よし、ノーミスで出来たぞ”、とか。元々というよりは、折り紙を通じてそういう気質になってしまったのかもしれません(笑)。

高校を卒業された後は、美大に進まれたそうですね。

古賀:
何か明確に表現したいものがあったわけではないのですが、「手を動かすことがしたいな、だったら工芸かなぁ」というくらいの漠然とした思いで、美術大学に進学しました。

大学生活で得た一番大きなことは何でしたか?

古賀:
「自分が綺麗だと思うものを見極めたい」という気持ちでしょうか。いろいろな思い出がありますけど、端的にいうと「僕はこっちじゃないな」ということを感じていくうちに、自分の方向性を見つけた気がします。

学校だと、どうしても課題に沿って作品を生み出していくかたちになりますね。

古賀:
そうですね。そういう日々の中で、人に言われたことに合わせてものをつくっていくというよりは、自分が「いいな」と感じたものをかたちにしていきたい、という方向性が見えてきたんだと思います。教えられたことではなく、あくまではじまりは僕個人であるということ。そして“表現”にはしない、ということ。自分自身の思いや伝えたいことではなく、自分自身の視点、あるいは発見をかたちにすることができたらいいな、と思っていました。 でもそれと同時に、“良い”とか“綺麗”という感覚が、自分の中にはっきりとしたかたちで存在しないことにも気がついて。いわゆる「美意識」がないと、作品づくりは難しいよなぁと考えたりもしました。

やりたいことは見えていたんですね。それを将来仕事にする、しないは別にして。

古賀:
そうですね。あとは楽しく生きていけたらいいな、と(笑)。

美大卒業後、本格的に造形作家としてのキャリアをスタートすることになったきっかけのようなものはあったのでしょうか。

古賀:
特に就職活動はしていなかったので、卒業してから数年間はこの家で祖母と二人で暮らしていました。現在もつくっている石を使った作品(「SEA STONE VASE」や「STONE WITH LEGS」)の原型となるようなものは、まだ学生だった19歳の頃からつくりはじめていたのですが、「できる範囲でつくる」という状態でしたね。

一度だけ、サンドイッチ店でアルバイトをしたことがあったんです。でも、気がついたらサンドイッチづくりにかける熱量と作品づくりにかける熱量が一緒、みたいな状態になっていて。サンドイッチづくりに求められるのは、速さと一定のクオリティ。作業が好きな僕としては、作品をつくっている時と同じような充実感が出てしまって(笑)。どうせエネルギーを注ぎこむなら、自分だけしかつくれないものの方が良いかな、って思ったんです。そこから本格的に作品づくりをはじめました。

きっかけがサンドイッチだったとは(笑)。先ほど石の作品の話が出ましたが、なぜ「石」という素材を選んだのでしょうか。

古賀:
卒業後しばらく暇をしていた時期に、茅ヶ崎の海岸へ散歩に行くことが度々ありました。なんとなく落ちている石を拾うんですが、たまに「これはすごく綺麗だな」と思う石に出会うことがあったんです。先ほど美意識の有無についての話をしましたが、その時に「自分は、綺麗なものを“発見”することはできるんだ。じゃあ、これを作品にできないだろうか?」 と考えるようになりました。

先ほどおっしゃっていた、「自分自身の発見をかたちにする」ということにつながるわけですね。

古賀:
はい。ただ、拾った石そのままでは作品にならないわけで。自分自身が発見した「綺麗なもの」に何かしら手を加えることで、自分が綺麗だと思っているところ、あるいはそうじゃないところを伝えることができたなら、それはひとつの作品になるんじゃないか? と。

海辺の石が教えてくれたこと

石以外にも自然素材を使った作品をつくられていますが、やはり石は古賀さんにとって特別な存在ですか?

古賀:
そうですね。石と向き合ったことでまず思ったのは、これは素材ではなくて“存在”なんじゃないか、ということでした。ものすごい数の工程と時間を経て、自分の目の前にある尊い存在。それに手をかけるということはどういうことなのか? 制作をする中で、失敗して壊してしまったりすると罪悪感を抱くと同時に、「なんでこういう気持ちになるんだろう?」と考えたり。石と向き合ったことで、自分自身の気持ちの形成につながりましたし、その後さまざまな素材と向き合う際にスムーズにいくようになりました。

ちなみに、石を削ったり磨いたりという作業はどのような道具を使っているんですか?

古賀:
理想は、“波が削りだしているように、手で削る”という状態です。一番大切であり時間をかけているのは、最後の仕上げでもある磨く工程。石と砂を使っているのですが、削っている方と削られている方の両方が削られるから、海で石同士がぶつかり合って削れていく感じに近いんですよね。

葉を使ったシリーズ(「LEAF CUTOUTS」や「FALLEN LEAVES」)が生まれるきっかけになったのは、虫くいになった枯れ葉に感じた美しさだったそうですね。

古賀:
はい。たまにすごく綺麗なものがあるんですけど、それってつまり、虫のアイデンティティがひとつの魅力になっているということですよね。じゃあ、これを人間がやったとしたらどうなるのか? 人が手を加えるならば、そこには確実に“意思”がある。この違いが、「作品」と呼べる理由になるんじゃないかなって思ったんです。人間なりにやれることがあるんじゃないだろうか、と。

石の作品も葉の作品も、今お聞きした話を踏まえて改めて眺めると、また違った魅力を感じますね。自然界における“人間の立ち位置”について考えさせられるというか。展覧会でお客さんと会話をするときに、今のような話ってされますか?

古賀:
そうですね。僕、おしゃべりだから(笑)。タイミングが合えば是非お話させていただきたいなって思ってます。でも、見てくださる方それぞれの感覚で「いいな」と思ってくれたらそれでいいな、という感じでもありますけど。

キャリア初期に生まれた作品は自然素材を使ったものが中心ですが、2008年に発表された「PAPER IN PAPER」を皮切りに、同時進行で紙やダンボールなどの人工素材を使った作品も制作されるようになります。個人的には、「PUZZLE」という作品がとても好きで。

古賀:
古い絵葉書をパズルにした作品ですね。

はい。この作品は、どういうきっかけで生まれたんですか?

古賀:
僕は特に収集癖があるわけじゃないんですけど、展覧会などで海外に行った時に蚤の市などで買ったものや、知人にもらった古い絵葉書をたくさんとってあったんです。大部分は相当古いもので、おそらく描かれている風景は既になくなっているはず。“もう無い”って、なんかパズルの断片みたいだな……じゃあこの風景をパズルにして、バラバラにしてみたらどうかな? って。

面白いですね。

古賀:
作品を本格的につくるようになってからは、普段から少し気にしていろいろ集めてるんです。その段階では、それがどういうかたちで作品になるかまでは想像してないですけど。

そういった“原石”ともいえるものが作品にかたちを変えるまでには、どのようなステップがあるんでしょうか。

古賀:
「これはこういう作品になる」という風に、イメージがかたちになるまで考えぬく時間がまず大変で。かたちが見えて「できるかも」って思えたら、今度は工程を考える。でも、工程全体が美しいバランスにならなかったら、だめ。作品をつくる段階へは進めないんです。

古賀さんが思う「美しい工程」って、どういうものなんでしょう?

古賀:
無駄がない、とか、あんまり触れてない、とかでしょうか。たとえばワイヤーって、店に並んでいるときは丸く束ねられた状態で売られているじゃないですか。その状態のままが一番美しいと思うんです。本当は“くっつけたら終わり”というのが理想なんですけど、そういうわけにもいかないので(笑)。手を動かしながら、その素材の理想的なかたちやあるべき姿を模索します。作業工程を全部やってみて、それに自分が納得したら今度は練習して、身体がスムーズに動くようになったら、ようやく制作開始。練習は好きだし、「上手にできたい」という気持ちが常にあるから、苦じゃないんです。

折り紙少年だっただけに。

古賀:
ああ、確かにそうかもしれない(笑)。折り紙も、工程があって、かたちがある。この考え方って、海辺の石や虫くいの枯れ葉などが出来上がる流れに近いと思っています。

一般的な考え方だと、つくり手が「つくりたいかたち」を実現するためには手段を問わないというか、ファーストプライオリティはあくまで最終的な「かたち」に据える気がするんです。言ってしまえば、工程はお客さんには見えない部分ですし。古賀さんの作品を見ていると、どうしてもその緻密さや完璧さに意識を奪われて、作品の価値や特徴もそこにあるとばかり思い込んでいました。でも話を伺っていると、つくり手である古賀さんとしては実際に手を動かしはじめる“前”にひとつの大きな山があるんですね。

古賀:
工程を考えている時期って常に考え事をしていて、考えながら寝てるんです。考えながら目が覚めて、考えながらまた寝る。この繰り返し。考えたり悩んだりするのが仕事だと思っているので、いいんですけどね。作品をつくる段階に入る頃は、身体がとても楽な状態で。「仕事終わった!」という感じすらあるんです。

なるほど。ちなみに、これまでつくってきた作品の中で、工程を完成させるまでに一番時間がかかったシリーズは何ですか?

古賀:
銅線を使って葉や樹をかたちづくる「BRANCHING」というシリーズです。銅線を切ると、中にすごい数の線が入っているんですけど、それを眺めていたら「なんか植物みたいだな」と思って。その気づきをきっかけに生まれた作品です。

とても繊細なつくりの作品ですが、どういう流れで葉や樹のかたちを編んでいくのでしょう?

古賀:
葉に関しては、実際に外で「いいな、綺麗だな」と思ったものを拾ってきて観察して、サイズやかたちを再現することはもちろん、葉脈の枝分かれしている数も全部数えて、その本数に銅線を合わせてから編み込んでます。

気が遠くなりそうな・・・・・・。

古賀:
樹に関しては、落葉して樹が丸裸になっている時期がチャンスなので、家の周りをうろうろして写真を撮りためてます。その写真を見ながら、樹のかたちを忠実に再現して。

つまり、このシリーズでつくられるかたちは、実際に存在したものなんですね。

古賀:
そうです。想像してつくったものではなく、自分が見つけたもの。制作期間は、毎朝葉を探しに出かけて、見つけたらアトリエに帰ってきて編んで……の繰り返しです。このシリーズに限らずですが、綺麗な“存在”を見つける時間をとても大事にしています。

お話を伺っていると、古賀さんの作品の根底を支えているものは“発見”、あるいは“観察”である、ということを改めて実感します。でも時には、発見がかたちにならずに終わることもあるのでしょうか。

古賀:
考えて繰り返し試作をしても、「あ、全然違った」とかはしょっちゅうです。でも、久しぶりに眺めた時に「あれ、これ何かのかたちみたいだな」ってふと違う発見をすることもあって。この部屋にもありますよ。しばらく寝かせているものが(笑)。

つくりたいのは、“なんでもない”もの

今回のインタビューで伺ってみたい、と思っていたことがいくつかあるのですが、その中のひとつが、作品に漂う「静けさ」の理由なんです。古賀さんの作品は、余分なものがすべてそぎ落とされているというか、とても純度が高い印象があって。この圧倒的な静けさの秘密はなんだろう? と。

古賀:
確かに、作品として仕上がっているかどうかの判断基準として、静かであるかどうか、というのはあるかもしれませんね。同義ではないかもしれませんが、“なんでもないもの”をつくりたいと思っています。自分でも、誰かの作品を買って生活空間に飾ることが時々あるのですが、ちょっと強めの作品だとふとした時に目が合っちゃうんですよね、その“存在”と。その回数を重ねていくうちにだんだんと疲れてしまう傾向にあるので、自分の作品は“なんでもないもの”として、生活空間に存在するものになれば嬉しいなと思っています。

古賀さんの作品にただよう静けさが、何かにたとえられないかなって考えていたのですが……あれですね、アインシュタインの数式。相対性理論、でしたっけ。

古賀:
だいぶでかい話になってきましたね(笑)。

「E=mc2」という有名な数式がありますよね。この数式って、物理学者たちが「こんなに美しい数式はない」と言っているらしい、という話を聞いたことがあるのですが、たしかにそう言われてみれば、素人の目で見ても隙のない静謐さを纏っているように思えてくる(笑)。どこか古賀さんの作品から感じる純度の高さや静けさに通ずるものがあるなぁと思うんです。

古賀:
なるほど、そういう見方もあるんですね。

先ほど“なんでもないものを”ということをおっしゃっていましたが、とはいえどうしたって、つくっている人の「想い」というものは滲み出てしまいそうな気もしますよね。そうならないのはなぜなんでしょう?

古賀:
作品それぞれに決まった作業工程があるからじゃないかな、と思います。先ほどいただいた、「静けさの秘密は?」という質問の答えにもなるかもしれません。もちろん僕が手を動かしてつくっているんですけど、僕の作品はあくまで「工程」が生み出しているかたちになるから。機械的に聞こえるかもしれませんが、じゃあそれが創造的じゃないのかというと、完璧な工程を生み出す行為こそが、僕にとっての「創造」だったりするんです。

インタビュー後編へ続く

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2019/11/01

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