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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

第2番:Would you care for a cigarette?
「舩木研兒の白釉蓋物(陶箱)」

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。

舩木研兒の白釉蓋物(陶箱)

 ある優雅な老夫婦の元にお邪魔するようになってからもう10年以上になる。ご夫婦を優雅と形容した理由のひとつが、お二人の趣味であるアートや陶磁器、古美術のコレクション。詳細は控えるが中には美術館、博物館級の古美術品など、見る人が見たら狂喜、驚嘆するであろう逸品が数知れず、とだけ言っておきましょう。

 はじめてお呼ばれした時のことである。テーブルに何やら雰囲気のある色絵磁器の飾箱が置いてあった。絵柄の雰囲気に見覚えがあり「これはひょっとして*富本憲吉ですか?」と奥さまに尋ねると「あら、富本憲吉お好き? いいでしょ。よかったらどうぞ」と言って「えっ!」と唾を飲む僕に、蓋を開けて中に入っていた煙草を勧めてくれた……。

 それにしても富本憲吉を煙草入れにするとは。以前、ある古美術店で富本作品の値段を聞いて驚愕した経験があるのだ。でもその時、僕が驚きと同時に感じたのは「やられた!」という思いでもあった。美術品と呼べるものを何でもないように普段使いしている姿に、身の程知らずにも嫉妬したのである。

 それからほどなくして、松江に住む知人に島根を案内してもらう機会に恵まれた。連れて行かれた「出雲民藝館」で、僕はある陶器のピッチャーの前で立ちすくんでいた。島根を代表する陶芸家のひとり、*舩木研兒さんの作品だという。しばらく物欲しそうな目で見ていると、知人は「舩木さんの家に行ってみますか?」と言うではないか。聞けば知人は、研兒さんの息子さんで「布志名舩木窯」の六代目である伸児さんとは高校時代の同級生だという。

 喜び勇んで訪問したお宅がまた素晴らしい。宍道湖畔に建つその客間には世界の民藝がセンスよく集められ、小さな民藝館さながらである。「隣の部屋もご覧になりますか」と、伸児さんはかつてバーナード・リーチや棟方志功も泊まったという客間を案内してくれた。畳の上には、研兒さんの作品がずらりと並んでいる。どうやら販売もしているらしいと知って興奮しながら眺めていると、ある作品に目が吸い寄せられた。直方体の陶箱である。マッシブな存在感に対して、掻き落としで描かれた文様の力の抜けた洒脱な感じがまたいい。恐る恐る値段を聞くと、その時自分が買うと決めていた自転車と同じ値段ではないか。「自転車はなんとかなる。でも、ここには二度と来られないかもしれない」、心の中でそうつぶやいた次の瞬間「頂きます!」、半ば放心状態のまま口にしていた。

 というわけで、晴れて我が家のテーブルの上にいつも鎮座しているのがこの陶箱である。飽きることなく眺めては「ああ、我ながらいい買い物をしたな」とほくそ笑んでいるが、くだんのご夫婦に倣い、煙草入れとして普段使いしている。ところで余談だが、その後も松江の舩木邸には何度もお邪魔している……。

*注
富本憲吉(1886-1963)/陶芸家。人間国宝。
舩木研児(1927-2015)/陶芸家。布志名舩木窯五代目。浜田庄司に師事。
バーナード・リーチ(1887-1979)/イギリスの陶芸家、画家、デザイナー。
棟方志功(1903‐1975)/青森県出身の版画家、画家。


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2020/03/12

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