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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第14番:Love changes your life
「COMME des GARÇONS 写真集 1981-1986」

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


COMME des GARCONS
1981年のコム・デ・ギャルソン最初のパリコレから1986年秋のコレクションまでのキャンペーンイメージを編集した写真集。撮影を担当したのはピーター・リンドバーグをはじめ、ブルース・ウェーバー、スティーブン・マイゼルなど錚々たる顔ぶれ。1986年に筑摩書房より刊行。

 謎めいたフランス語の響き。アルファベットの連なりは詩の一節のようでもあり呪文のようでもあった。端正で抑制の効いたロゴデザインに漂うほのかなエキゾチシズム。少年が心酔するのはそれだけで十分だった。

 高校に入学して間もなく友人の影響でファッションに夢中になったと以前書いたが、数あるブランドの中でとりわけ私を虜にしたのは他でもない「COMME des GARÇONS」である。何を隠そう、かつて私は熱烈なるコム・デ・ギャルソン(以下ギャルソン)信奉者であった。

 と、勇ましく告白したものの、都築響一さんの『着倒れ方丈記』よろしく、狭い部屋でギャルソンの服に埋もれたハッピーヴィクティムだったというわけではない。生来、気が多く根気と集中力に欠ける私は真のマニアになりきれないタイプだし、そもそも高校生にギャルソンの服は高嶺の花。アルバイト代をつぎ込んだところでせいぜいセールか古着で買えるくらい。

 それでもギャルソンへの想いには自負があった。無いものを数えたところで不幸になるだけ。私は戦略を変えた。たとえ服は買えずともブランドの情報を集め、その哲学を深めることに活路を見出すことにした。いわば「誰よりもギャルソンを理解している人」になることを目指したのである。むろんインターネットなどなかった時代、あらゆる雑誌や新聞に目を通し、ギャルソンやデザイナーである川久保玲さんの記事などをチェックし、情報収集するという草の根運動がこうしてはじまったのであった。

 そんな日々を送っていた頃、何気なく新聞を眺めていたら「コム・デ・ギャルソン 写真集」という文字が目に飛び込んできた。よく見ると新刊書の新聞広告らしい。余白を生かしたスペースに本のタイトルと出版元の情報など最小限の文字だけで構成されたいかにもギャルソンらしいシンプルな広告だった。「な、なに、ギャルソンの写真集が出る!」私は打ち震えずにはいられなかった。

 しかし高校生の身には高額な書籍である。少ない軍資金はできれば服に回したい。悶々とした日々を過ごしていたある日、一筋の光明が差すことになる。誕生日が近づいていた私に、その日なぜかご機嫌だった姉がプレゼントは何が欲しいかと聞いてきたのである。かつて姉がそんなことを私に尋ねたことがあっただろうか。まあそんなことはどうでもいい。即座にリクエストを伝えると姉は「えー、そんなもの?」と言わんばかりのいぶかしそうな顔を向けた。けれども私のゆるぎない意思と熱意はそれを打ち破ったのである。

 その後私は大学生となり、社会人となったわけだが、その進路を決める過程においてもギャルソン=川久保玲の存在が大きな意味を持ち続けた。志望する学部の卒業生に川久保さんの名があったことは私の自尊心を大いにくすぐったし、面接を受けた当時骨董通りにあった「イデー」の店の隣に「コム・デ・ギャルソン・オム・プリュス」の店があったことがイデーへの入社を少なからず後押ししたのは確かである。というわけでこの本は私の人生の岐路を象徴する一冊とも言えるかもしれない。なーんて書くといかに軽薄な人生を送ってきたかを証明するようで恥ずかしいのでありますが……。

DUSYMA
コム・デ・ギャルソンにまつわる本や雑誌などの一部。実家を出て以来7度にわたる引っ越しやフリマへの出品などで散逸してしまったのが今となっては悔やまれる。写真集に挟まっていた新聞の切り抜きの一部がかろうじて残っていた。

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2022/07/11

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