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猫と男 東京で生きる男と、共に暮らす猫。ふたりの距離感から垣間見える、唯一無二の物語。

BOOK GUIDE:写真集の中の猫と男

今回は猫と男の関係性を描いた3冊の写真集を紹介します。
案内役は、本連載の写真と原稿を担当してくださっているジャーナリストの加藤孝司さん。
秋の夜長のお供に、ゆっくりお楽しみください。

文・写真:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

今回の「猫と男」は少し趣向を変えて、猫を題材にした写真集を3冊ご紹介します。すべて現在では入手が難しい貴重な本ばかりですが、3人の写真家が撮る美しい写真集です。

『猫の麦わら帽子(The STRAWHAT CAT)』
『猫の麦わら帽子(The STRAWHAT CAT)』

まず一冊目。写真家・深瀬昌久さんの『猫の麦わら帽子(The STRAWHAT CAT)』(文化出版局)です。これは地元の古本屋さんで手に入れました。
深瀬昌久さんは1950年代から活躍してきた写真家で、この写真集は1979年に発売されたものです。
目次には「花」「里」「夢」「街」「友」「私」とあり、それぞれをテーマにページが進んでいきます。
たとえば、「花」では花と猫が、「街」では深瀬さんが猫を街に連れ出して写真を撮っています。
ここに写っているのは深瀬さんの当時の愛猫、サスケとモモエという2匹の猫です。
サスケが登場する写真集は、ほかにも『ビバ!サスケ』(ぺットライフ刊)と『サスケ!!いとしき猫よ』(青年書館刊)があります。それ以外にも『ペットライフ』などのペット誌やカメラ専門誌にもサスケやモモエの写真を寄稿しています。いかに深瀬さんがこの2匹の猫を愛したかがわかりますよね。

『猫の麦わら帽子(The STRAWHAT CAT)』

この本が発売された昭和50年代は空前の猫ブーム。のちほど紹介するもう一冊も、当時発売されたものです。
当時を思い返すと、猫は今と比べるとかわいい愛玩動物やペットとして愛されていたように思います。今も猫ブーム時代といわれますが、あの頃とは少し違って猫が家族に近い存在となっているような気がします。
深瀬さんはサスケとモモエという2匹の猫を撮影したこの写真集のあとがきで 2匹の猫のこと、そして写真家が猫を撮ることについてこう書いています。

「サスケもモモエもいわゆるぬいぐるみのように可愛い猫ではない。街のどこでもみかけるただの雑種猫だ。私はみめうるわしい可愛い猫ではなく、猫の瞳に私を映しながら、その愛しさを撮りたかった」(『猫の麦わら帽子(The STRAWHAT CAT)』より)

深瀬昌久さんの作品には鴉を写した世界的に有名な作品があります。その作品でも自身の姿を鴉に投影したと評されています。
猫と写真、そして猫と男を考えるとき、この深瀬昌久さんと猫たちの関係が真っ先に浮かぶのです。


『センチメンタルな旅 春の旅』
『センチメンタルな旅 春の旅』

次の一冊は、荒木経惟さんの『センチメンタルな旅 春の旅』(ラットホールギャラリー刊)。この本は、青山の「ラットホールギャラリー」で開催された同名の写真展に合わせて出版された本です。
写真展は2010年の6月11日から7月18日にかけて開催されましたが、この時の展示は今でもはっきりと覚えています。
壁一面に飾られた80点にも及ぶモノクロームの写真。この展示と本は、この年の3月に22歳で亡くなった荒木経惟さんの愛猫チロちゃんの最後の数ヶ月の時間を撮影した写真で構成されています。
チロちゃんは写真家の猫としてはおそらく最も有名な猫で、荒木さんはこの本以前にも『愛しのチロ』(平凡社刊)という名作写真集をつくっています。
『愛しのチロ』で見せていたまんまるとした姿のチロちゃんは、この本では全身をおおう体毛もボサボサでだいぶ痩せ細っています。少し痛々しい姿に猫好きは少し目をそらしたくなるかもしれません。ですが、ここには自らの最期を悟ったかのようなチロちゃんの強い眼差しがあり、猫のプライドのようなものに心を打たれます。そこには人間や猫という存在を越えて、生きるものの生の姿が映し出されています。

『センチメンタルな旅 春の旅』

猫と暮らしはじめた以上、この愛おしいものを見送る日がいつかは必ず訪れます。僕は猫と暮らすこととは毎日の喜びと共にいつ失うかわからない悲しみや喪失を抱えながら生きることにほかならないと思うのです。
ページをめくるたびに痩せ細っていくチロちゃん。最後のページにはいつも遊んだベランダでカメラ目線のチロちゃんの姿が、あたかも永遠のものであるかのように荘厳に写し出されています。


『ズッケロとカピートに仔猫が生まれた』

3冊目にご紹介したいのは『ズッケロとカピートに仔猫が生まれた』(草思社刊)です。これは料理家としても知られる写真家・西川治さんの作品です。1978年に発表された写真集で、僕が知っている限りで西川さんはこの年に『どういうわけか、ボクはネコ』と『夢色の風にのる猫』(ともにサンリオ刊)という詩集に写真を寄せています。
この写真集の舞台は、当時西川さんが暮らしたイタリア・ミラノの郊外にある大きな庭のある古いお屋敷。その“だだっ広い大広間のある”築200年は経つという建物で暮らすために迎えたのが、雄の仔猫のカピートと雌の仔猫のズッケロでした。
やんちゃな仔猫たちは手つかずの森のような庭のある大きなこの屋敷でいくつもの事件を引き起こします。西川さんのあとがきからそのいくつかをご紹介すると、「カピート、壁から出ている電線をかじり、感電。ひん死」、「カピート、黒い犬(リリー)と大ゲンカ」、「カピート、3日間家で。飲まず、食わず」といった具合です。

『ズッケロとカピートに仔猫が生まれた』

猫と暮らすことは、必ずしも楽なことばかりではありません。人間の時間や都合では動いてくれませんし、早朝に起こされる、時には人間が大切にしている置物を棚から落として壊してしまうこともあります。
ですが、それさえも愛おしく感じるのが男です。猫はそんな男の弱みにつけこむ術を心得ているかのように、自由に気ままに振る舞うのです。
この本にはズッケロとカピートという仔猫がこの家に来るところから、成長をして夫婦になるところ、そしてその2匹とそっくりの仔猫たちが生まれ親猫になるところまでが描かれています。
余談ですが、数年前知人の紹介で西川さんと食事をする機会に恵まれました。その時にこの本を持参してサインをいただいたのでした。

今回ご紹介した3冊は、機会があればぜひ手にしていただきたい写真集です。いずれも純粋に猫の写真集と見ることができると同時に、“猫と男”との関係を色濃く映し出している写真ばかりです。なぜ男という存在はここまで猫に感情移入をするのか。この3冊の写真集を見て、改めて興味深く思いました。
現在猫と暮らしている人もそうでない人も、猫の写真や動画に癒やされることは少なくないと思います。僕は猫が写った写真からその猫の一生に思いをはせます。今はどこで何をしているのか、今も元気にしているのか、その一生を幸せに暮らしたのかと。
また機会があったら、猫の素敵な写真集や猫にまつわる本をご紹介したいと思っています。


Profile
加藤孝司 Takashi Kato
デザインジャーナリスト/フォトグラファー。デザイン、ライフスタイル、アートなどを横断的に探求、執筆。デザインや写真にまつわる展示のディレクションも手がける。休日は愛猫ジャスパー(ブリティッシュショートヘアの男の子)とともに過ごすことを楽しみとしている。
http://form-design.jugem.jp
Instagram:@takashikato


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2020/10/22

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