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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

第15番:魔法使いの部屋
「金子國義さんのリトグラフ(手彩色)」

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop “DO” をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。

大きなテーブルを囲み給仕と子どもを含めて25名の人物が描かれている。元々単色刷りのリトグラフに金子さんは水彩であっという間に彩色した。ピスタチオグリーンにピンク、淡いパープルにブルー、イエロー、黒。金子さんらしい色使いの妙に思わず息を呑んだ。

 高校3年生になる頃、実家を建て替えることになった。時はまさにバブル時代。普段は電気を消して歩くような吝嗇家の父も、この時ばかりは時代の気分に踊らされ、大きな買い物に手を出したのだ。とはいえもちろん我が家が豪邸に生まれ変わったわけではない。それまで暮らしていた古い凡庸な木造住宅が、当時流行っていたこれまた凡庸なプレハブ住宅に代わっただけだった。

 けれどもこの時、僕は念願のものを手に入れた。個室である。それまで両親に姉弟、さらに祖母の一家6人暮らしで部屋はずっと弟と一緒。特に思春期以降、弟の存在がどれだけ煩わしかったことか……。かくして自室を得た僕は、どんな部屋にしようかと家具のレイアウトを考えたり、ポスターを飾ったりして部屋作りをする楽しさを知ったわけである。

 インテリアに興味を持ったもうひとつのきっかけは、大学生になりたての頃に影響を受けていた澁澤龍彦の存在である。「耽美」とか「異端」、「エロティシズム」といったワードは、まだ価値観や美意識がユラユラしている多感な若者にとって非常に魅惑的だ。黒いサングラスをかけ、パイプをくゆらせ異端文学や幻想美術を語るフランス文学者の姿に心酔していた僕は、ある時本で見た澁澤の部屋の写真に目が釘付けになった。

 書物に囲まれた部屋であることは言うまでもないとして、貝や木の実、昆虫、鉱物、そして絵画や人形などたくさんのオブジェに覆われたその部屋は何と表現したらよいか、どこか品行方正さをあざ笑うかのような知性と卑俗が溶け合う妖しくも神秘的空間、澁澤という美意識によって建ち上げられためくるめく伽藍であった。

 後年僕にさらなるインパクトを与えた部屋がある。澁澤に見出された画家でもあった金子國義さんの部屋である。もう20年近く前のことだが、以前働いていた家具の店で金子さんの展覧会を行うことになり、それを担当することになったのだ。その時ご挨拶を兼ねて大森にあった金子さんのご自宅をはじめて訪問したときの驚きと興奮は今でも忘れられない。

 案内された居間は真昼間だというのに完全に夜の風景である。自然光を拒絶し、室内のあちこちに置かれたスタンドの間接照明の光がぼんやりと部屋を浮き上がらせている。見えてきたのは壁面を覆う自身の作品や古いポスター、テーブルの上に散乱する美術書や古いヴォーグなどの洋雑誌、大きなヤシの鉢や花瓶、さまざまなオブジェ。それらが絶妙に調和し、耽美的でエレガントな世界が横たわっていた。

 写真のリトグラフはその展覧会の時に手に入れたもの。テーブルを囲む紳士淑女の服にはそれぞれ色付けがされているが、これは元々単色刷りのリトグラフに金子さんが水彩で直接彩色したものである。僕の目の前で金子さんがパレット片手に彩色してくれたのだが、サインでもするかのようにものの5分もかからないうちにその作業は終わった。にもかかわらず、彩色されたリトグラフが命を吹き込まれたように輝きだし、僕は魔法を見ているような気分でただ茫然としていた。

金子國義さんの作品集の一部。中央に少し見える写真は金子邸の居間を撮ったもの。

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2020/09/22

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