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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第3番:GAME CHANGER
フランスの古い瓶乾燥器(ボトルラック)

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


「無関心性と好悪の欠如」。レディ・メイドを選ぶにもデュシャンには基準があったという。言われてみるとこの瓶乾燥器も機能がむき出しになったその姿にどこか好悪の彼岸、趣味性の入り込む余地のない中立性を感じなくもない。

 世の中には突然常識を変えてしまう人たちがいる。グーテンベルグやコペルニクス、あるいはビートルズにスティーブ・ジョブス、はたまたAKB48(秋元康と言うべきか)にBTS(でしたっけ?)。連日ニュースを騒がせている大谷翔平選手なんかもまさしくそのひとりでしょうね。時代の流れを変え、既存のルールを打破して世の中に多大なるインパクトを与えてきた者たち。人はそれを「ゲームチェンジャー」と呼ぶ。

 「ゲームチェンジャー」で僕が思い出すのは日本球界の歴史を変えた男、野茂英雄である。今では信じられないかもしれないが野茂がアメリカに渡った90年代半ば、メジャーリーグは我々日本人にとってそれはもう雲の上の存在だったのです。メジャーでプレイしたいという野茂に、マスコミや球界の反応がまたひどかった。「裏切り者」とか「通用するわけがない」の大合唱である。ある意味追放されるかのようにひとりアメリカへと旅だった野茂。

 その後どうなったか。あのトルネード投法でメジャーリーガーをバッタバッタと三振に取り、NOMO旋風を巻き起こしたときの感動と興奮。本場メジャーのオールスター戦のマウンドに野茂が立った姿を見たときは本当に涙が出ましたね……。今や毎年のように日本人選手がメジャーに渡れるようになったのは間違いなく野茂のおかげである。それにしても活躍した途端に手のひらを返したように大絶賛しはじめた日本のマスコミにはびっくりした。日本人の本当に嫌なところ。

 つい思い余って前置きが長くなったが、今回は瓶乾燥器の話であった。この少々いかつい鉄製のオブジェはその棘のような突起部分に洗った瓶やグラスを逆さまにして引っ掛け乾燥させるためのもので、かつてフランスの飲食店や一般家庭でも使われていた既製品の道具である。なんていう用途の説明はともかく、アート好きな人なら画像を一目見て「あ、デュシャンだ!」と心の中で叫んだことでしょう。

 アートの世界、とりわけ現代美術の世界におけるゲームチェンジャーといえばマルセル・デュシャンほどその名にふさわしい人物はおるまい。それまでの視覚優先の作品を「網膜的」として否定し、「観念」や「思考」の快楽(遊び?)をアートの世界に持ちこんで新たな地平を開いた半ば神格化された存在である。瓶乾燥器は1914年に発表されたデュシャン最初期の「レディ・メイド」作品のひとつで、あの有名な「泉」=男性用小便器より前に発表されている。

 という「偉大なる作品」にそっくりなこの瓶乾燥器は、15年ほど前にある古道具屋で見つけた。瓶乾燥器=デュシャンという刷り込みは根深く、御多分に漏れず「あ、デュシャンだ!」と興奮を覚えた僕は即座に購入を決意。元はといえばただの既製品に作品を見立てて興奮すること自体、一種の倒錯というか騙されているだけのような気がしなくもない(だいたいデュシャンという人物は人を食った男である)。しかしながら、瓶乾燥器に「デュシャン」という網膜には映らない「観念」を見出して喜びを感じるというのは、デュシャン的にも極めて正統的な芸術鑑賞の在り方なのではあるまいか、いやほんとかな……。

もしデュシャンの作品が手に入れられるなら「ローズ・セラヴィよ、なぜくしゃみをしない」(小さな鳥籠に角砂糖のかたちをした大理石がたくさん詰め込まれた作品)が欲しい。これはウズラ用のカゴにそのポストカードを入れたもの。

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2021/07/12

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