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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第2番:悔しさと果実の関係
武満徹「ノヴェンバー・ステップス」のレコード

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


武満徹「ノヴェンバー・ステップス」のレコード
小澤征爾指揮、トロント管弦楽団の演奏で1967年に録音されたもの。この曲には琵琶と尺八という邦楽器のソロパートがある。それが単なるエキゾチシズムに終わっていないところにこの曲の世界性がある。

 現代音楽というものにはじめて触れたのは高校2年生の時。きっかけは忘れもしない、高校の現代文の授業中でのこと。その日のテキストはある作曲家のエッセイだった。生徒が教科書を開くと先生は「武満徹という作曲家を知っている人?」と皆に向かって声をかけた。しばらくシーンとした後、今度は僕に向かって「大熊くんも知りませんか?」と先生は言ったのである。

 突然名指しされ緊張感が込みあげ頭は真っ白。ただ気が動転しながらも先生が僕を指名した理由も何となくわかった気がした。それは選択科目だった「音楽」を選んでいた数少ない男子のひとりであり、学校行事のひとつだった合唱祭でたまたま僕が指揮者をやらされていたことを先生は知っていたのだと思う。「音楽好きなら武満徹くらい知ってるよね」、そう先生は言いたかったのだろう。

 だが残念ながら当時はクラシック音楽を聴きはじめたくらいの頃で、現代音楽は未知の世界だった。知らないと答えた僕に対する先生のまなざしは、どこか「えー武満徹も知らないの?」と言っているように思えた。恥ずかしさと悔しさがこみあげてきた僕は、その日学校が終わるやいなやレコード店に直行した。その時買ったのがこの武満徹の代表作のひとつ「ノヴェンバー・ステップス」のレコードである。

 現代音楽と一口に言っても様々なのだが、電子音楽やほとんどノイズにしか聴こえないような前衛的な楽曲も多い中、武満の音楽は入門として実にぴったりだった。無調音楽とはいえ抒情性豊かで「うた」を感じさせる音楽といいますか、まあひとことで言えば聴きやすい現代音楽なのである。

 だからレコードに針を落とすと、すぐにその世界に入り込むことができた。しかもその曲調には聴き覚えがあった。「名園散歩」という世界の名園を紹介するNHKの5分番組が当時放映されていて、日本の禅寺の名庭などが紹介される際は決まって武満徹の音楽が使われていたのだ。その音楽が庭に一層の禅的気配をもたらしている気がして印象に残っていた。こうして「武満徹事件」がきっかけとなり僕は現代音楽というものに次第に傾倒していったのである。

 今高校生だったら、「誰それ?」って感じですぐにスマホで検索し、ウィキペディアでもチェックして、You Tubeも見て「ああこれが誰々ね」で終わってしまうのかもしれない。しかしながら「知らない、知らなかった」ことに対する恥ずかしさや悔しさが原動力となって人を行動に駆り立て、苦労して手に入れた情報の有難みを感じ、対象と深く関わるようになることで豊かな果実を得る、といった一連の経験を今の人たちが失ってしまった代償は大きいと思うんだけどこれもやっぱりオジサンのボヤキなのかな……。

武満の遺作ともなったフルートのための独奏曲「Air」の楽譜
武満の遺作ともなったフルートのための独奏曲「Air」の楽譜。武満の曲の中では「弦楽のためのレクイエム」、ギターソロのための「森の中で」、そしてこの「Air」が僕のお気に入り。

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2021/06/16

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