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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第4番:Can’t Stop Loving You
ケーセン社のブラウンベア

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


「リアル」と「絵心」の幸運な邂逅により実現した世界最高の熊のぬいぐるみ(※個人の感想です)。サイズもいくつかあって、これは「ソフトブラウンベア大」というタイプ。体長は約50㎝。

 物心ついた頃から少年は自分の苗字に動物の名が入っていることが嫌でたまらなかった。高貴で美しいものに憧れていた少年は格式も優美さも全く感じられない名を一生背負っていくと思うと憂鬱な気分になるばかりだった。ある時「大隈重信」という名を少年が学校の教科書で目にしたとき、同じく九州出身だった父親になぜ我が家は「隈」ではなく「熊」なのかと問うてみた。すると父曰く「元々あの字だったようだけど、むかし村で疫病が流行って『熊』に変えたらしいよ」。真偽はともかくそれを聞いた少年がどれほどがっかりしたことか……。

 もしある日森の中で巨大な熊が突然目の前に現れたら……。考えただけでもぞっとする。大きくて獰猛そうだし、人を襲うことだってある。にもかかわらず熊はキャラクターとして子どもから大人まで、世界中で愛されているから不思議。その秘密を解き明かす……つもりはないけれど、たとえキャラでも熊が愛されていることはそれを名に持つ身としてはひとつの救いには違いない。

 熊のぬいぐるみ=テディベアという名がアメリカ元大統領、セオドア・ルーズベルトに由来しているという話はご存じだろうか。かつて大統領が熊狩りに行った時のエピソード(弱っていた熊をスポーツマン精神に反するといって大統領が撃たなかったという話)が新聞に掲載されたのがきっかけで、いつしか熊=テディ(セオドアの愛称)と呼ばれるようになったとか。当時ルーズベルト大統領に贈られたのがあのシュタイフ社の熊のぬいぐるみだったそうで爆発的なテディベアブームになったらしい。

 シュタイフのぬいぐるみは確かに素晴らしいものがたくさんある。しかしである。不肖、わたくし大熊が世界一の熊のぬいぐるみだと思っているのがこのケーセン社のブラウンベア。風格すら感じさせるリアルな存在感とそれでいて例えようもない愛らしさを兼ね備えた逸品だ。はじめてこのぬいぐるみの写真を見たとき、「ああなんというかわいさ。こんなぬいぐるみがあったとは!」と年甲斐もなくただならぬ興奮を覚えてしまった。

 ケーセン社は旧東ドイツ、チューリンゲン地方の小さな保養地・バートケーセンで1912年に誕生した人形工房をその起源にもつ。東西ドイツ統一後新たなオーナーの元、シュタイフを超えるような本当に質の高いぬいぐるみをつくるという確固たる理念のもと再スタートしたメーカーだ。そのぬいぐるみは今や世界中に熱烈なファンを持つ。動物の骨格や細部へのこだわりはもちろん、表情や仕草など、その特徴を巧みに捉えながらも、ただリアルというだけではない、「ぬいぐるみらしさ」が生きているのが魅力である。

 そうなんだよ、ただリアルなだけじゃだめなんだよ。肝要なのはぬいぐるみならではの「絵心」。動物に対する敬虔で真摯な眼差し、さらにそれを柔らかくかみ砕き、ぬいぐるみをぬいぐるみたらしめるより高次の表現へと落とし込むセンスが必要なのだ。マチス的な絵心のセンスというのかな。ということで気になった方はぜひわたくしの愛する玩具店「ニキティキ」に行ってみてください。

本文とは関係ありませんが、こちらはゼンマイ式の古い熊のおもちゃ。フランスで1950年代前後に製造されたのものだが今でもゼンマイを巻くとちゃんと動く。のっそりした歩き方は意外にリアル(動画をお見せしたいくらい)。

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2021/08/18

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