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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第12番:The man who influenced on me
ジャパン写真集『Sons of Pioneers』とデヴィッド・シルヴィアン

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


ジャパン
K君がプレゼントしてくれたジャパン写真集。1982年のジャパン最終ツアーに同行したカメラマン、フィン・コステロが撮影したもの。翌年シンコーミュージックより発売された。写真集の中にK君の自筆でジャパンの歌詞を英語で書き写したページがあるのだが、その字の完成度は今見ても新鮮な驚きがある。

 人の趣味嗜好というのは実に多様で他人には計り知れないところがある。またその嗜好性がどう形成されていくのかも謎である。例えば家庭環境によるという説。私には姉と弟の二人の兄弟がいる。残念ながら確かに容姿は似ている……それはともかく趣味嗜好はまるで違う。私は小さな頃から洋服が大好きだったが他の二人は今日に至るまでまるで無頓着。服といわず、良くも悪くもモノに対する「こだわり」というものが皆無なのだ。同じDNAを共有し、同じ環境に育ってもこうである。では嗜好性はどこからやってくるのか。

 私が高校に入学した日、同じクラスにひとり突出して大人びた雰囲気の生徒がいた。背が高く、彫りの深い顔立ちにロングヘア。文字通り美青年である。さらに目を見張ったのが服装だった。私の通った高校は私服通学だったのだが、彼はとびぬけてお洒落だった。底の薄い白い革靴(あとでそれがバレエ用の靴だと知った)を履いていたのが特に印象的だったのを覚えている。ただその眼差しはどこか影があった。クラス全員の気を引いてやまなかったその謎の同級生こそ、その後の私の趣味嗜好に決定的な影響を与えた最初の人物ともいえるK君である。

 やがて近づき難い存在だったK君と親しくなる機会が訪れた。それは音楽の授業でのこと。きっかけはピアノである。当時、色気づきはじめていた私は女子の気を引きたいという下心もあって小さい頃大嫌いだったピアノを再開し、密かに坂本龍一の戦メリの練習に励んでいた。授業の合間にその下手なピアノを少し披露すると、女子……ではなくK君の気を引いてしまったのだ。実はK君も独学でピアノを学んでいる最中だったのである。その日以来、K君は自分のことや趣味世界について色々教えてくれるようになった。実はK君が脳に疾患がありそれまで高校を2回中退し、今回が三回目の一年生だということも教えてくれた。どうりで大人びているわけである。

 K君が私に与えた影響のひとつは先にも書いたファッションである。時代は80年代半ば、空前のDCブームが巻き起こっていた。K君が着ている服がいちいちかっこよく思え、色々聞いてはブランドやお店のことなどを教えてもらった。今では時効だが学校を休んでマルイのスパークリングセールに朝から並んだこともある。すっかりファッションに夢中になった私は、今度はファッションを通じて雑誌を読み漁るようになり、さらに雑誌の乱読を通じて私の関心領域もどんどん広がっていったのである。

 ただK君が何より興味を持っていたのが音楽である。とりわけ彼が心酔していたのが「ジャパン」というイギリスのバンドを率いていたデヴィッド・シルヴィアンだった。私が憧れていたK君がさらに憧れているというデヴィッド・シルビアンとは何者なのか。以来私もデヴィッド・シルビアンに夢中になり、彼の音楽はもちろん、彼が興味を持っている世界、彼が交流する人物などをもらさずチェックするようになる。現代音楽や現代アート、はたまた文学にいたるまで興味を持つようになったそのきっかけはほとんどデヴィッド・シルビアンというフィルターを通してだったといっても過言ではない。

 そんな多大なる影響を私に及ぼしたK君だが、3年の2学期が終わる頃、何の前触れもなく、誰にも何も言わずに突然学校に来なくなったのである。クラス中がザワついたが担任の先生は「K君は残念ながら病気で来られなくなりました」と説明するだけだった。皆で連絡しても電話もつながらない。K君は私たちの前から忽然とその姿を消してしまったのである。K君はどうしているのだろう。今でもたまにデヴィッド・シルヴィアンを聴くとぼんやりと昔のことを思い出すのである。

ジャパン
『Rockin'on』、『宝島』その他雑誌から切り抜いた記事やポートレート写真の一部。こういうマメさが今はすっかり失われてしまった……。

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2022/05/11

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